なぜ ”いい人”ほど疲れ果ててしまうのか〜職場での「無理な頑張り」の代償 その2
こんにちは、
先日は同じタイトルで「その1」の記事を
掲載しました。今回は「その1」の続編の記事を
掲載します。
「いい人」とは決して弱さではなく、
人間として自然な欲求だと思います。
ただし、その欲求が「他者の評価に
依存している」と、心の軸は揺れ動くことが
あります。
つまり周囲の反応次第で、自分の存在価値が
大きく上下する。これこそが”無理な頑張り”を生み出すと思うのです。私もそんな一人でした。
「代償として失うもの」
「いい人」であり続ける代償はあまりにも
大きいものだと思うのです。
心身の健康(不眠・頭痛・倦怠感・うつ症状)
人間関係(「やって当たり前」にされ孤立してしまう)
キャリアの停滞(自分の希望を後回しにしてしまう)
家族との時間(最も大切な居場所を犠牲にしてしまう)
何よりも怖いのは「自分を大切にする感覚」を
失ってしまうことです。「誰かのために頑張ること」は素晴らしいことです。でも、その「誰か」に自分を含めることを忘れてはいけないのです。
「立ち止まる勇気」
「もう無理」と声をあげるのは逃げではありません。むしろ勇気ある第一歩だと思います。
キャリア相談に来る方々の中には、「こんな弱音を言ってすみません」とおっしゃることがあります。
私は必ずこのように伝えています。
「弱音は、未来を変えるためのサインです」と。
「いい人から 自分らしい人へ」
これからの時代、キャリアは一人ひとりが自分で
デザインするものだと思います。
組織や役割にあわせて「いい人」を演じるよりも
「自分らしい人」であることの方が、長期的に見て
健全だと言えるのではないでしょうか。
「できないことはできない」と言ってみる
「自分がやりたいこと」を言葉にしてみる
「一緒にやってほしい」と周囲に頼ってみる
「休むこと」も仕事のうちと考えるようにしてみる
これらは決してわがままではなく、職場で働き続けるために必要な行動だと思うのです。
「おわりに」
あなたは今「いい人」であり続けるために、
どれだけの犠牲を払っていますか、そしてその犠牲は人生の価値に見合っていますか。
仕事のために心や体を壊してしまったら、元も子も
ありません。「頑張ること」と「無理すること」は
違います。自分の人生の主役は、あくまで自分です。
立ち止まる勇気は、未来を守る力になります。
「いい人」ではなく「自分らしい人」であること
こそが、長く幸せに働き続けるための要だと思います。
この記事は、かつての私自身へのメッセージでもあります。責任感に押しつぶされそうになった日々、
けれど、立ち止まり、苦悩の末に誰かに打ち明け
「自分を大切にする」という視点を取り戻したとき、見える景色が変わりました。
どうか、この記事を読んでくださったあなたが、
自分自身を含めた「誰かのため」に一歩を
踏み出すきっかけになりますように。
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