舞台 「みんな鳥になって」 観劇レビュー 2025/07/19

公演タイトル:「みんな鳥になって」
劇場:世田谷パブリックシアター
企画・主催:世田谷パブリックシアター
作:ワジディ・ムワワド
翻訳:藤井慎太郎
演出:上村聡史
出演:中島裕翔、岡本健一、岡本玲、那須佐代子、松岡依都美、伊達暁、相島一之、麻実れい
期間:6/28〜7/21(東京)、7/25〜7/27(兵庫)、8/1〜8/3(愛知)、8/8〜8/10(岡山)、8/15〜8/17(福岡)
上演時間:約3時間30分(途中休憩20分を含む)
作品キーワード:海外戯曲、人種差別、パレスチナ問題、テロ、家族、考えさせられる
個人満足度:★★★★★★★☆☆☆
世田谷パブリックシアターが、レバノン出身の劇作家であるワジディ・ムワワドさんの戯曲を演出家の上村聡史さんの演出で上演する「約束の血」シリーズの第四弾を観劇。
ムワワドさんは、レバノンの内戦時に亡命していたフランスを追われてカナダに移住し、そこで演劇活動を始めた劇作家であり、今ではフランスの国立コリーヌ劇場の芸術監督に就任している方である。
そんなムワワドさんの戯曲が、これまで「約束の血」シリーズとして、『炎 アンサンディ』(2014年10月、2017年3月)『岸 リトラル』(2018年2月)『森 フォレ』(2021年7月)と上演されて好評であったため、その第四弾として今作の『みんな鳥になって』も上演されることになった。
私は、『森 フォレ』が上演されていた時にSNSで非常に高評価であったことでムワワドさんの印象が深く、中東出身の方が創作される戯曲に興味を抱いていた。
そして、今回の上演で同じシリーズの第四弾が上演されると知ったので観劇することにした。
尚、私自身ムワワドさんの戯曲自体に触れることも初めてである上、上村さんの演出作品を観劇するのも初めてである。
物語は、ニューヨークの図書館で、アラブ系アメリカ人の女性であるワヒダ(岡本玲)が、ユダヤ系ドイツ人の青年であるエイタン(中島裕翔)と出会い恋に落ちるところから始まる。
図書館でヘッドホンで音楽を聞きながら勉強をしていたワヒダの元に、エイタンがやってきて一目惚れする。
それは、まるでビッグバンという必然があったからこそ出会ったのだとエイタンは口説く。
エイタンはワヒダを自分の両親である父・ダヴィッド(岡本健一)と母・ノラ(那須佐代子)に紹介しようとするが、ワヒダがユダヤ系でない上にアラブ系であることで結婚を反対される。
エイタンは自分のDNAのルーツを探りにワヒダと共にアラブへと旅行に向かうが、二人はテロに巻き込まれてしまいエイタンは危篤状態に陥る。
ワヒダはエイタンの家族たちにアラブへ来てもらうよう連絡をするが...というもの。
観劇前は途中休憩20分を含んで上演時間は3時間半と聞いており、その上演時間の長さに身構えていたが、結論全く長さを感じさせずあっという間の3時間半の観劇だった。
そのくらい今作は終始引き込まれる内容が沢山あって非常に見応えのある舞台作品に仕上がっていた。
まずこの作品を形作る世界観が魅力的で引き込まれた。
ヘブライ語を話すアラブ系のターバンを巻いた男性が登場しイスラム圏の世界観へ誘われる。
そして頭上から思いっきり落ちてくる分厚い書物をきっかけとして、エイタンとワヒダは出会うという斬新な演出に胸を打たれる。
そこから比較的時間軸が交錯する形で物語が進行するので、それを追いかけようとすることでより私たちの観客の集中力も上がっていったと思う。
世界観も引き込まれる要素の一部だったのだが、果たしてユダヤ系のドイツ人とされているエイタンは何者なのかを追及するというストーリー展開も、どこかミステリー要素もあって引き込まれる要素になった。
それによって次々と明かされるエイタンたちの家族の秘密や過去の描写が、物語として今作をより面白いものにさせていたと思う。
そして、エイタン、ワヒダを含む登場人物それぞれの過去がモノローグのように語られることによって、アラブ系の人々もユダヤ系の人々もどれだけ人種差別というものに苦しめられてきたのかを感じられて、ずっと引き込まれ胸が苦しかった。
今作のテーマとなっているのは、アラブ系とユダヤ系の対立である。
ガザ地区で紛争が絶えない昨今において、あまり中東情勢を詳しく知らない私たち日本人が今作を観劇することがいかに重要であるかを突きつけられている感じがした。
