舞台 「ずれる」 観劇レビュー 2025/06/07


公演タイトル:「ずれる」
劇場:シアタートラム
劇団・企画:イキウメ
作・演出:前川知大
出演:安井順平、大窪人衛、浜田信也、盛隆二、森下創
期間:5/11〜6/8(東京)、6/12〜6/15(大阪)
上演時間:約2時間(途中休憩なし)
作品キーワード:密室劇、オカルト、SF、社会風刺、環境問題
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆
前川知大さんが主宰する劇団「イキウメ」の新作公演を観劇。
作演出の前川知大さんは、昨年(2024年)に『人魂を届けに』(2023年6月)で第31回読売演劇大賞の最優秀作品賞を受賞している。
今作は、前川さんが受賞後初となる新作公演となっている。
「イキウメ」は、今作を上演後はしばらく「イキウメ」としての活動を休止することを発表しており、そんな意味もあって今作は特に注目を集めている公演にもなっている。
「イキウメ」の作品は、『奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話』(2024年8月)、『人魂を届けに』(2023年6月)、『天の敵』(2022年9月)、『関数ドミノ』(2022年6月)と観劇しており、今作で5度目の観劇となる。
物語は、会社の社長をしている小山田輝(安井順平)の高級住宅のリビングで繰り広げられる会話劇となっている。
小山田輝と弟の小山田春(大窪人衛)が二人で水槽を見ながら言い争っている。
輝は水槽にいるのはアロワナだと言う、しかし春はこの魚はシーラカンスだからと言って逃してしまう。
ある日、小山田家の家政婦が解雇になったのだから自分の身の回りくらいは自分で片付けるようにと輝は春に言うが、春は片付けをまともにやったことがないためやらない。
隣の住宅では家の中で飼っていた犬のペロが外へ出されていて吠えていた、犬にしては狼のように体が大きい。
その後、小山田の自宅には環境活動家を名乗る佐久間一郎(盛隆二)がいきなりやってくる。
佐久間は春の友人らしく自宅に招いたらしいが、勝手にマリファナを吸い始めたり酒を飲み始めたりと行儀が悪く、輝は不快感を示す。
佐久間曰く、春は幽体離脱をすることが可能らしくて、それを確かめにやって来たのだと言うが...という話である。
「イキウメ」の前回の新作公演である『人魂を届けに』でもそうだったのだが、近年の「イキウメ」は目に見えない霊的なものとスピリチュアルな要素を演劇に落とすことが多い。
今作は『人魂を届けに』とは全く異なるアプローチと設定ではあるのだが、目に見えない魂や霊的なものを扱うこと、そして資本主義や社会システムに対するアンチテーゼを唱えるという意味では共通しているように感じた。
そうであるが故に戯曲は非常に難解に感じられ、なんとなく今作のテーマが掴めたような掴めなかったような感じで終演してしまった。
しかし劇中に登場する台詞やメタファーから、様々な解釈や捉え方は出来そうだとも思い、観劇後に色々と思慮を巡らせて考える面白さは存分にあると感じた。
今作のテーマは、人間が手にした社会性と動物の持つ霊的なものの二項対立ではないかと思いながら観ていた。
人間は社会性を手にしたことで失ったものもあると思う、動物たちが持っている目に見えない何かを察知して生きる感覚がそうで、地震などが起こる前兆として野生の動物たちが異変を起こすようなことがそうだと思う。
今作における社会性を手にした人間の象徴は、会社の社長である小山田輝である。
彼は父から譲り受けた会社を経営することで富豪としての地位を確立しており、全てを手にしているかのように見えるが、終始何かに怯えているようにも感じる。
その一方で、動物の持つ霊的なものの象徴は、犬から狼に変貌することになるペロや、その他凶暴化している動物たちである。
人間が自然を支配することによって、野生の動物などの生態系は脅かされ反乱を起こす。
まるでそんなテーマを描いているように感じ、これは行き過ぎた資本主義社会による環境破壊に対してのアンチテーゼなのではないかと思わされた。
ややスタジオジブリの『もののけ姫』を想起させられた。
舞台装置は、完璧に計算されたかのような高級住宅のリビングが再現されており、いかにも富豪の自宅というくらい生活感がなくきっちりした空間がそこにはあった。
