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#烈&豪🏁 "MindFulness"7月22日(火)no.126

やっとセミ鳴き声が本格的になってきた様に
感じる
これも時間の進み具合で
音色が奏で合う
そんな夏という季節だ

7月の夏休みの入り口である連休が明けて
子供の頃の感覚だと
これから
長い楽しい大型連休が始まるのである

未だ学区内の横断歩道に
年配の方の様子でいて
交通誘導の緑のおじさんが黄色い旗を振っている

夏休みのプール開きの時も
立ってたのかなぁと
過去の同じ横断歩道を渡っていた
ぼくにしゃがんで目線を合わせていた

プールの授業の日は身体に塩素を持ち寄る様な
どこかむわっとした空気感で
それでも頭が冴えた様に
笑いながら過ごしていた頃
風景に大きな空が気持ちとしてあったのだろう

本日7月22日
葛飾納涼花火大会です🎆🎐

それに僕の小学校の時代だと
冷房も教室になかったようにも
記憶の断片を覗かせている
何となく下敷きを
団扇の代わりを担ってた様な感覚なのだ

実際
生徒側の目線もあるのだと思うのだけれど
先生はそれでいて平気だったのだろうか?
と睨んでもみているが
それは現代の灼熱な気温からの危惧なのだろう

平成も10年が経った頃の様子だと思うのだけれど
あの頃は何処から情報を目で追ってたかというと
テレビ番組がその子供たちの様子の
存在意義に染まっていた様にも思う

僕の世代は
"ミニ四駆"が一大のムーブメントが起きていた
ミニ四駆専用のレールコースがある
友達の家庭に
自分の自慢のミニ四駆を持ち寄って
みんなでレースをする
そのミニ四駆を入れるケースだって
値段の幅がありその子供たちの意図を潤す様な
DX(デラックス)に憧れていたものだった

僕はノーマルのケースを使っていて
マシンはトライダガー

兄はマグナムセイバーだった気がする

豪と烈の様に
猛進系と芸術系を兼ね備えており
友達は烈を意識そのままにパーツを兼ね揃えて
いつも豪を意識する事しか出来ない
僕の個性が簡単に跳ね除けらていた悔しいレース

それは今現在も変化はないのだろうか?
憧れの対象とまでは言わないけれど
コントロールする事でしか勝負出来ない
気持ちなのかもしれない

実際自分の目線の想像は
人の先の想像にしてみると
簡単に壁にぶつかる掌握だと感じるのだ

旅行はそれぞれ
5W1Hにあり"誰"の数字分だけ
めちゃくちゃに豪と烈が潜んでしまうのだった


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