春から教員になる皆さんへ!34年の教員生活からアドバイス【高校教員応援マガジン】

4月から教員になる皆さん、今は何をしていますか。
どんな新生活を思い描いていますか。
私は34年間、北海道の公立高校に勤め、14年間、教員を指導する管理職の立場にありました。
現在は私立高校の顧問であり、若手教員のメンターとして伴走しています。
採用試験を受ける人の面接練習をしたり、教職希望の高校生に心構えを語ったりしています。
しかし、実をいうと私自身が教員になった頃のことは、胸を張って語れません。
いつものことですがそれを棚上げをしながら、アドバイスを試みます。
教員になるまで
高校2年の頃は、高校の英語の先生になろうと思っていました。
しかし、まだ「揺るがぬ決意」ではありませんでした。
1981年に大学に入学しました。
2年の後期に学部・学科移行があるのですが、様々な出会いがあり、1年の終わりには、英文科から哲学科に希望を変えていました。
東京の大学院に行きましたが、博士課程に進むのは止めることにして(正確に言えば、望んだとしても映画狂から足を洗わなければ不可能だったでしょう)、教員採用試験を受けました。
ほぼ勉強していませんでした。
2つの自治体と私立2校に落ち、東京から北海道へ帰ることに決めました。
就職浪人です。
アルバイトに精を出し、政治と恋愛にのめり込みつつも試験勉強はきちんとやり、翌年は合格しました。
新生活に向けみっちり準備……ではなく、直前には1ヶ月間の欧州個人旅行に行き、大いに楽しみました。
そして3月のある日。
教育委員会に呼び出され示された紙には「常呂」と書いてありました。
読めませんでした。
どこにあるのか、知らない町でした。
カーリングで有名になるのはその後です。
JRの駅がなくなったばかりで、札幌から車で約5時間、オホーツク海に面したホタテの水揚げ日本一の町でした。

赴任先の高校は学年2クラスの小さな学校です。
引越しの日、お手伝いの先生たちが次々に帰って行く中、1人残った生徒会担当の先生から
「顧問は野球部でよいですか」と聞かれ、未経験でしたがハイかYesしかないと思い、「がんばります」と答えました。
新任時代
そして教員生活が始まりました。
部活が終わってから先輩の先生と食事に行き、学校に戻って仕事、夜10時過ぎに帰宅する毎日。
番長グループの存在。
毎日の家庭訪問。
授業準備が不十分なのに、先輩教師からの頻繁な飲み会の誘い。
授業を成り立たせるのにも一苦労。
不慣れなパソコンでの事務仕事。
買い物の内容も、彼女が遊びに来たことも全てバレている町。
「先生って、こんな仕事だったのか」という驚き。
「ここはどういう世界なんだろう」という戸惑い。
よいもわるいも判断する余裕がなく、ただ必死についていくしかない。
そんな感じでした。

白状すれば、いつでも辞められると思っていました。
だが、簡単には辞めたくない。
夢中だった「学問」や「映画」から離れる、それなりの決意をして就職したのだから。
ようやく、経済的に自立を果たしたということもありました。
一方で、初めての田舎暮らしに、これまでに味わったことのない魅力を感じていました。
同僚や町の人たちはそれまで出会ったことがないタイプで、新しい世界が開けて楽しかったのです。

次の学校は――
5年後。
すっかり好きになった常呂の高校と町を離れ、母校である札幌の進学校に異動しました。
「母校でいいね」と言われましたが、校舎も雰囲気も変わっていたのと、私はすっかり「常呂の先生」になっていたので、特別な嬉しさはありませんでした。
学校の規模、生徒の進路目標とそれを支える学校体制があまりにも違っていて、同じ先生と言っても「これはもう、別な職だ」と思いました。
葛藤しながら必死に適応し、生徒と同僚に支えらえ、4年後、その学校のクラス担任として初めて卒業生を見送りました。
悲喜交々。
涙と語りで、いつまでも終わらない最後のHR。
夜、感慨に耽り、「先生を辞めようと思うことはもう絶対にないな」と思いました。
教員になって、もう9年が経っていました。

管理職を含めた34年間を振り返ってみて、私は、先生としての適性があったかかどうかはわかりません。
そういう問いで物事を考えるのは、あまり好きではないのです。
適性よりも、AKB48の元リーダー 高橋みなみさんの「向き不向きより、前向き」という言葉の方が好きです。
教育の仕事に対して「前向き」ではあります。
――生徒たちにとって、どんな先生がよいのでしょう。
私は、とにかく生徒は多様な先生と関わればよい、と思ってきました。
嫌いな先生や「反面教師」も含め、様々な価値観、情熱、経験を有する大人たちとの出会いを生かしながら成長してほしいと思います。
もちろん、望ましい先生像はあるのですが。
34年間教員だった私からのアドバイス
それにしても、適性があるかどうかがわからない私が、どうして辞めることなく、何とか続けることができたのでしょうか。
その理由からアドバイスにつなげます。
1 教える経験があったこと
高校生のとき、学習の工夫をする中で「自分で自分に説明する」方法が身についていきました。
声を出し、自分に教えるということです。
理解度を確かめるのに最適でした。
それが友人に教えることにもつながり、「林の説明、わかりやすい!」と言われた体験は、ひそかに自信になっていました。
大学院浪人しているときにやった世界史の時間講師、中学生対象の塾や中高生の家庭教師の経験も大きかったです。
世界史の講師では、最初の授業準備に8時間要したことを覚えています。
教科書、副教材は同じでも、自分が学んでテストで力試しをすることと、人に教えるのでは全く異なると思いました。
毎回8時間かかっては体がもたないので、どうすればより短い時間で準備できるのか、試行錯誤し、研究しました。
試験問題の作成を経験できたこともよかったです。
ハイレベルの大学をめざす生徒たちにも、勉強に苦労している生徒たちにも教えました。
塾では、自分が苦手だった理科を教えなければならず、苦労しましたが、そのお陰でできない生徒の身になって教えることの経験ができました。
基礎基本をいかに身につけてもらうか。
機械的な暗記ではなく、深い理解につながる暗記にどうすれば導けるか。
できなくて挫けそうな生徒のモチベーションをいかに維持するか。
自分の力に自信がない生徒が、自分で作り上げた枠の中から抜け出し、挑戦するためにどんな働きかけが必要か。
そうしたことを探究するよい機会でした。
皆さんにも教えた経験があるなら、振り返って何を学んだかを確かめておくとよいと思います。
あまりなかったなら、教科書か参考書を使い、自分で自分に教えてみてはどうでしょうか。
授業の予行演習です。
noteやブログなどに書き出してみるのもよいかもしれません。