そんな豪邸に環境活動家や家政婦、整体師という全く属性の違う者たちがやってくる様は、どこか映画『パラサイト 半地下の家族』を想起させられた。
出演者陣は全員劇団「イキウメ」の劇団員で、見事な演技を披露されていた。
ずっと抽象的で全く結末の見渡せない会話が続いていくのに、全然観客を飽きさせることなく見入ってしまうのは、偏に俳優陣の演技力の高さがあるからだろうと思う。
主人公の小山田輝役を演じた安井順平さんの演技力の安定感は抜群なものだった。
社長という難役を見事に熟されていて、ここまで客席が笑いが起きるのは安井さんの安定感ある演技によって裏打ちされているからだと思う。
また、家政夫役を演じた山鳥士郎役の浜田信也さんも安定感ある演技で、なんでも卒なくこなしそうな欠点のない完璧な人間らしさを演じていた。
前川さんの戯曲は非常に難解であるものの、ずっと考えを巡らせながら反芻しながら楽しめる奥深さがあって個人的には好きである。
「イキウメ」としての公演が不定期になってしまうのは寂しいものがあるけれど、他の形で前川さんの作品はまだ観られると期待しているので、劇団員含めて今後の活動もチェックしていこうと思った。

【鑑賞動機】
「イキウメ」は『関数ドミノ』(2022年6月)で衝撃を受けてから欠かさず観るようにしているが、今作で「イキウメ」としての活動が不定期になるということもあり、絶対見逃したくないという意気込みでチケットを取って観劇した。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
高級住宅のリビングで、小山田輝(安井順平)と小山田春(大窪人衛)が天井が青くなっている箇所も見上げながら会話をする。輝は、あの水槽にいる魚はアロワナだという。一方で春は、あの魚はシーラカンスだから川に逃がした方が良いと言う。
明転して、とある日の日中の小山田家のリビング。輝と春がいる。輝は今まで勤めていた家政婦が辞めたと春に告げる。だから自分の身の回りくらいは自分で片付けるようにと言う。しかし15歳離れた弟の春は反抗する、嫌だと。輝は、自分の片づけくらい自分でやれるようにならないと困るぞと春を叱る。しかし春は言うことを聞かない。
外から犬の鳴き声がする。春は、その犬が隣の家で飼っているシベリアンハスキーのペロだと言う。ずっと家の中で飼っていたペロを外に出したのだと言う。輝は、窓際からペロを見ながら不思議そうに言う。あんなにシベリアンハスキーは体が大きくなるものかと。
輝は話を戻して、辞めた家政婦は父と不倫をしていたらしいと言う、だから追い出したのだと。実は以前からそれに気づいていたのだが、家政婦の作る食事が美味しいものでなかなか解雇することが出来なかったと言う。春は自分の身の回りの整理をしようとしないし、輝自身もやはり秘書などの業務を誰かにやって欲しい。そこで、新しい家政婦の求人を出すことにする。春は、家政婦も出来て秘書の仕事も出来る家政婦なんて見つかるのだろうかと疑問に思う。
輝は、海外に住んでいる父からお見合いの話をもらうが、そんなことに興味はないと憤慨する。
時間が経過して、リビングには誰もいない。そこへ環境活動家の佐久間一郎(盛隆二)が一人やってくる。佐久間はリビングのソファに座ってタバコのようなものをふかし始める。
そこへ輝が仕事から帰ってくる。佐久間のことは知らないらしくお前は誰だと言う。佐久間は、春の友人だと名乗り春にこの家に呼んでもらったのだと言う。輝が春に呼び出された理由を佐久間に尋ねると、佐久間は春がどうやら幽体離脱が出来るとのことで、それを観測しに来たのだと言う。輝は、春が虚言癖があるのを知っているかと佐久間に尋ねる。佐久間はもちろん知っているが、もしかしたら幽体離脱出来るということは本当かもしれないと思ってワクワクした気分で来たのだと言う。しかし輝は、春は虚言癖を持っているから嘘かもしれないと思わないのかと言うと、佐久間はどうしてあなたはそうやって人の楽しみを奪うようなことを言うのかと言う。劇場で観劇する前に、この作品面白くないかもしれないよと言われて観ると気分を害するだろと佐久間は例え話をする。