それは、アラブ系とユダヤ系という人種の歴史的な対立構造を深く知ることにも繋がると同時に、先日の参議院選挙の焦点の一つでもあった外国人政策が重要となっている昨今の日本も他人事ではないからである。
人種差別というものがどのようなもので、どのように人々を苦しめるのかをこの脚本はアラブ系とユダヤ系の対立を通じて生々しく描いている点に上演意義を見出した。
出演者たちも皆難易度の高い演技に真摯に向き合っていて素晴らしかった。
特にワヒダ役を演じた岡本玲さんの、非常に難解な台詞をあの量でこなして演じ切ってしまう素晴らしさと、アラブ系の女性として強く生きていこうとする逞しさに圧倒された。
岡本さんの芝居は何度か拝見しているが出演作品を重ねるごとに彼女の芝居は深みを増しているように思う。
そして海外戯曲、特に欧米人女性を演じるのが抜群に上手いなと感じた。
レバノン出身の方が執筆された戯曲ということで、普段触れることのないテーマと世界観に贅沢に浸りながら、とてつもなく重いテーマについて考えさせらえる上質な演劇作品だと思う。
ぜひ多くの人に足を運んでほしい。

【鑑賞動機】
2021年7月に『森 フォレ』が上演されていた時に、ムワワドさんの存在を初めて知った。その時から、レバノン出身の方が描く戯曲とはどのようなものなのか気になっていた。中東出身ということで、書籍『サピエンス全史』で有名なユヴァル・ノア・ハラリさんもイスラエル出身で非常に独創的な視点で興味深い書籍を書かれていたので、ムワワドさんについても興味を持っていた。
そして今回の上演で、満を持してムワワドさんの演劇作品が上演されるというので観劇することにした。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
ステージ上からアラビア語が聞こえてくる。すると、頭上から分厚い本が落ちてきて大きな音を立てる。ワザーン(伊達暁)が現れてその落ちてきた分厚い本を見ている。
ステージはニューヨークの図書館になる。ワヒダ(岡本玲)がヘッドホンで音楽を爆音で流しながらやってくる。そして席に着くと勉強を始める。ワザーンはずっとその様子を見ている。
そこに、エイタン(中島裕翔)がやってくる。エイタンは机に向かって図書館で勉強をしているワヒダに話しかける。エイタンはワヒダに恋をする。エイタンは、ビッグバンという必然があったからこそ、ワヒダに出会えたのだと言う。
二人の恋は結ばれて、様々な時間を共にする。そしてエイタンが「ジェノサイド」と言った途端に、そこからポップな音楽が流れて場面が切り替わる。
ワヒダが中東の病院にいる。ワヒダはエイタンと中東に旅行に向かってテロに遭ったようである。そして、エイタンはそのテロで生死を彷徨う重症を負っている。ワヒダは看護師(伊達暁)に出会う。看護師はエイタンは危篤状態で面会は難しいと言う。テロが起きてこの一晩は、その人が生きるか死ぬかは神によって選別されるのだと看護師が言う。ワヒダは病院を後にする。
ワヒダは、イスラエルの女性兵士エデン(松岡依都美)によって捕えられる。ワヒダはエデンに尋問される、どうして中東にやって来たのかと。ワヒダは、ハサン・イブン・モハメド・アル=ワザーンについて博士論文を書くためにやってきたのだと言う。彼は歴史上の人物で、500年前にスペインのグラナダで生まれた男だと解説する。
それを聞いたエデンは、ワヒダに服を脱ぐように命じる。下着姿になるワヒダだが全部脱げと言う。壁の向こうで全て脱いだワヒダはエデンとキスをする。
ワヒダは、エイタンの祖母であるレア(麻実れい)の家を尋ねる。レアが出てくる。ワヒダはあなたがエイタンの祖母だと聞いたと言う。
そこから回想シーンに移る。ドイツにあるエイタンの実家、そこには食卓があり、エイタン、エイタンの父のダヴィッド(岡本健一)、エイタンの母のノラ(那須佐代子)、そしてエイタンの祖父のエトガール(相島一之)がいた。
ダヴィッドはユダヤ系ドイツ人のエイタンが、アラブ系アメリカ人のワヒダと恋をし結婚をしたいと申し出ていることに憤慨する。ダヴィッドは、結婚相手がユダヤ人でないだけでなくアラブ人だとはと言葉を失っていた。しかし母親のノラは、そんなに憤慨することはないとダヴィッドを宥める。まだ子供を産んだわけではないし、そんな恋は一時の迷いだと、若い頃はそういう失敗はあるものだと言う。
