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短編小説「ピカルディの暗号(コード)」

プロローグ

階段を駆け上がって、勢いよくドアを開くと、ちょうど夕日が目に入って眩しかった。
文化祭でのステージが終わり、一旦片付けに教室に戻った後、いつもの二人だけの場所に向かった。
今日の瑠菜のピアノ良かったな、思ったよりお客さんも来てくれて盛り上がってたな、などと、好評だったステージに少し浮かれていた。
「あれ、瑠菜まだ来てないのかな?」
あたりを見回す。
ふと、何かががはためているのが目に入った。
「何だろう?」
よく見るとローファーが並べられていた。
歩み寄った。
「ちょっと、えっ、何これ……」
救急車のサイレンの音が、だんだんと近づいてくるのに気付いた―――

それは、ちょうど1年前の今日だった。
今、あの時と同じ場所に立っている。
瑠菜といつも一緒に音楽を聴いていた私達だけの大切な場所に残された1枚の五線譜。
ローファーの下にはためいていたものが、五線譜だったことは、後から瑠菜のお母さんから渡されて初めて気付いた。
左上に「未来へ」とだけ書かれていた楽譜に書かれていたのは、コード進行のスケッチだった。
それが瑠菜の”遺言”だったのだろうか。
それを弾いてみるまでには、とても長い時間がかかったけど、弾いて思ったことがある。
これからは、君のコードがなくても、音楽を続けていこう。
君がこの世界に伝えたかった想いを、私が変わりに音楽にするよ。
これからは、ひとりで、ずっと奏でていくよ。
その決心を、ちょうと1年後の今日、この場所で伝えに来たよ。
その瞬間、雲間から夕日が差して、思わず目を瞑った。
一筋の風が、頬を撫でた。


1

瑠菜との出会いは、覚えていない。
というのも、親同士が仲が良く、また近所だったこともあり、物心ついた頃には、いつも一緒にいるのが当たり前な存在だった。
私と瑠奈は、どちらかというと真反対な性格で、私は元気で活発な性格だけど、瑠菜はいつも大人しく控えめで、どこか儚げだった。
なので、二人で遊ぶ時も、私があれしようとか、あそこにいきたいとか、瑠菜を引っ張る形で、でも瑠菜はそれに嫌な顔一つせず、ニコりと微笑んで付いて来てくれるのだった。

幼稚園に入る頃に、私がピアノを習いたいと言い出して(あまり良く覚えてはいないのだけど)、どうやら瑠菜と一緒にピアノ教室に通うんだと言い張ったらしく、同じピアノ教室に通わせてもらう事になった。
私も瑠菜も、すぐにピアノが大好きになり、(自分で言うのもなんだけど)メキメキと上達して、小学校ではコンクールにも出て、お互い賞をもらうくらいになっていた。

中学くらいになると、二人で曲を作るようになった。瑠菜がコードを組み立てて、曲の構成を作り、そこに私がメロディーと歌詞を乗せていく、というスタイルだった。
瑠菜は私があれこれと取り留めもなく出すアイデアを、見事に形にしてくれるのだった。
曲のテーマは、ご多分に漏れず恋の曲も多くて、曲の話のはずが、私が好きだった子の話を延々と聞かせるということもよくあった。
そのせいか、瑠菜の作る曲は、私の想いを、よくぞここまでと思うくらいに反映してくれていて、好きな人への募る思い、振り向いてくれない切ない思い、そして失ってしまった悲しみまで、見事に表現をしてくれた。
私はそんな瑠菜の作る曲が大好きだったし、その才能を密かに尊敬もしていた。きっと二人なら、ゆくゆくはユニットとしてデビュー出来るのでは、などと妄想することさえあった。
普段曲を作った後は、瑠菜が弾くピアノに合わせて私が歌うという形で、YouTubeに動画を投稿したりもしていて、最初は全然伸びなかったけど、投稿を重ねるうちに高評価やチャンネル登録者数も増えて、自分たちの音楽がたくさんの人に届いているのを目の当たりにして、どんどん音楽にのめり込んでいった。そして、いつかライブで大勢の観客の前で演奏したいねと、瑠菜によく話していたのだった。

そして、迎えた高校2年の秋。
文化祭で私達は、ユニットとして曲を初めて皆んなの前で披露することにした。
仲のいい友達には、YouTubeを見せていたので(再生回数を増やしたかったし)、「ライブやってよ」などと言われて、その気になっていたところもあり、あまり乗り気ではなかった瑠菜を説得して出演を決めたのだった。