佐久間はリビングに置いてあったウイスキーを開けて飲み始める。輝は勝手に人の家に上がり込んで酒を飲むな、非常識だぞと忠告する。そして佐久間は再びタバコのようなものをふかし始める。輝は、ここの家の中は禁煙だからタバコを吸うのを止めてもらえないかと佐久間に言う。佐久間は、これはタバコではなくマリファナだと言う。マリファナならもっとこの家で吸うのは止めて欲しいと言う。
佐久間はリュックの中から、色々な物を取り出し始める。その中にはボーリングのピンが入っていた。それは何だと輝は尋ねる。佐久間は、2ドルで以前買ったものだと言う。
時間が経過して、リビングには春がいる。そこへ山鳥士郎(浜田信也)がやってくる。山鳥は、家政夫の募集をしていたのでやってきた者だと春に自己紹介する。春は、家政夫も出来て秘書も出来る人なんて早々見つからないだろうと思っていたけれど、そんな完璧な人がいたんだと驚いている。
山鳥は早速春に今日は何が食べたいか尋ねる、食事を作ってくれるらしい。山鳥はクリームシチューなんかはどうかと春に聞くが、春はクリームシチューを食べる気分ではないと言う。
輝が仕事からスーツ姿で帰ってくる。山鳥は家政夫として働くことになった者だと輝に自己紹介する。春はリビングを立ち去る。
輝は仕事で疲れているから、肩を揉んで欲しいと山鳥に頼む。山鳥は輝の肩を揉むがだいぶ輝の肩は凝っていると言う。そこで山鳥は、良い整体師を知っているからその人にマッサージをしてもらったらどうかと提案する。早速山鳥は、紹介したい整体師をネットで検索して輝に見せる。その整体師の名前は時枝悟と言うらしい。しかし輝は、時枝の整体師としての口コミを見て、信者とアンチが喧嘩しているじゃないかと言う。しかし、山鳥は良い整体師だからと輝に勧めて小山田家に呼び出すことにする。
輝は悪夢を見る。山鳥がハクビシンの死体を入れたビニール袋を放り投げてくる。佐久間がボーリングのピンを持っていきなり現れる。
明転して、整体師の時枝悟(森下創)がバスローブ姿でリビングにやってくる。どうやら風呂上がりのようである。そのままソファに座ってくつろぎ始める。そこへ山鳥が整体ベッドを持ってやってくる。ホームセンターで色々探したけれどこのベッドくらいしかなかったと言う。時枝はそれで十分だありがとうと優しくお礼を言う。
輝や佐久間がリビングにやってきて、廊下が濡れていたと言う。それは時枝が風呂から上がってリビングに来たからである。輝がやってきたので早速マッサージをしていこうと時枝は立ち上がる。時枝は、魂魄(こんぱく)の話をする。人間は魂と魄がずれることによって身体に疲れが溜まっていくのだと言う。そして、この魂と魄がずれたまま戻らなくなると痛みを伴うのだと言う。そんな蘊蓄を垂らしながら時枝は輝をマッサージする。
佐久間が、もし魂と魄がずっとずれたまま戻らない、あるいは魂と魄が遠く離れてしまったらどうなるかと尋ねる。すると時枝は、魂と魄が離れ過ぎてしまうと幽体離脱をして下手すると死ぬ可能性もあると言う。その言葉を聞いた佐久間はハッとする。佐久間は春が、豚舎で幽体離脱をしていた時は、魂と魄が離れていたのではないかと。時枝は、その時春はどのくらい身体から離れていたのだと聞く、佐久間は半径100mくらいだと言う。時枝は、そのくらいの距離だとギリギリでもっと離れてしまうと命の危険があったと言う。佐久間はリビングを出る。
その時、外から何やらパトカーの音が聞こえる。山鳥は様子を見にいく。すると佐久間は手が血だらけになった状態で戻ってくる。一同は大騒ぎする、早く風呂場に行って手を流して来いと。その直後に山鳥が戻ってくる。山鳥は告げる、パトカーは隣の家に停車しており、どうやらペロを捕まえに来たようであったと。ペロはシベリアンハスキーなのに何故か狼のように凶暴になってしまったので、警察が保護しに来たらしいと。しかし輝は、今佐久間の手が負傷していて風呂場にいるから見てやってくれと言う。
佐久間と山鳥が風呂場から戻ってくる。その手の負傷はどうしたのか佐久間に聞くと、佐久間はペロが警察に保護されるのを阻止するために逃したのだと言う。輝は佐久間を厳しく追及する、どうしてそんなことをしたのかと。佐久間はペロに少しでも自由な時間を与えたかったと言う。このまま警察に保護されてしまったら自由な時間はないからと。輝は、そんなペロを逃したところで後で警察に捕まえられるだけだろうと言う。しかし佐久間は、いずれ警察に捕まるにせよ少しでも自由な時間があるのとないのでは全然違うと言う。輝は、ペロを逃したら周囲の住民たちは危険じゃないかと言う。そして挙げ句の果てにはペロは警察によって撃ち殺されるかもしれないと。そんなことになったら、余計にペロがかわいそうではないかと言う。