しかしエイタンは、ワヒダに対する愛情は本物であり、決して一時の迷いなんかでなく真剣なのだと伝える。するとノラも憤慨しだし、それは父親に向かってツバを吐き捨てているのと同じだと言われる。
祖父のエトガールは呟く。自分がユダヤ人が迫害に遭っていた時代にされたことを。
ワヒダとレアの二人のシーンに戻る。ワヒダはエイタンからそのような話を聞いていたと告げ、今エイタンが危篤状態だから会いに来て欲しいとレアに言う。レアはダヴィッドたちとの家と縁を切っているので会いに行かないと言うが、ワヒダはエイタンのDNAのルーツを調べたところ、たしかにダヴィッドとはDNAが一致したので血は繋がっていることを確認できたが、祖父のエトガールとは血が繋がっておらず、その秘密をレアが知っているのではないかと思い尋ねてきたとも言う。レアはそれを聞いて、ワヒダについて行ってエイタンに会いに行くことになる。
ワヒダは再びエデンに会う。エデンはワヒダに色々と協力してくれることを約束する。
エイタンは入院している。ワヒダもいる。そこへダヴィッドとノラがやってくる。そこへレアもやってきて、ダヴィッドやノラ、エイタンと久々の再会を果たす。祖父のエトガールはこの後来るようである。
ダヴィッドたちは、ユダヤ系アメリカ人のワヒダを責め立てる。ダヴィッドたちが出ていくと、後からエトガールがエイタンの元にやってくる。
音楽が流れ場面転換する。
エイタンはずっと昏睡状態だったが、銃撃の音が鳴り響き起きる。そこにはラビ医師(伊達暁)がいた。ラビ医師は鳥の話をする。
ここで幕間に入る。
1982年のパレスチナで起きた紛争が回想シーンとして展開される。若いエトガール(伊達暁)と若いレア(松岡依都美)は、14歳のダヴィッドに自分たちの息子ではないことを告げようか迷っている。しかし、今14歳の彼に真実を伝えてしまうと彼は壊れてしまうと思い伝えないことにする。
回想シーンは終わり、現代に戻る。ダヴィッド、エドガール、ノラ、レア、エイタンがいる。ダヴィッドはずっとアラブ系の人々のことを野蛮だと罵っている。砂漠からやってきた野蛮人だと。
ノラはチョコレイトが大好きだった14歳の頃を思い出して語る。当時はチョコレイトも貴重品で東ドイツと西ドイツに分かれていた。東ドイツではソビエト製のテレビを使っていたなど語り、幼い頃のユダヤ人としての生活を思い出していた。
エデンがやってくる。飛行機を用意したのでこれで中東から逃げることができると、安全に中東外に出ることが出来ると言っている。ダヴィッド、エドガール、ノラたちはエデンに続いて空港へと向かう。
エイタンは一人中東の街を彷徨う。すると、アラブ系の格好をしたワヒダに会う。
ワヒダはこう言う。ニューヨークでギャルをやって自分の素性を隠して生きる方が何百倍も楽だと思って生きてきた。しかし、父が亡くなって何年も経って久しぶりに中東の地にやってくると、自分の名前を正しく発音してくれる人に出会ったと。こんなに自分の名前を正しく発音してくれたのは父以来で、ここが自分の居場所なのだと思えたと言う。ワヒダはもうアメリカには戻らないと言う。どうして神はこの地に、アラブ系とユダヤ系という二つの民族を作り対立させたのだろうと言う。
エイタンは、まるで映画『インターステラー』でマシュー・マコノヒーとアン・ハサウェイがブラックホールに向かうように、私たちもビッグバンによって必然的に出会い、ブラックホールに向かっていくのだと言う。
そこへ、エデンがやってきてテロが起きたから逃げた方が良いと忠告する。二人はその場を逃げる。
ダヴィッドとエトガールは二人で話している。エトガールはかつて、パレスチナでテロがあった時、靴箱の一番下の長靴を入れる場所に赤子がいるのを発見したと言う。その赤子はまだ生きていたのでどうしても助けようと思ってそこから救出したのだと言う。エトガールがその赤子を抱いて走っている途中、無性に涙が出てきたのだと言う。
まずはその赤子を病院に連れて行こうと思って病院に入ったけれど、人が沢山いて看護師たちも皆疲弊して機嫌が悪そうだったと言う。エトガールはその赤子に「ダヴィッド」と名付けたのだと言う。
ダヴィッドは質問する。それは奇遇にも自分と同じ名前だと、そのダヴィッドという赤子は自分が生まれる前なのか後なのかとエトガールに尋ねる。エトガールは、前でも後でもなく、その赤子こそがダヴィッドお前なのだと言う。
