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「安定」を選んだ私が、自律神経失調症になった話

この記事を書いているのは2024年12月。
今から半年ほど前、私は自律神経失調症と診断され、会社を休職することになりました。30歳の誕生日を迎える、少し前でした。



病気の原因は、仕事のストレス。
と言っても、当時働いていた会社の職場環境や人間関係が悪かったわけではありません。残業は少ないし、必要以上に大きな責任があったわけでもない。むしろ、かなりホワイトな環境だったと思います。


では仕事の何がストレスだったのか。


それは、自分が心から「やりたい」と思っていることを無視して、「やるべき」ことばかりやっていたこと。


体調を崩したことでそれに気づき、そこから自分の心と深く向き合ったことで、フリーランスのコーチとして独立することを決断できました。


このnoteでは、自分がこれまで何を考えて仕事を選び、働いてきたか。そして体調不良をきっかけにどのように変わったかを書きました。


自分の過去と当時の心境を振り返りながら書いた結果、とても長い文章になってしまいました…笑
最後まで読むのしんどいぜって方もいると思うので、先に結論を書いておきます。

それは、自分が納得できる人生を歩むためには、自分の心に正直になるのが大事、ということ。

頭で考えて正解を探すのも大切なんだけど、自分の心を無視して進むとバランスが崩れてしまいます。

もし、今現在自分の働き方にモヤモヤしてるとか、やりたいことがわからないという方は、この内容を少しでも参考にしてもらえれば幸いです。



子供時代: やりたいことがわからない

私は昔から、自分の「やりたいこと」がよくわかりませんでした。

私には4つ上の兄がいるのですが、子供の時は兄の習い事を真似して「自分もやる!」と言って片っ端からやらせてもらってました。
ピアノ、サッカー、ソフトボール、水泳…色々経験させてもらえたことは本当に感謝していますが、どれもやっていて楽しいと感じることができませんでした。
習い事の時間になると行くのがめんどくさくなって、「なんとなく体調が悪いかも…」と親に嘘をついてサボる日も。
当然、どの習い事も長続きしませんでした。


将来の夢と呼べるものは特になく、学校で「将来何になりたい?」と聞かれるたびに、弁護士、公務員、サラリーマンなど、適当に答えを変えていました。夢に向かって努力するという考え方もありません。

それでも、一部の専門職を除けば「勉強しておけば基本的に無駄にはならないだろう」という打算的な思いから、とりあえず塾には通い続けていました。

そして、入れそうな中で偏差値が高い学校を選びながら進学していった、というのが当時の私の選択でした。

大学生: 「安定」を求めて就職先を決める

大学に入学してからも、自分の将来について深く考えることはありませんでした。理系の学部だったので、同級生の多くが大学院に進学するのに合わせて自分も進学。そしてあっという間に就職の時期になります。

これと言って就きたい仕事がなかった僕が見つけ出した就活の軸は、「安定できる仕事」に就くこと。

ここでいう「安定」とは、大企業に一生養ってもらうことではなく、自分にスキルを身につけ、自分の力で生きていける状態のことです。

やりたい仕事がない一方で、なんとなくやりたくない仕事というものはあったので、自分に実力がつけば、将来的に仕事を選べる自由が得られるだろう、と考えていたのです。

そしてその条件に当てはまっているのがWebエンジニアだ!と思い、苦戦しながらもなんとか就活を終え、ITベンチャーにWebエンジニアとして就職することが決まりました。

大学は京都で下宿してました。下鴨神社での一枚。

1社目: 周りの期待に応えようとして自分を追い込む

大学ではITの勉強はほとんどしておらず、エンジニア未経験での入社でした。
ですがこの会社はエンジニア初学者に対して手厚い教育をしてくれ、おかげで1年目の終わり頃には担当顧客を持ってアプリの開発と運用をできるようになりました。

