AIで満足できる人が理解できない。創作は貴方の手で世界を作れるというのに。
AIで満足できる人が理解できない。何故なら私は創り出せるからだ。
どうか刺さないで欲しい。それに私は反AIではない。
孤独を紛らすために自分で書いた小説の感想をAIに求めているので許して欲しい。
その上で言葉を選ばずに言うと私はAIに作ってもらう風潮が理解出来なかった。
山月記を読みそんな作風の本を読みたくて、既存の本を探すでも書き始めるのでもなくAIに似た作品を書いてもらう方。自分の妄想の夢小説や二次創作を設定をAIに丸投げし書いてもらう方。自分が考えついたアイデアを書くのが苦手なのでAIに書いてもらう方。最近流行りのzetaのように(念の為言っておくが私もzetaは興味半分触れている)好きなキャラをAIに動かしてもらう方。
このような方々をX(旧Twitter)やリアルの生活で見かけてきたが、人生の半数以上を自分の手で小説を書くことに費やしてきた私にはその思考に至らないことが多い。
AIは確かにその場で書いてくれるし模範解答は叩き出してくれるし時間がかからないどころかアドバイスもしてくれる。楽しめるけど、楽しんでる途中ふと足りないなとか思って結局自分で書くのが好きな人間。
— 夜桜キハ@創作垢 (@yozakurakiha) May 21, 2026
なお、そういう方々の考えを知ってもなお、書ける私にとってはこのような思考だったりする。
AIを全て否定する訳では無い。楽しんでるだけなのに私にここまで言われるのは今ご立腹な方もいるでしょう。どうかその腹を諌めて聞いて欲しい。
私も自分で小説を書く前にAIに出会っていたらAIに頼っていたと思う。
現に私は小説は書けてもイラストは描けない。そのためAI生成イラストを使うこともあるが漫画やイラストが好きな私にとってはどこか見たことある気がして辞めてしまうこともある。
それでも描くことが出来なければ頼りのツールとして補助的に使うこともなくはない。
私が小説を書き始めた頃は今ほどAIは素晴らしい作品を生成できる時代ではなかった。それどころか私はスマホやパソコンも持っていなく諸事情あり他娯楽にも疎かった。だからこそ小説を書くという選択肢でぬくぬく成長して来れた。
先に言っておきたいのが、自分が書けないからAIに頼る方々。貴方は地道に書くようになれば小説は書けるようになる。
イラストだって地道に練習すればある程度のレベルまで突き詰められる。画力はない私だったが漫画の模写を重ねることである程度様になる所までは描けるようになった。
私が交流している小説の書き手の方々。
その中には初心者から長年小説と向き合ってきた方までいる。
初心者は拙いことを自覚しながらも日々小説を書きアドバイスを求め成長をしていく。
長年の書き手も、才能が無いなりに続けてきたという方もいる。
こういう私も書き始めた頃は小学生。読み返すとこれで自慢出来たのかと言うほどの拙さで戦慄した。しかしそれでも好きこそ物の上手なれで続けてきた。
小説を書くのが上手くなるコツは沢山本を読み沢山書くことである。書けば書くほど上手くなる。技術より先に文量がものを言う。体格や頭脳が求められる運動や勉強と比べると比較的簡単である(しかし作業自体は地味であるためそれこそ好きでなければ続かない)
貴方には小説を書く可能性が眠っているのだ。しかしそう言われても目の前に一瞬で出力してくれるAIが居ればそれに頼るのが人間というもの。
AIさえいれば自分がそこまで時間をかけて成長する必要は無いのだ。
これは文明の発展により得られた便利さでありながらも創作者である私は少し残念に思う。
これからもAIは進化しAIの出力する作品の精度も上がるだろう。AIが人間の創り出す作品に勝つ日がくるのかもしれない。
しかしAIはある程度決められてしまっている。AIを使いこなす方なら一度は経験があるだろう。突然のバグや少し違うと思いながらも納得させ細かな設定は指定する間もなくAIが埋めてくる。
それらを人の手であれば自分で好きなように進めることができる。私たちは文字通り創造神になれる。
世界観の設定だけでなくその世界に漂う雰囲気、つまり文字の描写まで自分で操ることができる。
分かっている。AIの方が簡単であり気楽に楽しめる。そこまで創作に時間をかける楽しむ人間はAI登場の前から少ないことを。
それは創作者視点からでもAIユーザーからでも明確な事実だ。
それでも創作者である私は創作の楽しみを広めたいと思っている。技量など気にしなくていい。自分の手によって自分の世界が丁寧に構築されていく姿を見ることを楽しんでくれたらそれで良い。
気づけば貴方はその虜となり手際すらも成長していくことを願っている。
