戯作・お歌がヘタなマーメイド噺 [作:安蔵 絵:Gemini先生]
えー、古来より人魚と言いますれば美貌や美声の象徴と申しまして、時に人間を美しい歌声にて惑わすという風説もあるとかないとか。ギリシャ神話のセイレーン伝説がいつのまにやら人魚伝承と結びついてこのような話が世に広まったそうだと伝え聞いております。
さて、とある海の底の都にも美しい歌声で鳴らす人魚の王族がおりましたそうな。

長姉のミーシャはこれはこれは美しい歌声の持ち主で、海の魚たちに評判の美声と表現力の持ち主でありました。

また、次姉のアヤも「歌怪獣」とも称されるほどの力強い歌声で水底の都で評判をとっていたのでございます。

それに比べて末娘のアリエヌ、歌好きでありながら破滅的に音感がなく、加えて音程も全破壊、歌う声は音響兵器と陰口をたたかれるほど。
ある日、歌好きの彼女が魚たちを集めてリサイタルを開催した際には、集まった魚が米軍基地の戦闘機離発着を思わせるかのような歌声のせいですべて気絶してしまい、水面にプカプカ浮かんでしまったそうな。
近くの漁師さん、「なんか異様に大漁だった日があったなぁ。やけに腹を上にした気を失った魚がたくさん獲れてなぁ。」と振り返っていたとか。

そんなこともあり、父であるトリトン王から歌うことを禁じられ城の中にある座敷牢に軟禁させられたアリエヌ。
看守の目を盗んで座敷牢を抜け出すと、同じく音程がアレで沢口〇子クラスに歌がナニな友達のマリーネと久しぶりの再会を喜び、セッションを楽しみました。
あとはお察しの通り。プラスチックごみによる海洋汚染を超える汚染になってしまったことは言うまでもありません。唯一喜んでいたのは、その日も海に浮いていた魚を大量に漁獲した鳥◯一郎に激似の漁師さんくらい、といったところでしょうか。
当然、この騒ぎは父王に知られたことは言うまでもありません。アリエヌは座敷牢でさらに厳しい監視の下に置かれることになりました。

そんなある日、隣国の龍宮城の主である乙姫様からの使者がトリトン王の元を訪れました。
「大切な客人である浦島太郎様が滞在して二日目、タイやヒラメのラインダンスやノドグロのオペラなどで歓待してきたがそろそろ飽きてきた様子。我が主、乙姫がどうしてもこの水底の都で一番の歌姫である人魚の姉妹の歌を所望しておる。ミーシャ様かアヤ様の歌をお聞かせ願いたく参上いたした次第」
トリトン王は悩みました。何しろその日は長女のミーシャも、次女のアヤも別の営業に行っていて不在、かといって末娘のアリエヌを連れて行っては龍宮城との外交問題必至…
乙姫様には悪いけれども、このオファーを断ることにしました。
にもかかわらず、その話をどこからか聞きつけたアリエヌ、勝手にこのオファーを受けてしまいました。
龍宮城にVIPゲスト扱いでやってきたアリエヌ、浦島太郎の前で思いッ切り、気分良く歌いました。
するとどうでしょう。浦島太郎はさながらウ◯フア◯ンの絞め技で落とされたE◯ILがごとく、失神してしまったのでした。

その場にいなかった乙姫様がその様子を聞くや否やアリエヌのもとに飛んできて、「我々は殺し合いをしてるんじゃありません!わかって下さい!」と早口で叫ぶと、まさにドラゴンストップが如くアリエヌの口をふさぎ、更なる修羅場は回避されました。

乙姫ストップ
翌日、「家が心配になった」と言って浦島太郎はお土産の玉手箱を携え、龍宮城を辞去したのでした。そのあとの顛末は、皆様ご存じのことでしょう。 本人は口には出しませんでしたが、昨日の一件が原因なのは言うまでもないですね。

隣国の大切な客人にまで迷惑をかけてしまったアリエヌ、これで完全に自分の歌が大問題を巻き起こす公害であることに気づいてしまったのです。父王もアリエヌに、歌を二度と歌うなと厳命し、さらに厳しい監視下に置いたのでした。
それでも歌を忘れられないアリエヌ、密かに座敷牢にボイストレーナーを呼び、基礎から音程、発声法などを鍛えなおしたのでした。
当初はあまりの才能のなさに匙を投げかけたボイストレーナーでしたが、歌がうまくなりたいというアリエヌの執念に驚き、全力をもってアリエヌをゼロ、いやマイナス状態から鍛えに鍛えたのでした。

数か月後、またしても座敷牢の看守の目を盗んで脱走したアリエヌ。かつて魚たちが気絶したのと同じ場所で歌い始めました。かつての惨劇を知る魚たちは恐る恐るその様子を眺めていました。
しかし数か月前とは違い、アリエヌの歌声はあまりに美しく、音程も正確、まさに非の打ちどころのない状態だったのです。魚たちはあまりの変化に非常に驚き、恐怖すら感じてしまいました。
姉二人以上の美しい歌声に引き込まれ、次々と魚たちが集まり中にはおひねりすら投げる者も現れてしまったそうな。
それもこれもアリエヌの「歌が好き」という強い気持ちと、ボイストレーナーが父王の目を盗んでまで歌を歌いたいという彼女の気持ちを汲み、厳しく基礎から鍛えなおした結果だったのです。
トリトン王も座敷牢を抜け出したこと自体は叱りつつも、末娘の歌に対する気持ちを汲みアリエヌをようやく許したのでした。
それからアリエヌたち人魚三姉妹は、末永く歌を楽しみながら海の底の都で幸せに暮らしたそうでございます。
めでたし、めでたし。
お歌がヘタなマーメイド噺、これにて読み切りでございます。