新しいことを覚えていくのは面白くはありましたが、仕事に熱中するというほどではありませんでした。好きなことややりたいことを軸に仕事を探していなかったので、ある意味当然と言えるかもしれません。
仕事は任された分をそつなくこなして、仕事終わりや休日に飲みに行ったり旅行に出かけるのが楽しみでした。


転機となったのは、社会人2年目の夏。
それまで担当していた顧客から、社内でも一番規模の大きい開発の案件へと異動になります。

新しく配属されたチームでの開発は、これまでとは比べ物にならないほどの開発量でした。しかも納期もシビアで、常に時間に追われながら開発を進めていました。
必然的に残業時間が増えていきます。


そんな環境でしたが、同じ開発を担当していたエンジニアはみんなやる気と能力に溢れていました。
仕様の複雑さや納期の厳しさにみんな文句を言いつつも、どこかエンジニアとしての腕を試せることを楽しんでいるようでした。

一方私はといえば、任されたタスクを終わらせることに必死で、とても楽しむ気持ちなんて持てませんでした
考えることといえば、自分のタスクが終わらなかったどうしよう…ということばかり。
チームのキャパ的にも自分のタスクを他のメンバーに巻き取ってもらうことなどできません。
チームに迷惑をかけれない…という思いが、自分で自分を焦らせます


開発の終盤、残課題の中でもトップクラスに複雑な機能を自分が担当することになります。ところが、全然コードが書けない
機能が複雑すぎて、どのように実装すればいいのか思いつかないんです。
ノートに書いて整理してみたり、簡単な実装を試したりするものの、なかなかこれだという方法が見つかりません。

寝ても覚めてもその機能のことを考えていて、実際夢でも開発を続けているほどでした笑。
周りのメンバーがどんどん進捗を上げていく中、自分のタスクは目に見える成果が出ていない状況に、余計焦りが募ります。

本来であればヘルプをあげるべき状況ですが、チームの足を引っ張りたくない、仕事ができないと思われたくないという気持から、現状をそのまま伝えることができませんでした。
チームリーダーとの1on1でも「もうすぐできます!」と見栄を張って報告していました。
自分の弱さを見せたくないあまり、チームを頼るということが全然できていませんでした。


最終的に、残業時間をさらに増やし、家に仕事を持ち帰って、なんとかギリギリ仕様を満たすようなコードを書き上げます。

優秀なエンジニアであれば仕様を満たすだけでなく、コードのメンテナンスのしやすさや動作のスピードも追い求めるところですが、私にはそんな余裕がなく、最低限の仕様を満たしていればいいだろ…と投げやりになっていました。
もっといいコードを書こうという気力を持てず、早く自分の前からこのタスクを無くしたいという思いで、逃げるようにしてコードレビューに回したことを覚えています。
仕事を完了させた達成感よりも、「この程度のコードしか書けなかった」という敗北感を強く感じていました。

もともとエンジニアとしてコードを書くのは、大好きではなくとも嫌いではなかったですが、この開発を境に苦手意識を持つようになってしまいました。
自分が開発を担当して、また実装方法が思いつかなかったらどうしようとか、納期までに終わらせることができないかもしれないとか、そんな不安を感じるようになったんです。

その後チームの頑張りもあり、開発したシステムは無事リリースまで漕ぎ着けることはできましたが、この働き方は続けられないと思い、もう少し落ち着いた働き方ができる会社への転職を決意します。

オフィスでの仕事風景

2社目: 「やるべきこと」だけど「やりたくない」

前述の通りコードを書くことに苦手意識を持つようになった私ですが、転職の時に相談した転職エージェントからは

とりあえずはWebエンジニアとして転職した方が、年収や待遇の面で有利ですよ

と言われ、職種を変えることなく転職をします。
エンジニアではない働き方がしたいと心のどこかで思っていたはずなのに、職種を変えることへの不安や待遇が悪くなることを恐れ、周りに言われるがまま決めてしまっていました。