ダヴィッドは、自分がエトガールの血を受け継いだユダヤ人だと思っていたのに、そうではなくパレスチナで生まれたアラブ系だったことを知り発狂する。そしてそんな衝撃的な事実を受け入れることができず叫び続けながら徘徊し続ける。
何が起きたのかとノラがやってきて、ダヴィッドが実はアラブ系であったと言う真実を伝えたのだとエトガールは言うと、ノラも驚きなんでそんなことをダヴィッドに告げたのだとエトガールを責める。
ダヴィッドはそのまま床に倒れてしまい昏睡状態になってしまう。エトガールは、自分もずっとこの真実をいうことを何十年も我慢し続けていて限界だったのだと言う。
すぐに医師を呼ぶ。そしてダヴィッドの様子を伺うが、脳死状態でもう元には戻らないと言われる。
医師からは、脳が死んでしまっただけで心臓は動いているからこの心臓で4人ほどの命を救えると言う。しかしノラは、ダヴィッドはアラブ系とは言ってもずっとユダヤ系として生きてきた人間で、臓器提供なんて絶対に許されないと言う。医師は残念そうにする。
レアは、ダヴィッドに最後にヘブライ語を聞かせてあげたいと言う。元々はアラブ系として生まれたので、きっと脳死状態でも何か感じるものがあるはずだと。ワヒダを連れてくると良いとレアは言う。
場面転換して、ダヴィッドが脳死状態で眠る場所に、ワザーンがやってくる。ワザーンは両棲の鳥の伝説について語る。
海には魚の群れがいて、地上には鳥の群れがいて、お互いに交わることはなかった。しかしあるとき、一羽の鳥が水中の魚と交わった。するとその鳥はエラが生えてきて呼吸ができるようになった。海の中を泳げるようになった鳥は水中に潜り、色とりどりの魚たちと一緒に泳いだのだと言う。
ダヴィッドも、決して交わることのないアラブ系とユダヤ系の二つの民族の両性を持つ稀有な存在である。その存在が、お互いの2つの民族を結び、それがアイデンティティになるのだと言う。
エイタンは、地上に一冊の分厚い本が置かれているのを目にする。アラブ系とユダヤ系の二つの民族の間を生きたダヴィッド、そしてエイタンはその息子。きっとダヴィッドは、アラブ系の名前も持っていたに違いないがかき消された。
エイタンは、そんなダヴィッドの血を引き継いで生きていくことを誓う。ここで上演は終了する。
中東で戦争が続く昨今だからこそ、余計に今作のメッセージ性は響き渡る。「約束の血」シリーズを上演してきて、今ほど中東の情勢が不安定な時期はなかったと思う。だからこそ、ここで描かれていることはフィクションではなくノンフィクションに近いと感じられたし、残酷の民族同士の対立がこうやってあるのだなと実感した。
人種差別は日本人にとっても他人事ではない。むしろ、先日の参議院選挙でもそれが露呈した結果だと思う。人種差別したくてそうなるのではなく、そうならざるを得ないことを今作では登場人物を深く描写することで見事に描いている。
テーマは難解だが、ストーリー展開は比較的わかりやすく、多くの観客が言わんとしているメッセージを受け取ったのではないかと思った。そのプロセスにも、徐々にエイタンの出自がはっきりしてくるというミステリー要素も含まれていて多くの人が没入しやすい脚本の仕掛けになっていたと思う。その辺りが上手いからこそ、上演時間3時間半は長く感じなかった。

【世界観・演出】(※ネタバレあり)
アラブ系の色の強い世界観で普段舞台観劇で出会ったことがなかったので、非常に新鮮な気持ちにさせられる演出だった。
舞台装置、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置について。
ステージ上には、何か固定で舞台セットが仕込まれている訳ではなく、割と広々とした素舞台といった印象だった。そしてシーンによってステージ上に大道具が運ばれてくる。たとえば、序盤のニューヨークの図書館のシーンであれば、大きな図書館にある机と椅子が置かれ、病院のシーンになればエイタンが眠るベッドが中央に置かれた。エイタンの実家でのシーンでは、ステージ上に大きな横長の食卓が置かれた。
また、ステージ後方には、巨大な四角い捌け口のようなものがあり、その奥には中東でテロで残骸となった街などが表現されていて、生々しい演出もあった。特にワヒダが中東の地が自分の帰る場所だと気づいて、もうニューヨークには戻らないと決意したシーンでは、そのテロで残骸となった中東の街の世界観は非常に印象に残るものだった。