市内放送が流れる。凶暴な犬が逃げ回っているので、不要な外出は控えるようにとアナウンスされている。輝は、これは佐久間のせいだぞと追及する。
玄関のチャイムが鳴る。インターホンを見ると警察のようだった。輝と山鳥の二人で警察の対応のために玄関に向かう。
輝と山鳥が不在の間、佐久間はマリファナを吸い始める。輝と山鳥はすぐに戻ってくる。輝は佐久間の様子を見て激怒する。すぐ近くに警察がいるのによくそうやってしてられるなと。見つかってしまったら佐久間だけでなく、こっちまで巻き添えになるんだぞと輝は激怒する。薬物は吸うことだけが犯罪ではなく、所持しているということが犯罪だから。ここは輝の家だからと。
その時、外で銃声の音が何度か聞こえる。輝は、ペロが撃たれたのだと察する。佐久間が不必要にペロを逃したからこうなったのだと言う。輝はリビングを去る。
佐久間は時枝に、幽体離脱に興味があることを告げると、では実際にやってみようと言うことになる。時枝は佐久間の体に何かを施すと、そのまま床の上に眠ってしまう。そのまま佐久間は気持ち悪そうに何かを吐き出す。時枝はそれを銀色の入れ物に入れる。そのまま佐久間はソファで横になって眠る。時枝は、今佐久間が吐き出したのが魂だと言う。今幽体離脱している状態なのだと言う。
そこに再び輝がやってくる。酒を飲もうとしたが酒がほとんどない。そして銀色の入れ物には何やら吐いたようなものが入っている。佐久間が眠っているのを見て、こいつが酒を飲みすぎて眠っているのだなと早合点する。勝手に人の家に上がり込んで酒を飲み散らかしてふざけんじゃないと。佐久間は目を覚ます。
時枝たちは必死で、今回ばかりは佐久間が泥酔して寝てしまった訳ではなく幽体離脱をしていたと言うが、輝は信じず佐久間の頭を殴って気絶させてしまう。
暗転する。朝になる。リビングでは輝が誰かと電話をしていた。そして受話器を切る。
春がやってくる。輝は言う。母親の住んでいるエリアでは、コウモリが凶暴化してフルーツを襲うフルーツバットになってしまったらしく、そのコウモリの糞によって感染症が広がってしまっているらしいと。そして母親も体調を崩して弱っているのだと言う。結構危険な状態だと。
春は、自分の元にも母親から電話があったと言う。春の元に電話をかけてくるなんてよっぽどだなと思ったと春は言う。そして春は母親に向かって「グッバイ」と言ったと言う。輝は春に激怒する。春はこれだけ不自由のない暮らしを与えてもらってきて、そして仕事もせずにただ親の脛を齧ってきて、それなのにその態度は何なんだと。少しは何か親孝行をしたのかと輝は春に詰め寄る。
山鳥がリビングにやってきて、春はリビングを去り、輝と山鳥の二人だけになる。輝は山鳥に尋ねる。山鳥は何かやりたいことはないのかと。
山鳥は答える、昔はバスケットボールの選手を目指していたと言う。しかし高校時代に父が死んでしまってから、バスケットボールの選手になることを諦めて猛烈に勉強して知識をつけたと言う。それは、父親に復讐したいためだったと。しかし知識をつけていくと、それが快感になっていって復讐とかはどうでも良くなっていって、今こうしてその知識を活かせる家政夫兼秘書として働いているのだと言う。
山鳥は続けて言う。こういうことってありませんかと。本当の目的は父親の復讐であるのに、それを果たしてしまうと目標がなくなってしまうので、それを果たさず今のように道草を食ってしまうようなことがと。
そこへ輝に向けて至急連絡が入る。ネット上で輝の経営するユリゼンホールディングスの豚舎が大変なことになっているのがアップされていると。そのネットの動画を輝は確認する。ユリゼンホールディングスの豚舎の豚が、猪になって凶暴化し、それが暴れ回っているようである。
輝はやられたという顔をする。あの環境活動家にやられたのだと。
暗転して天井に白い照明が浮かび上がり、輝と春の二人が言い合っている。
明転すると、リビングで輝が一人茫然とソファーに座っている。そこに山鳥たちもやってくる。両親たちも危うく、会社の経営も危うい。何もかもおしまいだと輝は悲観する。そして照明は暗くなり、輝だけ微かに照らされる。