私達は”初ライブ”に向けて、練習を繰り返した。
私は歌が好きになってから、ピアノだけではなくギターも練習するようになっていて、時折ギターの弾き語り動画をアップしていたりもしてたけど、文化祭では私がギターボーカルを担当、瑠菜はキーボードとドラムなどを打ち込んだPCを操作するという形でのユニット構成でいくことにした。
私と瑠奈は、別々のクラスだったので、いつも放課後になると屋上のベンチで打ち合わせをしていた。「軽音部はなんか違うよね」と生意気を言って入っていなかったので音楽室が使えなかったので、ここを私達の”基地”と呼んでいた。
セットリストを決めたり、アレンジを一緒に考えたり、MCはどうしようか、など話していると時が経つのも忘れて、いつまでも話をしていた。
これまでと同様に、私がリードしながらイメージを膨らませて、じゃあこういう感じかなと瑠菜が形にしていく、という繰り返しで、ライブの準備は進んでいった。

”ライブ”当日(正確には文化祭最終日の、当日だが)、私達は機材を学校に持ち込んで最後の準備に取り掛かった。
リハーサルの時間が少しあったので、初めて学校の体育館で音を鳴らしたのだけど、大きな音で自分たちの曲を演奏出来る喜びに、少し胸が熱くなった。
リハーサルが終わった後は、出番まで少し時間があったので、文化祭を一緒に見て回ったけど、”初ライブ”を控えて緊張していて、何をどう見て過ごしたのか全く覚えていなかった。

3時間後、いよいよ本番が始まる頃には、緊張もピークに達していた。
いつも明るく元気な私だけど、結構小心者なのかな、などと思っていると、
「未来がずっとやりたかったライブ、一緒に出られて私も嬉しいよ。私は未来の歌が好きだよ。楽しもうね。」
と瑠菜が言ってきた。
その言葉に、少し泣きそうになったけど、緊張よりも、瑠菜と一緒にこのステージに立てること、そして私達が(とその時は思っていた)目指していく世界がここから始まるんだ、という気持ちで、緊張よりもワクワクが勝ってきた。
本番の演奏中も、歌いながらその気持が、自分の中で確信となって、自分が本当にやりたいことはこれなんだ、これからも瑠菜と一緒に音楽を続けていこう、そして一人でも多くの人に音楽を届けていこう、という気持ちでいっぱいになった。
ふと、瑠菜の方を見ると、いつも通りの優しくて少し儚げな微笑みで、私を見てくれていた。
きっと同じ気持ちなんだ、と思った。


だけど、瑠菜はその後すぐに命を断ってしまった。
どうして、という言葉しか出てこなかった。
そして、少しの憤りすら覚えていた。
これからも、ずっと一緒にいよう、音楽を続けていこうって、私と瑠奈はそう思っていたんだよね―――
でも、そんな独りよがりな気持ちを一方的に抱いていた自分と、命を断つほどに追い詰められていた瑠奈の気持ちを、あれだけ一緒にいたのに全く察することが出来なかった自分への怒りと落胆が、だんだんと勝ってきた。
私は何も瑠菜のことを分かっていなかった。
あの儚げな微笑みの意味を理解出来ていなかった。
あれは、瑠菜の性格から来るものだと思っていたけど、それだけではなかったのだ。
最初はそうだったかも知れない。だけど、だんだんと意味が加わっていっていたのだった。

瑠菜のお母さんから、通夜の時に聞かされたのは、小学校の頃からの瑠菜へのいじめだった。
あまり活発ではない性格の瑠菜は、私と一緒にいることが多かった事もあり、自らクラスにも積極的に関わることしていなかったので、結果的に孤立していた。
そして特にクラスの女子から、肉体的にではなく精神的な、表面的には見えない陰湿ないじめが、執拗に続けられていたようだった。
どうして私は気付いてあげられなかったんだ。
それしか出てこなかった。
幼馴染として、物心ついた頃からずっと一緒にいたのに、ずっと勘違いをしていたのだろうか。
「未来ちゃん、瑠菜のことで自分を責めちゃだめよ。あの子は、未来ちゃんといる時、心から楽しそうだった。未来ちゃんと一緒に作った曲を、いつも自慢気に聴かせてくれていたんだから。」
そう言って、瑠菜のお母さんから一枚の五線譜を渡された。屋上で瑠菜のローファーの下に置かれていた一枚の五線譜。
「……そうなんですか。でも、私がずっといっしょに居ながら、どうして……」
「それは未来ちゃんにまで、辛い気持ちにさせたくなかったからよ、だから」
私は、瑠菜の家から飛び出してしまった。
何が辛い気持ちにさせたくないよ。幼馴染でしょ?親友でしょ?姉妹みたいなもんでしょ?なんで一緒に苦しませてくれなかったの?
走りながら、涙が溢れた。
涙でぼやけた視界に映る夜の明かりは、きらきらと光が滲んで見えて、幻想的ですらあった。