2 学ぶのが好きだったこと
先生にとって、少なくとも私にとっては、生徒が学ぶことを好きになるのが一番の望みです。
学ぶというのは、未知の何かに触れ、理解したり、考えたりできるようになることです。
学力は固定的な力ではありません。
学ぶにつれ、伸びます。最初からわかる、何でも簡単にできる、わけではありません。
学びが好きであるためには、「わからない」「できない」ことに付随する負の感情を受け止め、乗り越えられることが必要です。
先生になる皆さんにも、学びのワクワク・ドキドキ経験があるはずです。
「あまりハードに学ばなかったなあ」といくらか後悔があるとしても、落ち込む必要はありません。
まだまだ時間はたっぷりあります。
教員の仕事をしながら、自分の学ぶ力を上げていけばよいのです。
今日1日、明日1日と、毎日勉強です。
枝幸高校時代の生徒が、北海道教育委員会が募集した「学び月間」の標語を考え、表彰されました。
「学ぶこと 私の周りに あふれている」
見方や心持ちを変えればそう思えます。
また、札幌北高校時代、校長講話で次のように話しました。
君たちは、超進学校にいると言うなら、学びの達人になりなさい。
頭に、学問という字を縦に思い描いてください。
上からこう読む。「学」を「問」う。
それは、自分の学びのあり方を問うということ。
学ぶ姿勢や方法に完成はない。
ただ学ぶのではなく、学びを問え。
下からはこう読む。「問」いを「学」べ。
問いがなければ、思考はない。
問いを立てて探究しなければ、知識は生み出されない。
学びは問いから始まる。
何を、どう問うのか。そのことを学べ。
「学問」を大切にする日々の生活の積み重ねが、生徒の率先垂範たるべき皆さんに必要です。

3 教科書以外の本を読んでいたこと
皆さんは、教科書をきちんと読んでいましたか。
私は得意な科目もそうでないものも、教科書を読むだけ、先生の話を聞くだけではできるようにならなかったため、様々なタイプの参考書を手に取りました。
失礼ながら、先生の説明よりももっと面白いものもあり、参考になりました。
同じ内容でも、別な説明の方法があると知ることができて、とても勉強になりました。
皆さんにも、サッとで構わないので、教科書や参考書を読み直しておくことをお勧めします。
できれば、学習指導要領の解説も再度目を通しておくとよいと思います。

4 教育の動向を鷲掴みしておくべきだった
これは、私がやっていなかったことです。
35年前なら現場に飛び込んで「Learning by Doing」で事足りました。
しかし、現在の教育の変化は加速度的です。
授業=学びの在り方、学習評価、GIGA、働き方改革……
すでに大学の教職課程において、また、教育実習の中で学んでいるとは思いますが、ネットや本で今の教育をあらためておさらいをしておくと、よりスムーズに入っていけると思います。
<参考>
いかがでしたか。
今、皆さんはどんな気持ちでしょうか。
やっていけるだろうかと不安でしょうか。
私の知る限り、100点満点の職場はありません。
仕事の仕組み、人間関係、自分自身のこと、どこかに課題があり、不満が出てきたり、自信をなくしたりします。
現実の社会で働くということはそういうことです。
世界や日本に、これだけの課題があるのですから、当たり前です。
教師は楽な仕事ではないかもしれません。
しかし、楽な仕事に価値があるでしょうか。
苦労に見合った、あるいはそれ以上の人生の喜びがあるのが教育です。
未来に期待が持てないと言われる日本において、それでも私たちが期待を持つとすれば、日本では紛争などのある地域とは異なり、子どもたちが教育を受けられるということです。
一握りの尖った人材の活躍やエポックメイキングな発明ではなく、当たり前に学校教育があるということが、希望なのです。
音楽にしか与えられない感動があり、大谷翔平選手にしか与えられない感動があるのと同じように、教育にしかできない何かがあります。

辛いときは、学びましょう。
不安や悩みはアウトプットしましょう。
誰かとともに話してみましょう。
努力するのは自分です。
私は2年前に定年退職となり、個人事業主として複数の組織にお世話になっています。
北大の先生たちと「Minority Power in Learning」(小規模高校・自治体ネットワーク)を立ち上げ、10年後、いいえ、すぐ未来の高校の新しい学びについて、探究しています。
教育に携わり続けていることは、私にとって、大きな喜びです。
ともにがんばりましょう。
【参考】
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