再び明るくなる。そこへチャイムの音が聞こえる。警察が小山田家に来たようである。ここで上演は終了する。
掴みどころのない戯曲であるのだけれど、何故か凄く引き込まれるものになっていて、前川さんでないと創作できない境地に達していて、こういう戯曲ってどうやったら書けるのか不思議な気持ちになった。
どういう物語なのかと聞かれると説明が難しくて、理解できなかった訳ではないのだけれど、理解できたとは言い切れなくて、どこか不思議な感覚を抱く物語である。
おそらくテーマとしては、行き過ぎた資本主義に対するアンチテーゼ。人間は色々なものを支配・管理しようとし過ぎて、自然界から反乱を翻されているような感じである。環境破壊が進んでしまって自然災害が多発してしまっている昨今だからこそ、こういうテーマの作品を観て人間は何かを感じざるを得ない。
科学技術などによって全てを手にしたように見える人間だけれども、何かを失っている。それは霊的なスピリチュアル的な科学や理論では説明のつかない何か、それによって最終的に人間は翻弄されて滅びてしまう。そんなことを物語っているように感じた。
小山田輝の身の回りに起きることは、とても他人事ではないよなと思えてくる。詳しくは考察パートで色々触れることにする。

【世界観・演出】(※ネタバレあり)
非常に高級感あってシンプルでモダンなリビングがステージ上に再現されていて、まるで全てが計算されているかのように美しく感じられた。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置から。
舞台装置は客席側に対して、逆三角形型の部屋になっていて、中央に向かえば向かうほど奥行きが狭くなっている造りだった。捌け口は、下手側の壁に一つ、中央の奥に三角形の頂点を挟んで2つある。下手側の壁の捌け口は、どうやら春の部屋へと続いているようで春はいつもこの捌け口から出てきていた記憶だった。中央の奥の2つの捌け口は、下手側の捌け口が玄関に繋がっている出口、そして上手側の捌け口が風呂場へと通じている捌け口となっている。
中央には、くの字型になってソファーが置かれており、そのくの字の曲がった箇所に小さなテーブルが置かれていた。そのテーブルの上には電話が置かれていて、黄色いなかなか可愛らしいオシャレな受話器のある電話だった。
上手側にも一つテーブルが置かれていて、その上にはウイスキーなどお酒の瓶が並べられていた。そのうちの一つは「山崎」だったのを記憶しているが、それ以外のお酒は何であるか分からなかった。お酒の他に、佐久間の魂を入れるようの銀色の入れ物(壺のような感じ)が置かれていた。
上手側の辺は全体的に窓になっているのかカーテンのようなものが敷かれているように見えた。隣の家にパトカーが来た時、そのカーテンが赤色に照らされて窓がそこにはあるのかなと思った。
天井には、菱形のオブジェが上から吊り下げられているが、ここはシーンによって青色に照らされたり白色に照らされたりしていた。灯体だけではあそこまでの演出は出来ないと思うので、何か仕掛けがあって点灯するようになっているのかもしれない。
加藤拓也さんが以前作演出した『もはやしずか』(2022年4月)のような整然と整えられた現代的でモダンな高級住宅という感じがあって美しく思えた。そしてどこか冷たい感じも受けた。
次に舞台照明について。舞台照明も舞台装置に倣って非常に計算されている感じがあって美しかった。
まず、捌け口から差し込んでくる光が綺麗だった。客入れ時に日光のようなものが捌け口から差し込む感じでセットされていたのだが美しかった。ちゃんと舞台装置に対して光の差し込み具合などが計算されているなという印象を受ける。
また、朝、昼、夕方、夜という時間帯が凄く分かりやすい照明演出になっていて好きだった。
隣の家にパトカーがやってくる時の赤い照明、輝が悪夢を見ているシーンでの全体的に青白い感じの照明、輝と春が二人で言い争うシーンの白い照明のシーン、ラストの輝にだけ薄くぼんやりと照明が照らされるシーンなど、照明の演出も多様にあって楽しめた。同じ場所でしかシーンが繰り広げられないが、ここまで照明を変えて見せ方を変えてくれると没入感も生まれるよなと思う。
次に舞台音響について。