終盤のシーンの、脳死状態のダヴィッドに対して、両棲の鳥の伝説を語るシーンの舞台美術も見ものだった。巨大な青いカーテンがステージ後方に敷かれて、その青色がまさに中東っぽさを感じる鮮やかな青色で好きだった。
次に衣装について。
衣装はやはり目立っていたのは、ワヒダが着ていた真っ赤なドレスと、終盤に登場するダヴィッドが着ている青の衣装。この二つの色が対照的であると言うのにも何か意味があるのだろうか。ワヒダは非常に情熱的な女性で、エイタンという男性に恋をして、そこからレアに会いに行ったり、中東の人間になったりと情熱的に行動していて赤が似合うというのもあった。ダヴィッドの青は、おそらく鳥を意味するのだろうなと思う。鳥でもあり魚でもあった鳥を表す青なのかなと思った。
そしてワザーンのイスラム圏の男性の衣装も非常に見応えのある衣装で良かった。ワザーンの存在は、視覚的にこの世界は中東の物語なのだと明示してくれている感じがあった。頭にターバンを巻いて、いかにも中東の人間という感じが良かった。
エデンの迷彩柄の衣装も格好良かった。迷彩柄の衣装を見ることで、まさにテロや紛争が起きている世界なのだというのを実感させてくれる感じがあった。
次に舞台照明について。
まず印象に残っているのは、エイタンとワヒダが出会ったシーンでの照明演出。ステージ後方の四角い巨大な枠の縁が白色に照らされて現代的なポップな印象を受けたのは斬新な演出だった。このシーンの舞台照明だけ浮いているようにも感じられたが、場所がニューヨークであること、そしてエイタンとワヒダの出会いがどれほど衝撃的なものなのかを物語る上では重要に感じた。
エイタンがテロで負傷して、生死を彷徨うシーンの夜の照明はどんよりと暗くて良かった。そしてどこか濃い青色の照明が印象的であった記憶である。
ワヒダが中東で一生暮らしていくと決意したシーンのオレンジ色の照明も良かった。そのオレンジは、テロによって街が燃えているという意味もあると思うし、ワヒダがずっと赤色のドレスを着ていたので、その延長線上の色とも捉えられる。
そして終盤の両棲の鳥の伝説のシーンでの青い照明演出も印象的だった。非常に神秘的な空間に感じられて良かった。
次に舞台音響について。音響は至る所で凝っていて素晴らしかった。
まずは、音声でアラビア語が聞こえてくる冒頭の演出から引き込まれた。一気に中東の世界観に飲み込まれた感じがした。
他の効果音でいくと、やはりテロが日常茶飯事で起きているので、銃声や爆発音が遠くで聞こえているという音響が空間を作っていた。きっと中東に住む人たちはこんな空間で今も生きているのかと思うと考えさせられる。
そして劇中に音楽が入る場面もある。たとえば最初にワヒダが登場するシーンでヘッドホンでヒップホップのような音楽を聴いていたり、その後エイタンと出会って「ジェノサイド」という単語に反応して奇抜な音楽が流れたり、激しい音楽が多かった。
また、第一幕の終盤でエイタンに会いにきた家族が病院から帰って行った後のシーンで音楽が流れながら場面転換したのも印象的だった。
最後にその他の演出について。
一番最初の分厚い本が天井からステージ床にドスンと落ちてきたシーンがまず印象深い演出である。この分厚い本は一番最後の亡くなったダヴィッドのことを思いながら決意をするエイタンの元にも置かれている。この本はワヒダの研究対象でもあるワザーンについて書かれた書物であると思われる。ワザーンは、イスラム教からキリスト教に改宗した歴史上の人物で、今作でいう両棲の鳥の伝説の鳥と魚の両性をもつ鳥に相当する。ユダヤ系とアラブ系が混ざった存在を示しており、それがこのダヴィッドとワヒダの元に現れて物語が始まることを意味しているのではないかと思う。
ワヒダとエイタンは、ビッグバンによって必然的に出会ったと言われるシーンが二箇所ある。そして劇後半では、映画『インターステラー』の登場人物を演じるアン・ハサウェイとマシュー・マコノヒーの二人をワヒダとエイタンの二人と重ね合わせて語られている。アン・ハサウェイとマシュー・マコノヒーは、映画『インターステラー』でブラックホールに二人で飲み込まれる。ブラックホールに飲み込まれるということは万物の終焉を意味する。つまりビッグバンからブラックホールに飲み込まれるまで、最初から最後まで二人で一緒にいたい、アラブとユダヤという二つの異なる民族でも時空を超えて一緒にいたいということを表現したいのだろうか。
