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いつの間にか警察だけ江戸時代に戻っていた日本――警察科学捜査研究所のDNA型鑑定不正行為と兵庫県警16歳少女違法逮捕・自白強要死亡事件

佐賀県警科学捜査研究所(科捜研)の技術職員がDNA型鑑定で不正を繰り返す事件が発覚し、警察庁が特別監察を実施、その結果が公表されたことが報道されたが、猛反発が広がっている。

佐賀県弁護士会 警察庁による佐賀県警察科学捜査研究所のDNA型鑑定不正行為に関する特別監察最終報告を受けての会長声明
2026年6月8日(PDFファイル)

 特別監察において十分な調査が行われたと考えることもできない。当会は、警察庁及び佐賀県警に対し、令和8年4月30日付け申入書において、対象職員が実施したDNA型鑑定643件すべての事件について、刑事確定記録の廃棄の有無、科捜研の機器内のデータの保存の有無、鑑定資料(又は試料)の残余や写真の有無、鑑定結果、検察庁への送致の有無、公判又は少年審判での鑑定結果の使用の有無を個別事件毎に明らかにすることを求めた。しかし、最終報告で開示されたのは不適切とされた事件に関する一部の情報にとどまり、当会が求めた643件すべての個別具体的な事実については依然として明らかにされていない。不正の有無を判断するための前提となる具体的情報の開示が著しく不足しており、このような抽象的な調査結果の公開のみをもって個別事件への影響がなかったとする結論を信用することなどおよそ不可能である。
 さらに看過できないのは、当会に対する元被告人からの調査依頼により判明した事実である。警察庁は「不適切」とされた239件以外の鑑定については「不適切な取扱いは確認されなかった」として片付けているが、この中には、当時の覚醒剤取締法違反被告事件の公判に証拠として提出され、有罪判決の柱となっていた事案が含まれていることが判明している。警察庁は、内部調査により当該事案について「不適切な取扱いは確認されなかった」と主張するであろう。しかし、その結論を裏付ける科捜研の機器内のデータやワークシート等の客観的資料は当事者にすら一切開示されておらず、外部からの検証は完全にブラックボックス化されている。元被告人が、捜査機関によるかかる内部調査による結論を信用できず、当会に独自の調査を求めたという事実こそが、警察の自己調査がいかに当事者の納得を得られないものであるかを端的に示している。最終報告においても、「不適切」ではないと分類された事件のうち対象職員の鑑定が公判で使用された件数すら明らかにされておらず、かかる密室での調査をもって本件不正行為の全容が解明されたなどとは到底いえない。
 また、最終報告は、不適切な鑑定239件のうち2件が家庭裁判所に送致され、1件が略式命令の請求において証拠として提出されていたことを認めている。これらの影響については、家庭裁判所から「裁判官の判断に関わるものであることからお答えできない」との回答を得るにとどまっており、実際の影響の有無・程度については確認されていない。「公判への影響はなかった」という結論の根拠は著しく薄弱であり、当会はこの点についても強い懸念を表明する。

会長声明の全文は流石に引用できないため、一部にとどめたが、この引用部分だけを読んでも、警察庁の特別監察すら、到底信用に値しない、酷いものであることが見て取れる。

結局、全研精査して、例えば、冤罪事件が大量に出ることにでもなったら、警察機構そのものが持たなくなるというので、犯罪者扱いされて、刑務所に入れられてしまった無実の人達の名誉と人生を回復することよりも、警察機構を守ることを優先するという、信じがたい暴挙に出たということだ。

実は科捜研に関しては、和歌山でこういう事件があった。

研究員は2010年5月~12年1月、交通事故や無理心中など6つの事件の捜査で、繊維や塗膜片の鑑定結果を上司に報告する際、一部に過去の鑑定データを流用し所長決裁を受けた疑いが持たれている。