音楽が流れるシーンがいくつかあり、基本的に暗転したり場面転換する時に流れていた印象で、ピアノの音楽などエレガントで優しいメロディのものが多かった。
あとは、効果音が重要な役割を果たしていた。犬の鳴き声、パトカーの音、銃声、玄関のチャイムなど、家の外で何が起きているのかを表す音が強く印象に残っていて、そうやって音だけで観客の想像に委ねる余白を多く生み出す演劇って良いなと思えた。犬の鳴き声が時々するのは不穏にも感じられて、良い意味で作品の雰囲気を作ってくれていた。
最後にその他の演出について。
舞台装置が整っているからこそ、黄色い電話の受話器やボーリングのピン、ウイスキーなど小道具が目立って見えた。
これだけシリアスで緊張感のある演劇なのに、ここまで客席から笑い声が聞こえるのはびっくりした。これは、やはり「イキウメ」の俳優のファンが多いということだろう。非常に劇団ファンに支えられた舞台空間だったように思う。ちょっとばかし安井さんや浜田さんや盛さんが面白いことを言うと、笑い声が絶対する。凄く和んだ空間だった。
金輪町、山鳥、時枝など、過去の「イキウメ」でお馴染みの地名、名前が登場するのは何か意味があるのだろうかと思った。やはり「イキウメ」としての公演が不定期になってしまうから、過去の作品の要素を色々取り入れたのだろうか。

【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
今作は出演者が「イキウメ」の劇団員しかおらず5人のみだったが、演技が研ぎ澄まされているような感じがして見応えあった。
5人のキャスト全員について見ていきたいと思う。
まずは小山田輝役を演じた安井順平さん。安井さんは「イキウメ」の公演を拝見する度に演技を拝見している。
「イキウメ」としての公演がしばらく不定期になってしまうラストの今作でも、やはり安井さんが主人公的な役割を演じていた。輝は、今作において人間のメタファー的な存在として登場する。お金を持っていて支配する立場である。お金に困っている訳ではないし、ユリゼンホールディングスの社長をしているので社会的な地位もある。賢くてなんでも卒なく熟せてしまう存在だと思う。
でも、どこかで不安と寂しさを抱え込んでいる様子があると私は感じた。悪夢で環境活動家の佐久間や家政夫の山鳥に翻弄されるようなシーンがある。ハクビシンの死体が投げ込まれてちょっとホラーな演出がある。そこには、輝の不安が現れていると思った。全てを手にしてしまったら、誰かに狙われるかもしれないという漠然とした不安はあるよなと思う。だから、そういう不安が悪夢として襲いかかってきているのかななんて思った。社長とかになってしまうと友人とかは少なそうだし妻もいない。弟がいるけれどそりは合わない。孤独と不安は強いだろうなと思った。
そしてそういった不安は、確かに今を生きる現代人の不安とも共通しているかもしれないと思った。恵まれた暮らしをしているけれど、どこかでこの社会システムにヒビが入り、今の生活が立ち行かなくなるのではと言う不安、感染症、戦争、自然災害、AIの暴走など、自分の力ではどうすることも出来ない脅威が突然襲いかかってきた時に、ただなすすべなく翻弄されるしかないという不安そのものののようにも感じた。
こんな難解な戯曲とテーマであるにも関わらず、そこにユーモアな演技を加えて観客をしっかりと笑わせられる凄さが安井さんの演技にはあった。そこには「イキウメ」と観客の間にある信頼関係があってこそだと感じた。
次に、弟の小山田春役を演じた大窪人衛さん。大窪さんの演技も「イキウメ」の公演で毎度拝見している。
大窪さんの演技は沢山観てきたのだが、他のキャストの出番が多い印象で割と大窪さんの演技は陰に隠れてしまうことが多いように感じていた。しかし、今作では輝の弟の春という重要な役割を演じていて、たっぷり大窪さんの演技を堪能できて良かった。
反抗する弟というのがまず似合っていた。何に対しても兄の輝に反抗的な感じが大窪さんの演技とマッチしていた。そしてどうして春は反抗するのかを考えると、色々な解釈が見えてくる。輝が言うように、春は何も不自由なく育てられた。家も裕福で生活に困ったこともないし、なんでも家政婦がやってくれた。仕事をしなくても兄が経営している会社の利益で食べていける。だからこその貧しさがあるんだよなと思う。もちろんそれは経済的な貧しさではなくて、人間としての精神的な貧しさなのかもしれない。何もかも与えられてきたが故に、自ら何かを成し遂げるということを何もせずにきてしまった貧しさ、そういうことに対してどこか春は心から家族に対して刃を向けているように感じた。春は動物と同じように解放を求めているのかもしれない。家族からの解放を。だから反抗しているのかもしれないと思った。