2

あの日、手渡された五線譜は、取り敢えず持って帰っていた。
そのまま、なんとなくピアノの上に置いたまま半年が過ぎ、3年生の春になろうとしていた。
私は、ピアノの上に置きっぱなしにしている楽譜を、どうしても弾くことが出来なかったし、見ることすら憚られるような気持ちで、視線に入ることを避けていた。
いつも瑠菜が曲を渡してくれる時は、こうして五線譜に記譜をして渡してくれていたっけ。
ちらりと目に入ると、そうやって、またあの頃を思い出してしまうのだ。
あの日以来、私は音楽を絶っていた。ピアノを弾くことすらなくなっていた。
もう、すっかりピアノの上は物置と化していて、教科書やら参考書やらが積み重なっている。

「そろそろ受験勉強もしないとな」
そうつぶやいて、ベッドに横たわる。
音楽だけではなく、勉強も、何もかも手につかなくて、気持ちでは駄目だと思いつつも、だらだらとした生活を送っていた。

その時、気分転換に開けていた窓から、風が入ってきた。
その風は、窓からピアノの上を通って、瑠菜の残した楽譜を私の顔の上に運んで来たのだった。
「わっ!」
ぼーっとしていた私は、思わず、急に顔の上に降ってきた物体に驚いて声を上げた。
何だ楽譜か、と思う前に、譜面を見てしまった。
頭の中でコードが奏でられていく。
瑠菜らしい少し影のあるスタートから、ところどころに明るいコードが混じり合いながら展開していく、そんな曲をイメージしていた。
だが、この譜面は違った。
冒頭からマイナーコードが続き、絶望が感じられた。
まさに瑠菜の絶筆。
そうだよね、これが本当の瑠菜の気持ちだったんだよね。
そう思いながら、涙が溢れてきた。
コードを辿って、瑠菜の気持ちを辿って、瑠菜からのメッセージを受け取っていく。
初めて知る、本当の気持ち。
絶望のまま曲が終わると思った、最後の小節。
「えっ?」
思わず声が出た。
マイナーコードで終わる流れが、なぜかメジャーコードになっている。
音楽的には『ピカルディ終止』と言われる技法で、希望を感じさせる終わり方だった。
瑠菜は、最後に何に光を見たのだろうか。
涙は止まり、私はピアノに向かった。
ちゃんとこの曲を弾いてみよう。瑠菜の気持ちを、目と、耳と、指で再現して、全身で感じてみよう。
私は、夜遅くまで何度も弾いた。
だけど、どうしても、瑠菜のお母さんから聞いたいじめの状況や実際に命を絶ったという事実を考えると、なぜ最後にこのコードを選んだのか、その理由が分からなかった。
やっぱり、私は瑠菜のことを分かってあげられないのかな。
そう思うと、最後のコードをマイナーコードに戻したくなってしまうのだった。
「こっちの方が、今の私には合ってるよ、瑠菜」
開いたままの窓から、月の光と一緒に、まだ少し冷たい夜の風が吹き込んで来た。


3

高3の秋。
文化祭の日、つまり瑠菜の命日がやって来た。

朝からため息ばかりつく私を、クラスメイトはなんとなく察しているのか、あまり話しかけてこない。
私はクラスでやることになった焼きそば屋の一員として、なんとなく焼きそばを焼いていながらも、体育館の方から聞こえてくるバンドの音楽が、どうしても耳に入ってくるのを止められなかった。
音楽から離れているとはいえ、耳が反応してしまうのはどうしようもない。
そういえば、去年、瑠菜とはセットリストを決める時に、ちょっと喧嘩しちゃったんだよな。
いつもは、私の意見を尊重してくれるのに、なぜかセットリストだけはこだわっていたっけ。

