やはり寝られそうにないので、おすすめの本を紹介します。九段理江さんの「school girl」
やはり寝られませんので、私が今年読んで面白かった本を紹介したいと思います。
ずばり、九段理江さんの「school girl」です。
九段理江さんと言えば、芥川賞受賞作品の「東京都同情塔」で、AIを一部活用したとして話題になられた方です。
僕が買ったは文藝春秋社から出ている「school girl」なのですが、まずなにより「本」が好きなのです。
というのは、表紙がとてもかわいい。青と緑の幾何学的な絵なのですが、どこか暖かみも感じます。school girlという字体も控えめながらおしゃれです。こちらのイラストは西山寛紀さんという方の絵のようです。好きです。後ほど編集して画像を載せようと思いますが、noteって載せていいんですかね? あまり著作権とかに明るくないので、あとで調べてみます。
そして、小説ももちろん素晴らしいです。この本は「school girl」という本題の小説と、そして「悪い音楽」という小説の二部構成となっております。どちらも好きなのですが、実は僕は「悪い音楽」の方が好きです。ですが、どちらも好きです。どちらも、好きです!!!
「school girl」のお話を少しだけさせていただきます。
この小説は太宰治の「女生徒」を本歌取りしたものなのですが、僕はこの小説を読むまで恥ずかしながらその小説を知りませんでした。むしろ九段さんきっかけで、太宰治を読みました。その話はいずれしたいと思います。
この小説は、内容ももちろん好きなのですが、それ以上に、ある金言というか、考えが私にすごく突き刺さりました。
それはこういうものです。
「太宰治の「女生徒」という小説は、戦争の近い時期に書かれた。戦争のときには、小説なんかよりも軍国主義をはじめとしたさまざまなイデオロギー、つまりは大説が世の中を席捲していた。しかし、現在から見ればどうだろう。当時の大説なんかは廃れているが、太宰治の小説は未だに多くの人々から読まれている。つまり、世の中の大説なんていうのはその時代での流れでしかないが、小説というのはその時代で生きた人個人の生きた考えであり、後者の方がよほど人の心を動かす力がある。だから、小説というのは素晴らしいのだ」
というようなものでした。ごめんなさい、少し違うかもしれません。ただ、読んだ後の僕のイメージというものが大事だとも思うので、こんな印象を受けた、ということで留意していただければと思います。
この言葉にひどく励まされたわけです。
というのは、私も一応甘々なアマチュアながら小説を地味に書いているのですが、そんなアマチュアなのにもかかわらず、一丁前にAIの台頭でこれから小説ではやっていけないんじゃないか、などと悩んでいたわけです。
しかし、この大説と小説の話を聞いて、非常に励まされました。AIが台頭しても、小説を書きたい人間はこそこそと小説を書き続けるでしょう。それこそ洞窟の奥に入ってでも、こそこそと。そして、その奥で書き続けた切実たる小説は、小さいながらも暖かく美しい灯となって、無味乾燥になり得るこれからの社会を照らしてくれるのではないかと思うのです。
脱線しますが、やはりこれからの社会、小説は非常に力を持つと思います。私、思いますもん。電車の中にいても、かなりの人は本を読んでいます。つまり、人間はやはり骨太な知識を求めたり、小説の中に没入して冒険したくなる生き物なのです。
なんか、そういう小説ありますよね。「華氏451度」ですかね。読んだことはないのですが、中学生の頃の国語の先生があらすじを教えてくれて、未だに覚えています。じゃあ読めよ、ということですよね。いずれ読みたいと思います。
大分脱線しましたが、とにかくこの「school girl」と言う小説は、そのような切ないからこそ尊い、暖かい小説だと感じました。
次は、「悪い音楽」と言う小説です。
と言いたいところですが、今度こそ本当に眠くなってきました。
また別の機会にお話しできればと思います。
今度こそ、おやすみなさい。