12年6月にも、別の事件の鑑定結果を文書で関係警察署に報告する際、所長公印を無断で使用した疑いもある。

県警は過去の事件についても、さかのぼって捜査。研究員が関わった約8千の事件を調べ、うち19事件にデータ流用の疑いがあったが、いずれも時効が成立していた。

 実はこの研究員、1998年7月に起きた「和歌山カレー事件」 で、殺人に使用されたヒ素の鑑定にかかわっていたのだ。

 この事件で殺人罪などに問われ、判決が確定した林真須美死刑囚(51)は逮捕時から無罪を主張し、現在、再審請求中だ。

 研究員は、県警監察課の取り調べに対し、カレー事件での捏造は否定しているというが、ほかの事件でのヒ素鑑定について、「写真のピントがあっておらず、チャートの波形が悪いと見栄えが悪いので、過去のものを流用した」「上司と折り合いが悪く、見栄えが悪いと叱られると思った」などと答えたという。

 一連の捜査では、98年から03年にかけての19事件でも捏造があったことが発覚した。カレー事件は、まさにこの期間にあてはまる。

 疑惑が明らかになった今年8月、県警はメディアに対し、「(研究員は)カレー事件にかかわったが、捏造はしていない」と言い切ったが、林死刑囚の夫・健治氏はこう憤る。「一方で提造していて、こちらは大丈夫という。こんなおかしい話はない」。

 林死刑囚の弁護団も、「鑑定において研究員の果たした役割は重要だ。カレー事件の判決は、ヒ素の鑑定がきわめて大きな要因だった。県警にきちんと情報開示を求め、徹底的に追及したい」。

 研究員は依願退職したというが、それで収まる問題ではない。

和歌山の科捜研でも問題を起こしていて、しかもその中に冤罪疑惑が濃厚な『和歌山毒物カレー事件』まで含まれていた。

2016年から8年以上、239件ものDNA型鑑定で不正が行われていたのに、全く表面化していなかったということで、和歌山の科捜研でも過去に不正があったことから、全国の科捜研で似たような不正が横行していたのではないかとの懸念、疑惑が広がっている。

これから書く話はとても恐ろしい話だが。

例えば腐乱死体や白骨死体が見つかったとする。所持品はなく、身元を特定するものが一切なかった。科捜研でDNAを調べて登録した。もしその際、全く関係のない、赤の他人のDNAが、その遺体のDNAとして警察のデータベースに登録されていたとしたらどうなるだろう。その登録されたDNAと一致する失踪者、行方不明者が見つかり、その人が死んだことにされてしまったり、殺されたか、事故で命を落とされたことにされてしまい、見当違いの人物を被害者とする事件捜査が開始される、等という、とんでもない事態が起きていたとしてもおかしくないのだ。

同様に、犯人でもない人が、その人のDNAが凶器に付着していた、犯行現場に残されていた、被害者の衣服に付着していたということにされて、犯人にでっち上げられて、実刑判決を食らって刑務所に服役していたという深刻な冤罪事件が起きていた可能性すら出てくる。しかもこのようなケースでは、登録されているDNAは間違いなく冤罪被害者の物なので、無実であるにもかかわらず、身の潔白の証明ができないという地獄のような状態になる。そもそも、その人を刑事裁判時に弁護した国選弁護人(多くの刑事裁判では、国選弁護人が担当する)も、凶器や犯行現場、被害者の衣服からDNAが出ているなどという話になったら、被告人がどれだけ「私はやってない!」と訴えたとしても、それを信じろという方が厳しく、そのような案件があったとしても、弁護士が被告人を説得し、罪を認めて量刑を軽くする方向で動いて、冤罪被害者が泣き寝入りさせられていることなる。

もちろん逆に、見当違いの無関係の人間のDNAがデータとして登録されてしまったため、未解決事件化してしまったケースさえ、結構な件数起きていた可能性が出てくる。

要するにこの事件、日本の警察による事件捜査、裁判の結果を根底から覆す、「その人、本当に犯人だったんですか?」と、みんなが疑心暗鬼に陥らざるを得ない、途轍もない大事件なのだ。