ふと、体育館の方から、聞こえてくる曲に耳が反応した。
「この曲って……」
そう、私たちは5曲演奏をしたのだけど、すべてオリジナルではなく1曲だけカバー曲があった。
それは私たちが生まれる前にリリースされた、あるガールズバンドの曲だった。
その曲はいろいろなアーティストがカバーしていて、アニメの主題歌にもなっているので、オンタイムは知らない私達にも聴き馴染みのある曲で、瑠菜も私も大好きな曲だった。
その曲を入れたいと言ったのは瑠菜だった。

「……『二人の基地』…………あっ!」
その曲を聴いて思い出した。
私は、焼きそばを焼いていた菜箸を放おり出して、駆け出した。
そうだ、私たちの”基地”。屋上。
他校の生徒も来て、普段と違ってごった返している校舎の階段を駆け上がる。
何人とぶつかっただろう。
そんなこと、構っていられなかった。
「もしかして……」
私の心臓が強く鼓動していたのは、走っているからだけではなかった。
勢いよく、屋上のドアを開けた。
そして、いつも二人で待ち合わせして、一緒にイアフォンを片方ずつ耳に挿して音楽を聴いていた場所。
階段の出口の横にある梯子を登って、学校で一番高い場所に立った。
そこがいつも二人でいた”基地”だった。
きっと、ここに何かあるはずだと思って走ってきたのだ。
「瑠菜……瑠菜……」
私は、足元を探した。
すると、排水溝のパイプのところに、何かあるのを見つけた。
「これは……」
夏休みに二人で行った遊園地で買ったクッキーの缶だった。
急いで中を開けると、五線紙が折りたたまれていた。
開くと、それは瑠菜からの手紙だった。

「未来、ごめんね。
 死ぬほど辛かった。私はもうこれ以上は耐えられない。
 だから、私のわがままを許してね。
 そして、一緒に音楽で世界の人と繋がるという私たちの夢を追いかけられなくてごめんね。
 だけど、あなたにはずっと音楽を続けて欲しい。私の分まで。
 私が死んだことで自分を責めないでね。
 未来は何も悪くないんだよ。
 未来の歌を聴いていると私も明るい気持ちになれた。
 どれだけ勇気づけられたか。
 だけど、私のいじめのことを相談してしまったら、未来の歌が濁ってしまう気がしたの。
 私の悩みや辛い気持ちで、未来の歌を汚してはいけないと思ったんだ。
 未来には前を向いていて欲しいし、そうやって世界中の人を勇気づけて欲しい。
 これからもずっと。
 二人で音楽が出来て本当に楽しかった。
 最後に一緒にライブが出来て本当によかった。
 最高の思い出を、ありがとう。」


「瑠菜…」
涙が込み上げていた。
瑠菜の辛かった気持ちを分かってあげられなかったことは、これを読んで更に後悔の念が増したけど、でも、瑠菜も私と音楽をやりたいという気持ちは確かに持ってくれていたんだ。
私は、100%瑠菜の気持ちを分かっていなかった訳じゃない。
でも、ちゃんと音楽では通じ合っていたんだ。
私は、私の歌で、瑠菜を救うことは出来なかった。
だけど、瑠菜はどん底の中でも、私の歌で、明るい気持ちになれたと言ってくれた。
もし、瑠菜のように、何かを抱えて、毎日を生きるのが辛いと思っている人がいるなら、今度こそ救いたい。
いや、それは傲慢だろう。
瑠菜のように、少しでも明るい気持ちになってもらいたい。
それが私の、瑠菜から託された使命なのではないか。
そう思えてきた。
涙は止まっていた。
「あの曲を完成させよう」
瑠菜が最後に残したコード。
それに詩をつけて、私の歌を乗せて、届けていこう。
私の中での決意は固まった。


いつの間にか、太陽は少し陰ってきて、夕日の時間が近づいてきた。
ふと、メロディーが降ってきた。
瑠菜のコードに乗せるメロディー。
「聴こえてる?」
そう思いながら、私は歌った。
最後の、明るい印象で終わるピカルディ終止にぴったりとくる歌詞はもう一つしかなかった。
「     」
頬を撫でる風が、私の歌を空高く連れて行った。

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この小説をもとに楽曲を制作しました。小説の世界観を音楽でもお楽しみください。


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