比較的時系列がバラバラな物語で、もしあらすじを知らずに作品に触れると混乱するかもしれない。たとえばエイタンが実家で家族にワヒダとの結婚を反対されるシーンは、ワヒダがレアの元を尋ねて彼女にそのことを語る形で回想で描かれるため時系列が交錯している。私は事前にあらすじを公演パンフレットで読んでいたので追いついたが、初見では混乱を生むかもしれない。
エデンがワヒダに全身服を脱がせて、彼女がアラブ系であることを確信してキスをするシーンは非常に印象的だった。壁の向こうでリアルにワヒダは上半身裸になっているようなので、観客はそんなシーンにもドキドキしてしまう。またこれによってエデンが同性愛者であることも明示される。アラブ系の民族は同性愛を認めていないので、この行為がどういう意味を持つかも考えさせられる。

【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
出演者の方はどの方も素晴らしかった。難解な戯曲で言い回しも難しい台詞も沢山あったと思うが、それを見事に演じ切っていて心動かされた。
特に印象に残った役者について見ていく。
まずは、主人公のユダヤ系ドイツ人の青年であるエイタン役を演じた中島裕翔さん。中島さんは、「Hey! Say! JUMP」のメンバーであり今までは『Endless SHOCK』や『ウェンディ&ピーターパン』などの舞台出演の経験もある。私は中島さんの演技を初めて拝見した。
まず序盤で、ワヒダと出会うシーンは非常に好きな人に一途でピュアな青年を演じていたように思えて良かった。最初はこんなにわんぱくそうな青年が、今作の作風の主人公として似合うものなのかと思ったが、逆に序盤でそういう演技であることによってだいぶ他のシーンとの演技のギャップを観ることが出来たので良かったのかもしれない。
エイタンが、自分の親たちにワヒダと結婚したいと申し出るも、アラブ系の女性なので結婚は許されないと断るダヴィッドとノラの対立は非常に観ていて心が痛んだ。好きな人を親に否定される苦しさ、そこには今を生きる日本人でも共感できるような普遍的な苦しさがあるのと同時に、人種差別、民族同士の対立の残酷さが浮き彫りになっていて非常に心に残った。
ワヒダが中東で生きていくと決意を決めた時、エイタンはどう思っただろうか。エイタンは自分が実はアラブの血を引くダヴィッドの息子であるということを知って、アラブとユダヤの両方の血を引く存在になった。ワヒダと共にワヒダのためなら中東で生きていくことも厭わないと思ったのだろうか。映画『インターステラー』の引用があるので、きっと二人はいつ、どんな時もお互いを愛し合うんじゃないかと思った。
そしてラストのアラブの血を引き、ユダヤ系の人間として生きたダヴィッドの息子として、2つの民族の血を引くものとして生きていく覚悟をする姿がなんとも勇ましい。序盤のワヒダに恋をするピュアで可愛らしい青年の印象とはだいぶ違う。ここに、エイタンという主人公の青年の成長も感じられるし、凄く良い芝居だと思った。
次に、アラブ系アメリカ人のワヒダ役を演じた岡本玲さん。岡本さんは何度も舞台で演技を拝見しており、『ポルノグラフィ/レイジ』(2025年2月)、『ブレイキング・ザ・コード』(2023年4月)、『迷子』(2020年11月)で演技を拝見したことがある。
本当に岡本さんの芝居は素晴らしいという言葉に尽きる。まず、あんな難解で膨大な台詞を自分のものにして語り演じきれているところに頭が上がらない。ムワワドさんの戯曲は、中東の文化や歴史、宗教、民族に結びついた言葉が多く、普段日本人が会話で発することのない言葉も多い。そんな言葉を膨大な量語っていて相当難易度の高い芝居だっただろうなと思う。それをやり切っている岡本さんを称賛したい。
そして、『ポルノグラフィ/レイジ』を観ていても思ったが、岡本さんは欧米人女性を演じるのがとても上手い。比較的物事をはっきり言う感じの女性の役がはまっていて、そこにその女性の芯の強さみたいなものを見せてくれるから良いのだと思う。