2社目の会社は残業時間は少ないし、チーム開発の体制も整っていて、とても働きやすい環境でした。
そういう意味では転職は成功だったのですが、やはりコードへの苦手意識は消えることなく付きまといます。
チーム開発をいいことに、難しい機能の実装は他のメンバーに任せて、自分は比較的簡単なタスクを取るようにしていました。

そんな状態だったので、自分がエンジニアとして生き残るには現場から離れてマネジメントに行くしかない!と思い、上司にはマネジメントがしたいと言い続けました。
その甲斐もあって、転職から半年後にチームリーダーを任せてもらえることになりました。
マネジメントにはやりがいを感じましたし、役割が人を育てるという通り、自分の視座が上がって成長できている感覚は楽しかったです。


とはいえ、自分のポジションはあくまでもプレイングマネージャー。マネジメントだけでなく、コードを書くことも求められており、昇格するためには技術的な成果をアピールする必要がありました。

頭ではそのことを納得していても、なかなか気持ちが追いつかず開発に向き合うことができません。コードを書いて開発に貢献するのは「やるべきこと」なのに「やりたくない」。そんな葛藤を抱えながらも、リーダーがそんな弱音を吐いてはいけないという思いから誰にも相談することもできず、一人で抱え込んでいました


そうやって自分を騙しながら働いているうちに、だんだんと体調がおかしくなってきました…

自律神経失調症を発症: そして休職へ

最初の自覚症状は、コードを読んでいると頭がぼーっとして、何も考えられなくなったこと。

開発をするには今書かれているコードを読んで内容を把握する必要があるのですが、読んでも読んでもその意味が理解できない。同じところを何度も読み返す。理解は一向に進んでないのに、あっという間に時間が過ぎる。

次第にそれは、コードを読む時以外にも広がっていきます。会議中に人が話している内容が頭に入らない。自分の意見をまとめようとしても、うまくまとまらない。文章を読むのにも時間がかかるようになる。

さらに、仕事時間だけでなく、プライベートの時間にも影響が出始めます。仕事が終わると異常な疲れに襲われて、何もする気が起きない。眠りが浅く、なかなか寝付けないし夜中何度も目を覚ます。ふとした瞬間に急に焦りに襲われて首筋が熱くなり汗をかく、などなど。

しばらくの間はなんとか働いていましたが、一向に良くなる気配がないので流石にまずいと思い病院に行くと、自律神経失調症と診断されました。


それまでは自分の弱みを見せるのが苦手でなかなか周りにも相談できませんでしたが、病院の先生に正式に診断されたことで踏ん切りがつき、家族や上司に相談して休職を取ることにしました(とはいえ相談する時はかなり緊張しました)。

仕事を休むことへの申し訳なさを感じつつも、このまま働き続けることは不可能だと自分でも思っていたので、どこかホッとした気持ちにもなりました。
せっかくもらった休みを使って体調を整えることと、自分のやりたいことや仕事についてじっくり考えよう、と前向きに捉えることができました。

休職期間: 自分の心と向き合い、やりたいことを探す

休職期間に入り、仕事から離れたことで徐々に体調はよくなっていきました。

妻は、休職したら一日中寝たきりになってしまうのでは、と心配だったそうですが、幸いにもそこまでダウンすることはなく、運動したりカフェや図書館にでかけたりして過ごしていました。

体調が良くなり自由な時間を手に入れたことで、真剣に自分と向き合うことができるようになりました。それによって自分の体調不良の原因は、自分の「したいこと」がわからないまま、「するべきこと」ばかり気にしていた、そのストレスだったのだと気づきます。


自分のしたいことってなんだろう…
心からやりがいを感じる仕事とは何か…

そんなことを考えるようになり、就活の時もろくに向き合わなかった自己理解や自己分析に取り組みます。
具体的には、ノートに自分の気持ちを書き出す(ジャーナリング)、自分の過去を振り返ってモチベーショングラフを書く、強みや価値観を探す、などです。
他にも自己分析のセミナーに参加したり本を読んだりして、理解を深めていきました。