ただ、春と幽体離脱はイマイチ結び付かなかった感じで、自分がそうやって家族に囚われているから、動物たちペットに同情して解放しようと思い幽体離脱したのだろうかとか思った。この辺りはずっと整理しきれないままだった。
いずれにせよ、大窪さんの演技を割とメインの役として観られて大満足だった。
家政夫兼輝の秘書役の山鳥士郎を演じた浜田信也さんも良かった。浜田さんも、「イキウメ」の公演で度々演技を拝見している。
いつも「イキウメ」の公演で良い味を出してくれる浜田さんだが、今作ではなんでもできる家政夫ということで非常に格好良かった。テキパキと仕事をこなして輝をサポートしていく姿が印象的だった。
家政夫として初めて小山田家に来た時からクリームシチューを作ろうと言うし、輝のために整体師の時枝を紹介して連れてきて整体ベッドまで探してきて用意するしと、仕事の出来っぷりが凄かった。これなら輝も安心するだろうなと思う。
しかし、劇後半になって山鳥の真の狙いが見えてくる。それは、亡くなった山鳥自身の父親の復讐。山鳥はいつも穏やかに話すので、復讐という言葉が出てくるとちょっと怖さを感じる。浜田さんのちょっと得体の知れない感じが、良い意味で山鳥というキャラクター性を上手く形作っていてまたしてもハマり役だった。
そして安井さんと同様に、山鳥のコミカルな演技のシーンでも笑いが起きていて、座組に対する観客の信頼関係の深さを感じた。
環境活動家の佐久間一郎役を演じた盛隆二さんも良かった。盛さんも同様に「イキウメ」の公演で度々演技を拝見している。
いつも盛さんは正義感の強い熱いキャラクターを演じる印象が自分の中ではあるが、今作では割と悪役というかちょっと特殊な役を演じていて新鮮だった。当日パンフレットに「環境活動家」と書かれていたが、劇前半では佐久間がどうして環境活動家なのかよく分からなかった。ただ、小山田家に自宅のように上がり込んで無礼な態度を取り続ける非常識な人間にしか思えなかった。
しかし、シベリアンハスキーのペロを解放したあたりで、佐久間がなぜ環境活動家を名乗っているのかが理解できた。環境活動家というのは、要は人間社会に囚われている動物たちを解放して自由な時間を与えたいという思想なのかなと思った。環境活動家というと、地球温暖化を防ぐために二酸化炭素を出さないとかそういう運動をする人たちかと思ったが、今作の文脈ではおそらく束縛された生命に対して自由を与える存在なのかなと思った。
そういう意味で、輝とは対立していた。小山田家のリビングだというのに、勝手にマリファナを吸ったりお酒を飲んだりと自由奔放なのは自由に生きることが大事だという思想の元に生きているからなのかもしれない。
ただ、この役は結構難役だったと思う。それをこういう形で時にコミカルに上手く演じ切った盛さんは素晴らしかった。
最後に、整体師の時枝悟役を演じた森下創さん。森下さんの演技も「イキウメ」の公演で度々拝見している。
森下さんの醸し出す優しく朗らかな感じの整体師の役が非常にハマっていた。時枝の存在だけで癒される感じがした。また、魂魄の解説が非常に分かりやすくて聞き入ってしまう。森下さんの優しく丁寧に語りながら解説する話し方が絶妙にハマっていた。
森下さんは1973年生まれで51歳なのだが、「イキウメ」の作品に登場すると非常に高齢のような感じがしてしまう。普段の他の写真とかはもっと若々しいのだが、そういうなんでも知っている仙人みたいなキャラクターが凄く似合うなと感じた。

【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは今作の戯曲について自分なりに考察してみたいと思う。
今作には「魂魄(こんぱく)」という言葉が登場し、物語のキーエッセンスになっている。魂魄とは、wikipediaによれば、中国の道教や伝統中国医学における霊についての概念であり、魂は精神を支える気、魄は肉体を支える気を指し合わせて魂魄とも言うと書かれている。