ワヒダはニューヨークにいる間は、ずっとアラブ系であるということを隠して生きてきた。その方が楽だったから、なんとなく社会に流されて角を立てないように生きる方が衝突することもなくて生きていきやすい。しかし、それは裏を返せばこの世に対して諦めていると言っても過言ではない。ワヒダはずっとワザーンのことについて研究してきた、そしてついに彼がアラブ系とユダヤ系の両方の性質を持つ人物とはどんな存在だったのかにたどり着く。その結果、ワヒダは中東の地でアラブ系の人間として生きていくことを決意する。
ワヒダがアラブ系の人間になって初めてエイタンと再開したとき、ワヒダが語っていたことが興味深い。今まで自分の名前をアラビア語で流暢に話してくれたのは死んだ父親だけだったけれど、中東に来た途端に自分の名前を父親のように流暢に発音してくれる人に出会えてここが自分が帰る場所だと悟ったというのはなるほどなと思った。自分の故郷の感覚ってあるよなと思う。私もどんなに今後外国や他の地域に住むことになったとしても、自分が生まれ育ったところで感じる特別なものに代わることはないよなと思う。こういう感覚が、良くも悪くも差別と分断を生むんだなと考えさせられた。
ダヴィッド役を演じた岡本健一さんも素晴らしかった。岡本さんの演技も初めて拝見する。
あそこまで強烈にアラブ系を差別し否定する様子を見ていると、いかに差別意識というものが怖いのかを感じさせられる。だからこそ、自分がアラブ系の生まれだったと知った時は、今までの自分と折り合いがつけられず脳の血管が破裂してしまったのだと思う。
ダヴィッドを見ていると、人はどのような経験をしてきたかというのも大事だなと思う。彼はアラブ系であったが、ユダヤ系として育ったので、幼い頃のパレスチナでのテロや紛争の経験が色濃くて、ユダヤ系至上主義になってしまったのだと思う。こういう悲劇を起こしてしまうという意味でも、民族衝突がいかに残酷なものなのかを感じさせられる。
しかし、ラストでダヴィッドは脳死してしまうが、ヘブライ語によって彼とコンタクトを取っていたのがとても興味深い。運命によって、アラブ系とユダヤ系の両方の血筋を引く両棲の鳥のような存在になった。そしてそれは一つの希望なのではないかとも思わせられる。ダヴィッドは死んでしまうが、その光景をエイタンが目の当たりにすることでエイタンがこの2つの民族衝突に対して終わりを告げる存在になる可能性もある。そのような希望ある描写に見えてよかった。
あとは、エイタンの祖母のレア役を演じた麻実れいさん。麻実さんは、『ドクター・ブルー 〜いのちの距離〜』(2021年1月)で演技を拝見したことがある。
麻実さんは非常に話し方に独特な感じがあって声の印象が強かった。どこか社会に対して恨みを持っているような、ワヒダのような若くて果敢な女性を軽蔑するようなそんな感じの女性に見えた。
最初はワヒダを快く思っていない感じであったが、物語は進み、最後はダヴィッドが脳死をしてしまってからはワヒダを呼んでアラビア語で話しかけると良いと助言をしていて良いなと思った。レアもユダヤ系であると思われるが、徐々にアラブ系の民族でしかできないことに気づいて心を開いていっている感じがあってよかった。

【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは今作の脚本について考察したのちに、今作を令和の日本で上演する意味について考えてみる。
2023年10月7日、パレスチナ地区・ガザのイスラム組織ハマスがイスラエルに攻撃を仕掛けてきた。それまで平和に暮らして街も発展していたガザだったが、この日の攻撃以降軍事衝突が始まってしまったので、今では多くの建物などが破壊されて悲惨な状況になっている。
最近では、このハマスとイスラエルの対立が長期に渡って続いているので、飢餓の問題が深刻化している。
では、どうしてハマスとイスラエルの軍事衝突が起きてしまったのか。それこそ、今作で取り上げられているユダヤ人とアラブ人の対立が原因としてある。この対立は、総じて「パレスチナ問題」としても知られている。
「パレスチナ問題」の発端は遡ると2000年以上前から続く問題であることが分かる。イスラエルの中心地であるエルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地となっている。ユダヤ人は、1948年にイスラエルを建国するまで、長い歴史の間迫害されてきたというのが根本としてある。2000年ほど前までは、この今のイスラエルの地にユダヤ人の王国があったのだが、ローマ帝国によって滅ぼされて(ディアスポラ)から、ユダヤ人はこの地を追いやられ、転々バラバラに世界中に散った。
