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【小説】(第1章)『リセット・オフ:僕を取り戻す7日間』~自分自身をリセットする夏休みの物語~

第1章:旅立ちの風景 ― 感度が呼び覚ます小さな震え
 
夕焼けの橙が丘の地平線をじわりと染め上げていく時間帯。真(しん)はその丘の縁に、まるで何かを探すように静かに立っていた。都会の喧騒から離れたその丘は、彼にとって“何かが始まる気配”を感じさせる特別な場所だった。

大学を卒業してから3年。真は大手企業で日々業務に追われる日常を送っていた。満員電車に揺られ、無表情なオフィスに入り、パソコンの画面に向かって言葉を打ち込む。会議、報告、プレゼン、同僚との打ち合わせ……。一見「順調」な社会人生活だったが、彼の内面では、次第に小さな“違和感”が積もっていた。

「このまま何年も続けたら、僕は誰になるんだろう?」
日々の営みが誰かの期待や世間の価値観の中で動いているようで、自分の存在が徐々に「透明」になっていくような、そんな不安に包まれる瞬間が増えていたのだ。
そんな折、出張先でたまたま立ち寄った小さな喫茶店で、彼は一枚のカードを手に入れた。カードはシンプルで、擦り切れた縁と中央のコーヒーの輪染みが印象的だった。裏面には見慣れないロゴと、英語でこう記されていた。
「Take a moment to discover your core.」
訳すなら、「立ち止まり、自分の核を見つめよう」。そんな言葉だった。
そのカードは、会計の後、カウンターに置かれていたものだった。店員に「忘れものですか?」と尋ねようとした瞬間、彼女は微笑みながら首を横に振り、「それ、あなたに持っていてほしいと思ったんです」と告げた。その笑顔の奥には、何かを知っているような温かさが宿っていた。

真はそのカードをしばらく見つめ、そしてポケットにそっとしまった。電車に揺られながら、カードに刻まれた言葉を何度も読み返した。
“本質を知ることで、可能性は無限に広がる”
どこかで聞いたような言葉。しかし、なぜかそのときは、頭ではなく体の奥深くに染み込むように響いた。
彼が最近読んでいたある記事の一節が思い出される。
「感度とは、頭ではなく体で感じること。感度が上がれば場を清める感覚になっていく」
理屈ではなく、“身体で受け取る”という概念。頭で理解しようとせず、ただ感じる。その感覚を、今、自分が実感し始めている──そんな小さな震えが真の胸に広がっていった。

丘道を歩き出す。足元の小石を踏む音。風が耳をかすめる音。夕焼けが差す影の長さ。すべてが彼にとって、五感が覚醒していくような体験だった。
そのとき、ふと浮かんだのは子どもの頃の記憶。
水たまりをわざと走り抜け、泥が跳ねるたびに声を上げて笑っていた。空を見上げて「今日は雲がタヌキの形だよ」と言っていたあの頃。評価や効率なんて言葉がなかった時代。すべてが“感じる”ことを通じて世界とつながっていた。
ある言葉が、彼の中で繋がった。

「意識が未来をつくり、行動が今をつくる。その循環を体で感じることが進化につながる」

真は立ち止まり、小さなベンチに腰掛けた。夕陽は沈みかけていたが、あたりは金色の光に包まれていた。ポケットからカードを取り出し、再び手のひらに広げる。
その擦れたカードは、まるで「今ここにいる自分」を映す鏡のようだった。

「本質を探せ。現実と意識の交差点にこそ、自分の声がある」

彼は自分に問いかける。
「僕は、今日この瞬間、何を感じているのだろうか?」
足元に伝わる石畳の冷たさ。胸が微かに震えるような感情。言葉にしようとしても形にならない何か。しかし確実に“存在する何か”。
これこそが、思考ではなく「感度」が教えてくれる世界だった。

「場を清める」という感覚。それは、誰かの言葉や行動ではなく、自分自身が持つ“感じ取る力”を呼び覚ますもの。そして、その力が宿るとき、人は渦の中心からではなく、渦そのものを生み出す存在になるのだ。
真はカードを胸ポケットにそっとしまい、再び歩き出した。思考を止め、ただ身体で受け取る感覚。それが旅の第一歩だった。

「この風の中で、自分は何を感じて生きているのか?」
その問いが心に灯ったとき、真の旅はすでに始まっていた。


—―あなたは、最後に身体で“感じた”のはいつですか?
——あなたは、今この瞬間を全力で感じていますか?

#創作大賞2025 #お仕事小説部門


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