これには、なかなか時間がかかりました。
これまで深く向き合ったことがない自分の心の奥は、まるで真っ暗な深海で、自分が感じていることを言葉に書き留めようとしてもなかなか浮かんできません。
休職中という時間がありあまっている時でないと、取り組めなかっただろうなと思います。


自己分析を進める中で、自分の核心に近づけた問いは、「これまで自分が幸せだと感じた瞬間は何だったか?」というものでした。
その答えを探っていく中で、私の場合は「人とのつながりの中で生まれるもの」だと気づきました。

たとえば、友達と本音で語り合えたとき。勇気を出して思いを伝えたとき。部活の後輩に感謝されたとき。
振り返ると、自分が心から楽しいと感じたのは、いつも「人とのつながり」を感じ、その中で相手の役に立てたと思えた瞬間でした。


そのことに気づいた時、自分の中でスッと腹に落ちる感覚がありました。
そうだ、人のサポートができる仕事をしよう。自然とそう思えました。

カフェでノートを広げて自己分析をすることが多かったです


現在: コーチングで独立することを決める

人のサポートができる仕事」といっても、いろいろな仕事があります。
コンサルタント、カウンセラー、講師、セラピスト。

その中で「これだ!」と思えたのが、コーチとしての働き方でした。


コーチとは、コーチングを使ってクライアントの課題解決や目標達成を支援する仕事です。

私がコーチングというものを初めて知ったのは、新卒で入社した会社での上司との1on1の場でした。その上司は独学でコーチングを学ばれていて、1on1の中で多角的な質問を通じて、私の考えを広げたり深めたりしてくれました。

その体験は私にとって非常に印象的で、「こんなふうに人の可能性を引き出す方法があるんだ」と感じたのを覚えています。その後、私も興味を持ち、独学でコーチングについて学び始めました。

さらに独学だけでは限界があると思い、コーチングスクールにも通い始めます。スクールではコーチングについて座学で体系的に学ぶことに加えて、実践形式でのコーチング練習も行います。
最初は相手の話をしっかり聴くだけでも簡単ではなかったですが、徐々に相手に寄り添って話を聞くことができるようになり、相手の悩みを解決するにはどうしたらいいだろうと考えを巡らせることができるようになりました。



「これはまさに自分がやりたいことだ!」


そう直感しました。脳内に電撃走る。
これまで自分のやりたいことに無頓着でしたが、時間をとって自分の心と向き合ったこと、また気づきをもとに実際に行動に移したことで、やりたいことと出会うことができました。

自分の心と向き合って、やりたいことをやる

この記事を書いている現在は、引き続きコーチングスクールに通って勉強を進めながら、コーチとしての独立に向けて活動しているところです。

知り合いを中心にクライアントを集めてセッションをしていますが、コーチングを初めて受ける方にも「自分の考えを整理できて嬉しい」「自分の感情と向き合うのはしんどいけど、価値を感じている」と言っていただけています。

以前の私は他人から求められる「やるべきこと」や、頭で合理的に考えた「やったほうがいいこと」を中心にして生きてきました。
ですが、頭ではそのことに納得していても、心は違ったようです。
自分の心の声を無視し続けてきた結果、その代償として体調を崩してしまうこととなりました。


できればこれを読んでいる方には、体調や心のバランスを崩す前に、自分の心に従って生きることの大切さを知ってもらいたい。
一人で向き合うのが難しければ、友達、家族、コーチ(もちろん僕でも!笑)の力を借りるのもありです。


これからコーチとして活動していく中で、自分の心に沿って深く納得できる人生を歩める方を少しでも増やしていきたいと思います!

クライアントとのコーチングセッションの様子

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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