しかし、ユダヤ人は世界中で迫害を受けてきた。その最たる例が、第二次世界大戦でのナチスドイツによるホロコーストである。劇中でもノラの話やエトガールの話にナチスドイツの話が出てくるが、ユダヤ人は相当な迫害を受けたので、その結果第二次世界大戦が終戦したのち、この中東の地域に、ユダヤ人の国家であるイスラエルが建国されたのである。
しかし、それまでこの中東の地にはアラブ人たちが暮らしており、イスラエルの建国によってアラブ人たちはその地を追われることになった。そしてアラブ人たちはイスラエルの北のパレスチナ地区に住み始めることになる。
そして、パレスチナに住むアラブ人たちがイスラエルに住むユダヤ人たちに対して軍事衝突するようになったのが中東戦争なのである。
第一次中東戦争は、イスラエルの建国後1948年にすぐに起きた。第二次中東戦争は1956年に、第三次中東戦争は1967年に、そして第四次中東戦争は1973年に起きた。
そこから、2023年10月7日にハマスがイスラエルと軍事衝突を開始するまで中東戦争は起きていなかった。劇中に登場するように、1982年にイスラエルによるレバノン侵攻はあったものの、イスラエル的に差し迫った危機があるわけではなく侵攻に対して否定的な意見も多かったので失敗に終わっている。
では、1980年代から2023年までそこまで激しい軍事衝突がイスラエルとパレスチナで起きていなかったかと言うと、1991年の中東和平交渉と1993年のオスロ合意がある。当時のイスラエルの首相であるラビン首相、そしてパレスチナのアラファト議長、そして当時のアメリカ大統領であったクリントン大統領は、皆ユダヤ人とアラブ人同士の和平を望む人たちであったため、このような和平交渉が進んだ。
しかし、ラビン首相はその後暗殺され、アラファト議長も2004年に亡くなってしまったため、このオスロ合意も崩壊に向かってしまう。
崩壊させたのは、イスラム組織過激派のハマスである。ハマスはパレスチナのガザ地区に拠点があり、徐々に軍事組織として力を強めていき、ついに2023年10月7日に戦争に発展させてしまったのである。
今作が描かれたのは2017年なので、ハマスによるイスラエルとの軍事衝突が起きる前である。今作の上演が今ほど重要となってくる時代はないのではないだろうか。
そうやってユダヤ人とアラブ人は中東の地でずっと対立しているが、両者の血を受け継ぐ者だって存在する。それが、500年前に生きたワザーンであり、そしてダヴィッドであり、エイタンなのである。そして彼らが両棲の鳥の伝説の魚でもあり鳥でもある存在を意味しているのだと思う。
そんな存在が生まれれば全ては解決するほど、この世界は単純なものではないけれど、私たちはそんな存在に希望を見出して、この悲劇を終わらせたいという願いは込められていると思う。
今作は中東の情勢を扱った物語だが、何も日本も他人事ではない。日本の人口減少に伴って外国人の移民を受け入れてきたことによる賛否が日本人の中で取り沙汰されている。
まさに今作を観劇した次の日が2025年の参議院選挙であった。今回の参議院選挙の焦点の一つとして、外国人政策も取り上げられていた。そして、日本人ファーストを謳う参政党が大幅に躍進した。もちろん参政党に入れたからといって外国人を差別している訳ではない人もいるかもしれないが、やはり外国人に日本に入ってきて欲しくないと極右、ナショナリズムを唱える人もいるのだろう。
だからこそ、今作で描かれているような対立に繋がってしまう恐れもあると思う。
人間、どうしても生まれてきた故郷というものに愛着があると思う。そして、ダヴィッドがそうであるように、自分が幼い頃教育されたこと、体験してきたものによって思想は左右される。私たちも、極端に異なる民族を蔑むようなことは決してしてはいけないと思うし、そうやって教育していくことで「みんな鳥になって」欲しいと願う。

↓岡本玲さん過去出演作品
↓松岡依都美さん過去出演作品
↓麻実れいさん過去出演作品
↓那須佐代子さん過去出演作品
↓相島一之さん過去出演作品
↓伊達暁さん過去出演作品

