10/22-10/28の日記「目白の『南雲』さま訪問、雨の神田古本まつり、コンパートメントNo.6観ました」
10/22 労働
いつも時間ギリギリで滑り込むのだが、雨。合羽を脱いだりして3分の遅刻。そろり、そろりと誰にも知られませんように……とバックヤードに入ると上司。「いやあ外寒すぎで店内入ったら暖房で暑いし気温差で身体おかしくなっちゃいますよ!若干なんか偏頭痛的な?感じもしてるし」と誤魔化しを試みる。
明日祖父母の家に行く為、本を読まずに眠剤飲んだ。埼玉来てから一年に一度は行くようにしている。昔は緊張(今も会う前は緊張)してしまうが、緊張などする必要はないと言い聞かせる。次の土曜も早起きせねばならない。何もなければ何もしない懶惰な私を連れ出してくれる世界の呼び声。でも本を読まないと落ち着かない。
10/23 休日
明け方かみしのさんと通話し、正午に目覚ましの音で意識が戻ると、喉が苦しく喘息になっていて熱があるように怠い。祖父母の家に行くのは諦める。痛み止めだけでも飲めたらと思うが、身体を起こすのに抵抗があり、全身ラジオを聴きながら夕方まで眠る。そこそこ体調も整ったので買い出しへ。鶏を買う。noteの日記を更新し、Spotifyにもエピソードを追加する。『この世の喜びよ』の短編を読み、完全に読了。新感覚派とでも言うべき女流作家のこの手つきは、運動と静止の関係=比によって構成され、日常のなかに純粋過去からの変様する記憶が挟み込まれ、それによって現在が触発される。この手法は「意識の流れ」という文学的潮流のミニマルな実践であり、今後島国の日本で静かで大きな流れになるかもしれない。そこでは政治的主張や性的な問題を露わにする必要がないためである。かつては女性作家の男性作家的手つきが散見されたが、近いうちにそれが逆転し、男性作家の女性作家的手つきの模倣が多くなるだろう。時代の要請として。
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