最早、警察の信用、信頼がどうのという次元ではない。

文字通り、全てが崩壊したと言っていい。

ここにきて、兵庫県警がるなさん(16歳少女)を違法逮捕、自白強要事件の影が、非常に重要な意味を持ってくる。

兵庫県警は自白を強要したとして、2024年6月17日に兵庫県尼崎市の60代女性から損害賠償訴訟を起こされ、2024年2月に12歳少女に約3時間半にわたり保護者の同席なしで取り調べを行い、否認しているのに署員の誘導で自白調書に同意させられ、全身の写真も撮影されたとして今年3月27日付で兵庫県弁護士会から人権救済申し立てに基づく警告を出され、2024年3月にも14歳の少年に署員から執拗な自白の強要を受けたとの被害を訴えられている。

これだけだと、兵庫県警に、極めて悪質な自白偏重捜査の横行、あるいは、組織体質としてそのようなものが染み込んでいる、という話になるが、実際には兵庫だけの話ではない。

2010年10月8日 1:50
 大阪府警東署の警察官が、遺失物横領事件の捜査で同府内の30代の男性を任意で取り調べた際、暴言や暴行で自白を強要したとして、男性の弁護団が7日、大阪市内で記者会見し、同署の警部補(34)と巡査部長(31)を特別公務員暴行陵虐容疑などで大阪地検に告訴すると発表した。

2015/5/16 11:00
 ICレコーダーには若手警察官の生々しい肉声が残されていた。「やりましたって一言ゆうてくれたら済む」「あなたは犯人です」「命令に答えろ、あほ」…。録音したのは、80代の堺市に住む元小学校校長の男性。音声は、知人男性への傷害容疑で大阪府警西堺署に任意で事情聴取された際のものだ。
(中略)
「ちょっと今日はマシな話、聞かせて」
 代理人弁護士によると、平成25年9月11日、20代の男性巡査長は男性に対し、こう切り出したという。
※平成25年=2013年

2025/7/25
 不十分な捜査によって身柄を42日間拘束され、違法な取り調べによって精神的苦痛を受けたとして、大阪府警に2度にわたって誤認逮捕された20代の会社員男性が24日、府と国、事件で逮捕・起訴された元被告らに、計約2000万円の賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こした。
 訴状によると、男性は2023年4月に知人女性を交流サイト(SNS)のダイレクトメッセージで脅迫した疑いで、23年5月にはわいせつな画像を女性や女性の勤務先に送った容疑でそれぞれ逮捕され、身柄を拘束された。

2017年8月10日 19:20
 警視庁高井戸署の署員が2015年、万引きへの関与が疑われた中学3年の少年2人の事情聴取で「否認すれば牢屋(ろうや)に入れる」「高校なんか行かせねえぞ」などと暴言を浴びせ、自白を強要していたことが10日、分かった。少年側から人権救済の申し立てを受けて調査していた東京弁護士会が明らかにし、同日付で同署長宛ての警告書を出した。

2019年8月1日 10:56
 愛媛県警が7月、窃盗容疑で誤認逮捕した女子大学生の代理人弁護士が1日、松山市内で記者会見を開き「執拗に自白を強要された。本当に悔しい」との女子大学生の手記を発表した。
 手記によると、女子大生は一貫して容疑を否認。逮捕前に任意の取り調べを2回受け、県警から「タクシーに乗った記憶はないの?二重人格?」「就職も決まってるなら大ごとにしたくないよね?」「今の状況は自分が認めないから」などと言われた。代理人弁護士は「取り調べの際に大声を上げるなど威圧的な言動もあった。自白を取るための捜査に怒りを覚えた。再発防止を徹底してほしい」と話した。

これらは軽く調べただけでヒットした自白強要事件で、当然だが、本気で掘ればもっと見つかる。

全国各地で未だに自白強要が横行しているのだ。

警察庁は通達を出して止めさせようとしていると主張するが、もし、本気で警察庁に止めさせる意思があるのだったら、こんな事態になっているはずがない。

本音では、警察庁には止めさせる気がないとしか思えない。

さらに、やや古い話になるが、富山県警の氷見事件もある。

男性に対し、任意だったにもかかわらず、3日間、断続的に、朝から晩まで長時間にわたって取り調べを行い3回目の取り調べの際、疲れ切り、思考力が著しく低下していた男性に対し取調官が「お前の家族も『お前がやったに違いない。どうにでもしてくれ』と言ってるぞ」などと嘘を吐き、身内にも信用して貰えないと男性の心をへし折り、絶望させて、してもいない罪を無理矢理認めさせるという、滅茶苦茶なことをやった。

