私を救った歌と生き様
初めての歌ってみたを公開しました。
すでに聞いてくださっていますか?
率直に言ってしまえば私は歌が上手くないので、求められているかというと疑問が出ますが笑
人生は「自己満足の延長線上で生きている」に過ぎないのでいいのです。幼い頃から私が憧れてやりたかったことなので叶えられて嬉しかったなぁ〜。
ということで今日はあまりお話ししない幼少期のお話と中村中に出会ったお話。
幼い頃からよくぼんやりしている、反応が鈍い、感情が薄いと言われていて。でも言われれば言われるほどに「そうせねば」みたいな感情があったのを覚えています笑
幼稚園からの帰りにコンビニでお昼ご飯を買う時も「あなたはこれが好きなんでしょう?」と渡されればそれしか食べないし、私の(今日はあれが食べたいな)はその人の意にそぐわないわけなので出すべきでない感情だと思っていました。
意見を聞かれることをその経験から嫌っていたのです。
でも小学校に上がるとそうもいきません。
「どう思いますか」という問いだらけの日々、言葉を発しないことが悪ですらありました。たとえ本当に何も思っていなかったとしても、何かを思ってなきゃいけないのです。
一番苦手なのは【人間関係】
あの子どう思う?こうじゃない?あぁじゃない?
っていうか○○キモいよね。
なんて面倒な会話なのでしょう(これは悪口ですすみません)
どうも思わないし、誰かの「こうじゃないか」に簡単に流されていく同級生を見ながら私は引いてしまっていました。
小学生のくせに小学生が嫌いな小学生になりました。
(子供らしさ、とも言えますが…馴染めなかった)
中学生に上がると私は人間関係を諦めて読書と曲を聴くことに熱中し、この頃からYouTubeにも夢中になりました。
性同一性障害についての本を読んだり、サイトを読んだりしていて「私が私であるために」というDVDレンタルをし、その挿入歌を歌うのが中村中でした。
キャストが本当にすごい。
2006年にこのテーマが取り上げられていたことがすごい。
しかも中さんはこの中で性同一性障害のカミングアウトをしている。
(何かで見たんだけれど見つからなかった)
まぁとにかくすごいものに出会ってしまったと思った。
自分の知らないことを知るのがこの頃から好きで本やDVDレンタルをしていたけれど、ちょっと衝撃が強かったのを覚えてる。
ここから私は中村中の全曲を聴いたことでSSWが大好きになり
いつか私もSSWになりたい、なんて思ったものです。
(このお話はまたいつか)
そして「天までとどけ」は人生で初めて買ったCDになり、やはり一番「友達の詩」が好きで一日中聴いた。
何度も何度も歌詞を読んだ。
何度も何度も泣いた。
歌詞カードがまたいいのだ。
なぜ当時の私がそんなにのめり込んだのかというと
刺さった歌詞があったからで
笑われて馬鹿にされて
それでも憎めないなんて
自分だけ責めるなんて
いつまでも情けないね
このフレーズにひどく胸を打たれた。
どれだけ戦ってきた人の言葉なのだろう。
この思いを語るには、語彙がいまだに足りない。
私は当時軽いいじめにあっていた。本当に軽く。
明らかなものではなく、当人同士だけがわかるような掴みにくい実態の薄いいじめだった。
「人間としてが軽く見られている」が近いかもしれない。
いじめっ子というものはまず相手を見る。見下せる相手にしか行動を起こさない。それが私だった。
しかし当時の私もまた歪んだ人間で
見下してくる相手を見下して過ごしていた。
陰湿なことしかできない、小さき人間が。(強強ハート♡)
くらいにしか思っていなかったので問題にはしなかった。
しかしそんな私が酷く傷ついたのは「同じようにいじめられてる人間を見た時」だった。悲しそうな顔やしがみついていく姿を見て不思議だった。
「仲良くなれる未来がないのになぜ離れないのか」と聞いたことがある。
(この頃の私なかなか失礼でごめんね本当に)
その子は笑顔で「私は仲良くしたいし友達って思ってるから」と答えていたのが印象的で、初めて私は人間関係で傷ついた。
正確に言えば私の出来事ではないので傷ついたはおかしいのだけれど。
「健気な思いが何度も蔑ろにされて壊されてる」は事実なのにこの子は笑っている、それが悲しかった。
私は反応がなくつまらなかったのか、そんなに悪化せずに終わったが
進学してもその子はいじめられ続けていた。
余談にはなるが、この頃から私は「人の思いを蔑ろにする人間」が苦手である。
私は自分の経験よりも
誰かの経験に感情移入して知ることが多くて
「友達の詩」を聴くとあの子を思い出す。
まるで自分の感情であるかのように悲しくなる。寂しくなる。
「明日は届きますように」なんて願ってしまう。
あの日から私は自分の感情を歌に預けるということを知った。
そしてあの日の記憶を重ねながら今もこの曲を歌っています。
きっとこの曲に出会えなかったら私はその違和感を消化することができずに「あの子」に寄り添えなかったと思うから。
誰かの痛みに寄り添うということを、この曲が教えてくれました。
祈る痛みをこの曲で知って、それも抱えたまま歌う。
知っているからこそ乗せられるものがある。私はそう信じています。
私の人生を救った大切な歌のお話でした。
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