歌う止まり木
自分が擦り切れてしまいそうなとき、「私には何もできない」という気持ちになります。
本当は誰かに「そんなことない」と心の底から否定してほしい。そんな人が都合よく現れないとは知りつつ、どうしても願ってしまうときがあるのです。
います。そんな都合のいい人。
その人は、魂の底から私たちを肯定してくれます。
私たちの背負うもの、背負わざるを得ないものを理解したうえで肯定してくれるのです。
その名は、「さだまさし」。
(※以降、「さださん」とお呼びします)
さださんの「君は歌うことが出来る」を紹介させてください。
君は歌うことが出来る
知らない名前の雨や
知らない季節の花や
知らない風の匂いを
のっけからこれです。いつ聞いてもシビれます。
私が聞く歌の傾向が偏ってるからかもしれませんが、歌の最初からこんなにも全肯定してくれる曲を他に知りません。
君が感じるままでいい、というさださんによる力強い励ましの言葉です。
コンサートに行ったときの最後に偶然聞いたのですが、ブラスバンドの生演奏とさださんの挑むような包むような歌声に圧倒されました。
その時は、まだこの場所で文章を書いていませんでしたが、今だからこそ響くフレーズばかりです。
例えば次の一節。
目の前の何者かに
決して媚びて歌を売るな
遙か未来で響く筈の
尊い誰かのために歌え
note初心者の頃に、読まれたい一心できれいな言葉を選びがちだった私に刺さりました。
「誰かに媚びるな。必ず君の言葉を必要とする人は現れる。だから恐れるな、進め」
今ならこのように受け取れます。
なんて厳しくてやさしい言葉でしょう。数多くの曲を生み出したさださんだからこそ、響く言葉です。
世間でいうところの当たる曲もあれば、外れる曲もある。でも、その曲で何かを感じる人はいるという信念を感じます。
この曲のすごいところは、きれいごとだけじゃないところです。
清いだけの無力ではなく
けれど力ずくの正義でもない
是は是 非は非の
眼を見開いて君は
きっと救うことが出来る
世の中うまくいかないことを肯定しつつも、「そのままでいいと思ってるのか。立ち上がれ、君ならきっと誰かに届けることができる」という叱咤激励。
どこまで本気で向き合うつもりなんですか、さださん。
どうしてこんなに真っ直ぐ私たちの可能性を信じてくれるんですか。
どこまでも熱く、でも視野は広く持ち続けろ。
私たちの背中を押してくれる力強い曲です。
この曲は、私にとっての止まり木。
次の場所で歌い続けるために、この曲を聴いている間だけはそっと荷物を下ろして羽を休めるのです。
mashiroさんが音声配信で投げかけていたボールをキャッチしました。
音声配信で、「好きな曲の歌詞考察の記事を書いた人には、かぼすポイントを進呈します!(要約)」と言っていたので書きました。
さださんのファンを名乗るほど詳しく存じ上げないのですが、心に刺さって抜けない歌詞といつまでも澄んだ歌声が好きです。