氷見事件の悪質性は、自供後の取り調べで、取調官が被害者宅の間取り図に薄紙を敷き、男性になぞらせて、男性が被害者宅の間取りを知っていたことに捏造したり、男性宅から見つかったものを犯行に使用された証拠物にでっち上げるために被害者の証言を書き換えたり、男性と犯人の靴のサイズが合わない事実を無視男性が犯行時刻にアリバイがあったことも無視、その他、犯行現場に残された犯人の血液型と一致するかの鑑定が、故意に行われていなかったり、余りにも異常なことが行われていた。

氷見事件は古い事件というものの、発生は2002年であり、21世紀に入ってからの事件なので、既に日本でも科学捜査が重視されていた時代だ。

それでもこうした想像を絶する異常なことが行われている。

また、お気づきだと思うが、この氷見事件の自供を迫る手口、るなさんに対して行われたものと、全く同じ手口なのだ。

種を明かすと、この自供を迫る手法は、本当に古くからある捜査手法で、延々、日本で行われ続けてきたものである。

相手を狭い留置場に放り込む。取調室と留置場だけを行き来する状態にさせる。他人と接触させずに外部との情報を遮断する。狭い場所に閉じ込めして自由を奪うことで精神的に疲弊させる。留置場に入ると番号で呼ばれる為、被疑者は自身が犯罪者として疑われている立場(あるいは犯罪者)になったのだという自覚を強く持たされる。そうして精神的に追い詰めて、取調官が家族もお前に早く本当のことを話して欲しいと言っているなどと嘘を吐いて自供を迫り、最終的には、してもいない罪を認める。

取調官たちの中には、してもいない罪を認める奴などいない、というが、これは真っ赤な嘘だ。多くの取調官は、このような手法を用いれば、してもいない罪を自供するリスクが高まると知っている。それでもこのような手法を用いる取調官が未だにいる。何故か。取調官からすれば、目の前にいる被疑者は、生起する事件の一つの被疑者に過ぎず、さっさと片付けて次の仕事に取り掛かりたいからだ。取調官にとっては、人の人生を大きく狂わせる事件でなく、目の前にある裁くべき仕事でしかない。寧ろ、一件一件の仕事を捌く速度が迅速であればあるほど、優秀な人材として出世できる。

実際、取調官がいい加減な事件処理をして発生した冤罪は多い。無実を訴えていて、具体的に調べて欲しい人物や場所を指定しているのに、証拠は揃っているから公判は維持できると考えて調べない。そのせいでしてもいない罪で執行猶予付きの有罪判決を食らってしまう。

多くの冤罪被害者達は、実はみんな、執行猶予がついていたとしても、何もしていないのに有罪判決を受けてしまったということで絶望し、世の中が一切信用できなくなり、この世に正義がないこと、理不尽で不条理なのだという現実を真に当たりにして、重度のうつ病になってしまう人も多い。

控訴したくてもできない精神状態になってしまうのだ。

そうして冤罪被害者達が泣き寝入りして、執行猶予付きなので、執行猶予が開ければ刑の言い渡しがなかったことになるというので、我慢して下唇を噛みしめる中、犯罪者に捏造した取調官は警部補や警部に昇任していく。

多分、これからする話は、聞いたことがある方も多いと思う。

警察制度が導入されたのは明治に入ってからで、江戸時代までは警察という組織そのものがなかった。その代わりに江戸であれば町奉行などが治安機関として警察に当たる仕事をしていた。江戸幕府の方針はその道のことはその道の者に任せるということで、十手持ちは裏社会と繋がっているヤクザの大親分などに任せていた。十手持ちは犯罪を見逃す見返りに袖の下を貰ったり、逆に邪魔者を潰すために立場を利用することもあった。

