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年1回キャンプの装備が一流すぎる〜これは投資と言い張る私の醜態をここに記す〜

私のキャンプ装備で中古の自動車が買えるという事実について

「今年こそキャンプ三昧だ!」と意気込んで購入した高級テント。
結局1回しか使われず、クローゼットで静かに眠っている。
購入価格は15万円。

計算してみれば、1時間あたり6,250円でテントに座っていたことになる。

――そう考えると、あの時間は高級ソファよりも贅沢だったのかもしれない。

キャンプ道具は投資?それとも自己満足?

アウトドアショップを歩くと、そこはもう宝石店だ。
「このチタン製マグカップ、軽くて丈夫で一生モノですよ」
店員の甘い囁きに財布が勝てるはずもない。

結果、我が家のキャンプ道具の総額は軽く50万円オーバー。
内訳をざっと並べると、テント15万円、シュラフ8万円、マット5万円、チェア3万円、テーブル4万円、コンロ2万円、クッカーセット3万円、ヘッドライト1万円、その他小物で10万円。
……書き出してみると、妙な罪悪感がこみ上げてくる。

にもかかわらず、年間のキャンプ回数は多くて2回。
少ない年は「0回」という切ない記録すら叩き出している。

「いざという時」は永遠に来ない

「いざという時」は永遠に来ない

アウトドア用品を買うときの常套句がある。
「いざという時に役立つから」という自己暗示だ。

災害時にも使えるし、突然キャンプに行きたくなっても安心だ――そんな言い訳をしながら買い物カゴへ放り込む。

しかし現実は無情だ。
災害時にテントを張る余裕があるなら、避難所に行った方が早い。
そして「急にキャンプに行きたくなる」という衝動は、大人になるにつれて激減する。
休みの日はむしろ「昼まで寝てたい」が勝つ。

つまり、「いざという時」なんて永遠にやって来ない。

プロ並み装備で素人キャンプの滑稽さ

高級ギアで武装しても、現場では滑稽そのもの。
不慣れな手つきで説明書を片手にテントと格闘し、気づけば設営に2時間。
隣のファミリーキャンパーは10分で設営を終え、余裕の表情でBBQを始めている。

寝袋(8万円)に包まれても、夜は寝付けない。
一方、子供たちは安物のシュラフでスヤスヤと眠っている。
――性能とスキルは比例しない。これ、現場で学んだ現実だ。

チタン製のマグカップでコーヒーを飲みながら、「やっぱりキャンプは最高だな」とつぶやく自分が、どこか空虚に感じられるのは気のせいだろうか。

収集することの快楽と現実のギャップ

実のところ、アウトドア用品収集の本当の楽しみは「買う瞬間」にある。
新しいギアを手に入れた時の高揚感、家で箱を開ける時のワクワク感、SNSに投稿する時の優越感。

これらの快楽は、実際にキャンプで使う楽しさを上回っているのではないだろうか。

インスタグラムには、美しく並べられたキャンプ道具の写真があふれている。
「#ギア沼」「#キャンプ道具」といったハッシュタグで、まるでファッションアイテムのように扱われている。

そこにあるのは実用性ではなく、所有欲の充足。
キャンプはもはや自然遊びではなく、現代人の「自己投影のステージ」になりつつある。

現代版「武士の刀」としてのキャンプ道具

考えてみれば、これは現代版の「武士の刀」なのかもしれない。

江戸時代の武士が、実際に刀を抜くことはほとんどなかったにもかかわらず、名刀を愛でていたように、我々現代のサラリーマンは、使いもしないキャンプ道具を愛でているのだ。

刀が武士のアイデンティティの象徴だったように、キャンプ道具は現代人の「自然に還りたい」という願望の象徴なのだろう。

都市生活に疲れた心の支えとして、クローゼットの奥で静かに存在意義を主張している。

それでも私(たち)が道具を買い続ける理由

では、なぜ私たちは使いもしない道具を買い続けるのか。
それは、キャンプ道具が持つ「可能性」に投資しているからだ。

いつか時間ができたら、
いつか子供が大きくなったら、
いつか仕事が落ち着いたら。

そんな「いつか」への投資として、道具を購入し続けている。

また、良質な道具を所有することで得られる安心感もある。
「いざキャンプに行くことになっても大丈夫」という精神的な保険のような役割を果たしているのだ。

実際には保険を使う機会がないのだが、それでも安心を買っているという意味では、決して無駄ではないのかもしれない。

キャンプ道具との上手な付き合い方

とはいえ、現実と向き合うことも大切だ。
年1回しかキャンプに行かないなら、レンタルという選択肢もある。
初期投資は抑えられるし、メンテナンスの手間もかからない。

何より、クローゼットのスペースが有効活用できる。

それでも道具を買いたいなら、「1年に最低3回は使う」といった明確な目標を設定するのも一つの手だ。

または、友人とのシェアリングエコノミーを構築して、お互いの道具を融通し合うのも面白いかもしれない。

最も大切なのは、自分がなぜキャンプ道具を欲しがるのかを正直に見つめることだ。
純粋にキャンプを楽しみたいのか、道具を収集すること自体が楽しいのか。

どちらも悪いことではないが、自覚していれば無駄な出費は避けられるはずだ。

ギア沼の住人として生きる覚悟

結局のところ、アウトドア用品収集家としての人生も悪くない。
年1回のキャンプのために50万円の投資をしたとしても、それで得られる満足感や所有欲が満たされるなら、コストパフォーマンスの計算なんてどうでもいいのかもしれない。

大切なのは、自分の趣味や価値観を正直に受け入れることだ。
世間体を気にして「実用的だから」と言い訳するより、「単純に好きだから」と堂々と言える方が健全だろう。

クローゼットで眠る15万円のテントを眺めながら、今日もまた新しいギアのことを考えている。来年こそは月1回キャンプに行くつもりだ。きっと、そのつもりだ。

あなたのクローゼットにも、眠っている「いざという時」の道具はないだろうか?

家族を納得させる魔法の言葉

最後に、同じ境遇の同志へ。
家族にこう言えばいい。

「これは“安心”を買うための投資なんだ」

弱虫ウルフ

この一言で、大抵の議論は終結する。
――そう、キャンプ道具は高級な保険。使わなくても、持っていることに意味があるのだから。


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弱虫ウルフ🐶 もし「この文章、なんか刺さったな…」と感じたら、チップで気持ちを表現してくれると、調子に乗ってもっと書きます。