そして整体師の時枝の話では、この人間の精神に該当する魂と肉体に該当する魄がずれることによって疲れを伴うのだと言う。私たち社会人もよく整体に行ってマッサージを受けることがあると思うが、それは溜まった疲れを取るためだと思うが、その疲れというのは精神と肉体がずれているからであると時枝は言っている。すなわちこれはどういうことか。おそらく、本来自分がやりたいと欲していること(精神)と実際にやらなければいけないこと(肉体)があって、基本的に仕事というのは自分のやりたいようにすることではなく、やらなければいけないことをしないといけないから魂と魄がずれて疲れが溜まるのかなと思った。
つまり、人間が構築してきた社会システムというのは、魂魄のずれを生み出すようなものなのかもしれないなと思った。今作で対比となっているのは人間が持つ理性と動物が持つ本能である。本能は、自分のやりたいようにすること、つまり魂と魄が一致している状態である。一方で、理性は本来やりたいことを抑えて社会のために行動することであり、つまりこれは魂と魄がずれることを意味すると思う。
時枝は魂と魄がずっとずれたままだと痛みを伴うようになると述べていた。確かに疲れが酷くなると肩凝りや腰痛が悪化するのでイメージはつく。それは、人間も含めて動物として魂と魄が一致している状況が理想なのでずれてしまうと戻って欲しくて痛みを発するのではないかと思った。
そしてもし、あまりにも魂と魄が離れすぎてしまうと幽体離脱を起こすと言っていた。まさに小山田春は、魂と魄が離れすぎてしまい幽体離脱を起こしたと言える。これがしばらく同じ状態が続いたら死んでしまうとも言われている。
では、どうして春は幽体離脱を起こせるようになったのだろうか。それは、小山田家の家庭環境にあると思う。大富豪の家の次男として生まれて、自分は何もしなくても生活に困らずに育ったが、その分彼を自由にはさせてくれなかったと思う。こんなに富豪の家に住んでいたら、沢山友人を作って遊ぶみたいな当たり前のことが出来ずに育ってしまったのかもしれない。
そういう欲求不満が続いて、魂と魄が離れてしまい、幽体離脱を起こすまでになってしまったのではないかと思った。
そして、環境活動家の佐久間も自由な自分でありたいことを強く切望する人物である。だからこそ春と意気投合したのではないかと思った。佐久間は人の家の酒は飲む、マリファナは吸うと自分勝手にも程があった。きっと魂魄を一致させたい、ずれたくない人物なのかもしれない。
春は、小山田家のペットのようだったのかもしれない。ペットも、その飼い主によって働かなくてもご飯は出してくれる。ただ、その代わりペットに自由はない。飼い主に決められたエリアでしか移動が出来ないし極めて窮屈な環境だと思う。だからこそ春とも近しいのかもしれない。
隣の家のペロというシベリアンハスキーが狼になったのも、そしてユリゼンミートの豚舎の豚が猪になったのも、春の幽体離脱と同じように束縛された環境に対しての反逆だと思う。そして、おそらく輝や春の両親たちが暮らしていている地域で蝙蝠が凶暴化しているのも同じだと思う。蝙蝠がフルーツを襲うフルーツバットになって感染症を蔓延させているのも、人間社会への反逆だと思う。
人間は理性を手に入れて今の社会システムを構築したことによって、自然界に対してずれた存在になっていった。そのずれに反逆するかのように動物たちは凶暴化し反乱を起こす。それはまるで、人的活動によって地球環境が破壊され環境汚染が進行してしまった現代社会の風刺でもあるように感じて、いつかはずれてしまった人間の活動に報復が訪れることの暗示のようにも思えた。
地球温暖化によって、ますます地球の気候変動は大きくなり、異常気象が多発し生態系が破壊されるかもしれない。それによって、いつかは今の人間活動にも限界が訪れるかもしれない。それがずれることによって生じた代償なのではないかと思った。
今作の結末も、人によってラストの解釈は様々だと思うが、私には小山田輝のバッドエンドのように思えた。警察が来てしまい、ユリゼンホールディングスは取り返しのつかないことになる。両親も大変な目に逢っている。これはきっと人類の歩んだ先のようにも思えてならない。

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↓前川知大さん作演出作品