犯罪に関しても、犯人がはっきりとわかっているものは別として、そうじゃないものに関しては、別に真犯人を捕まえる必要はなかった。無論、真犯人を捕まえる努力をしなかったというわけではない。しかし、DNAどころか、血液型や指紋鑑定もない時代なので、確かな証拠で犯人を追い詰めたり、特定することができない。そうなると多くの事件で真犯人が誰なのかわからないことになる。大きな事件が起きて、庶民から不安の声が挙がれば、幕府や藩に対する人々の不満は高まるし、幕府や藩の面目にもかかわる。だから、犯人らしき人間を捕まえて、自供を取って、罪人として裁けばよかった。そうすることで民心が静まり、人々が安心して生活できる環境さえ戻ってくれば、捕まえた人間が本当に罪を犯していたのかとどうでもよかった。

無論、その代償として、無実の罪で人を引っ張れば、悪評が立つ。多くの人は犯人が捕まってよかったと思うだろうが、その人の周辺の人達は、その人が罪を犯したとは信じないから、当然、お上に不信感を持つ。時が経てば経つ程、冤罪被害者の数も増えていくのだから、そのような不信感を持つ人たちの人数も増えていく。十手持ちが袖の下を受け取ったり、商家から金を強請り取るなどの悪行も横行しているのだから、やがて、警察業務を担っている同心や与力たちに対して、悪感情を持つ人たちの数も増えていった。

これが江戸時代の警察の実情だ。

狭い留置場に放り込み、自由を奪って、外部との繋がりを遮断させて情報を制御し、精神的に疲弊させたところで、家族が罪を認めて全て正直な話せと言っているなどと嘘を伝えて心を折り、してもいない罪を無理矢理やったと認めさせようとする。犯人逮捕で住民(都道府県民、市区町村民)感情が落ち着かせることが優先だ、警察批判をさせないことが肝要だと考える。仮に真犯人でなかったとしても、無実の人間が濡れ衣を着せられて刑務所に行くのだから、真犯人が新たな犯行を犯すことなどないだろうとたかをくくる。

これは現代の日本の警察について書き綴ったものだが、江戸時代の警察と、一体、どこがどう違うのだろうか。

また、日本の警察の歴史は、実は、科学的な捜査と、地道な捜査をして、きちんと犯人を捕まえようとする警察官たちと、犯人らしい奴を逮捕して、自供を取って、民心さえ安心させておけばいいのだという自白偏重型の捜査を主張する警察官たちとの、路線対立の歴史でもあったりする。

調べてみると、県警内でこのような路線対立を抱えていたところもある。

つまり、科学捜査と地道な捜査の掛け合わせで、犯人を逮捕し、冤罪を最小限度に抑える路線を唱えていた警察官、警察幹部、警察官僚たちは、戦いに負けてしまったわけだ。

いつも言っていることだが、ターニングポイントは、氷見事件が冤罪だったと判明した際、全容を解明して警察幹部らを処分・処罰せず、臭い物には蓋をしてしまったことだ。

当時の富山県警安村隆司本部長は「結果においては誤認逮捕になりましたけれども、当時の捜査幹部の指揮あるいは捜査員の捜査手法、それを一つ一つをあげつらって捜査の懈怠があった、あるいは、そこに捜査のミスがあったという事で処分に該当するものだというふうに判断できるのかどうかと言う事になると、当時の捜査状況をつぶさに検証した立場からして(処分を)ちゅうちょせざるを得ない。」として富山県警は誰一人処分されなかった

さらに、長勢甚遠法務大臣(当時)が再審前の2007年1月26日、甲に対し謝罪した際、自白の強要については違法性が無いと述べ、当時の捜査員に対して処分は行わないことを決定している。

氷見事件 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

氷見事件のような出鱈目な捏造をやっても誰一人として処分も処罰もされないということであれば、同様の行為に手を染める警察官や警察幹部が当然現れる。

氷見事件は状況的に、当時の県警本部長か刑事部長が指示を出して逮捕された疑いが濃厚で、それ故に、はっきり言えば彼らを警察庁と当時の政治家たちが守る形になったわけだが(目的は警察庁による警察の組織防衛だったのかもしれない)、そのような不正を働いたことで、不正は発覚しそうになっても隠蔽してしまえばよいという間違った成功体験を与えてしまった。

そういった過ちの数々の上に腐敗が蓄積して、腐りに腐りきって内部がドロドロに溶けて最早何があるのか、何があったのかすらわからないような汚物の塊になってしまって、どうすることもできない状況に陥ってしまったのが、今の日本の警察の現状なのだろう。

本来であれば2007年に警察刷新会議を再び行って大改革、大改善に着手すべきだったのに、それをせずに蓋をして隠蔽するという真逆のことをしてしまったから、組織を一体解体しないとどうしようもない状態にしてしまった。

池袋サンシャインシティのポケモンセンターメガトウキョウで発生した拡大自殺事件、あれは明らかに警察のミスで若い男女が命を落とすという凄惨な出来事だったが、警視庁は未だに非を認めていない。

人を二人も死なせておいて、キャリア官僚や警察幹部の保身や組織防衛を優先させる。

これがまともな人間のやることなのだろうか?

そもそもこんなことをする人間たちを人と呼べるのだろうか?

人としての良心など一ミリもないのだとわかる。

日本の警察は、ここまで来てしまっているのだ。

るなさんの事件だけじゃない。

警察自体がおかしくなっているのだ。

警察が国民を、真っ当な国民として扱い、尊重し、人権を守ろうとする気持ちをまるで持たなくなっている。

警察官や警察幹部の保身、警察組織を守るためだったら、人権侵害や人の人生を破壊すること、命を奪うことすら、平気でやるところまで感覚が狂ってしまっている。

これは決して誇張ではない。

この国で現実に起きてしまった変化だ。

この事件について元兵庫県警刑事の飛松五男氏は、

住居もあり.親の監護能力もありで、逃走・証拠隠滅の恐れが全然ないのに、警察官のねつ造報告書で真実の裏付けも一切捜査せず、検察官・裁判官が盲判を押し検察官が違法な暴行・脅迫の刑法犯罪を犯し、精神疾患・死に至らしめたことになる。特別公務員暴行陵虐罪・殺人容疑で担当警察官を逮捕して明石警察署を捜索し、責任のある上司、警察署長、本部長までも逮捕して捜査すべきや

と話す。

上記の記事より

飛松五男氏の正論パンチが、唯一の救いに感じた。



補足

一応、間違っているといけないので、生成AIに聞いて、知識が間違っていないのかのチェックをした。何故、生成AIを使用したのかというと、精神医学の専門領域の話になる為、ネット検索では真偽を確かめられなかったためだ。念のため、ハレーションではないのかも含めて、きちんとチェックさせて回答させた。

質問:拘禁反応から食事を取れなくなった場合、通常の拒食症とは異なり、苦しさから逃れる為の、生きることを拒絶する心理が働いての拒食もある、と聞いたが、事実か。

ChatGPT:拘禁反応では、強いストレスや抑うつ、絶望感、無力感などにより、食欲低下や食事摂取の減少が起こることがある。
痩せ願望や身体イメージの歪みを特徴とする神経性やせ症(いわゆる拒食症)とは病態が異なる
拘禁反応に伴う抑うつや自己放棄の結果として食事を取れなくなることはあり得るが、「苦しさから逃れるために生きることを拒絶する心理が働いて拒食になる」という説明は精神医学上の定型的な表現ではない。より正確には、拘禁ストレスや抑うつによる食欲低下・食事拒否として説明される。

拘禁反応が原因で引き起こされる拒食症は、通常の拒食症とは異なる。ChatGPTは杓子定規な回答をするのでわかりにくいが、自己放棄の結果としての食事拒否だから、生きることを拒絶する心理が働いての拒食以外の何物でもない。

わずか16歳の女の子を、拘禁反応が出ているのに、勾留を延長して、拘禁反応の症状を進行させて、より深刻な状況にして、自己放棄の結果としての食事拒否が発生するところまで追い詰めてまで自供を取ろうとする。

狂っているとしか思えない。

兵庫県警側は死亡までの期間を理由に因果関係はないと主張してくるのだろうが、大人しく非を認めるべきだ。