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ホワイトタイガー

■江戸時代の常識

古文書こもんじょを読んでいて
良くあるのが
字は読めても
”意味がわからない”ことが多い
ということ。

なぜ
こんなことが起こるのか?
それは、
現代人が
江戸時代の常識を
知らないからなのだ。

■白虎隊

現代人が
白虎隊と聞いたとき、
ーーああ、幕末の会津戦争で
非業の死を遂げた
若い侍達のことだなーー
という程度はわかるだろう。

白虎隊

しかし、
なぜ「白虎」なのか?
説明できる者は少ない。

ここで謂う「白虎」とは
「風水」で西を守る聖獣。
詳しくは註記を見てほしい。

四神

■鳥羽伏見の戦いの反省

慶応四年(1868)の
鳥羽伏見の戦いで
旧幕府軍の主力
会津藩・桑名藩は
三分の一の勢力しかない
新政府軍(薩摩・長州・土佐)にボコられた。

原因は明快。
新政府軍はすべてに優れていた。
旧幕府軍は負けるべくして負けたのだ。

①錦の御旗の後ろ盾による士気の高さと
 負けられない緊張感。
②最新装備
 (エンフィールド銃・アームストロング砲・
  ガトリングガン)を
  保有していた。
③優れた指導者
 (長州の天才軍師・大村益次郎
 薩摩の砲兵指揮官・伊地知正治)が
 兵の練度をあげた。
④長州の奇兵隊のような、
 近代的軍隊システム(実力主義)を
 導入した。 

奇兵隊
ガトリングガン

■負け戦の反省

新政府軍の
近代兵器と近代戦術に
大敗した会津藩は

伝統的な武士の戦い方を捨て
組織と装備を根本から作り直す。

①年齢別の近代的な部隊編成
 身分・門閥基準の老若混成部隊を
 実戦向けの「年齢別」の
 4つの部隊(四神旗)に再編した。

北方面= 玄武隊げんぶたい
庄内藩米沢藩などの
奥羽越列藩同盟と接する安全地帯。
予備兵力に当たる
50歳以上のベテランを配備し
国境や後方を守備する。

東方面= 青龍隊せいりゅうたい
白河城はすでに
新政府側に押さえられているから
これを奪い取る必要がある。
36歳〜49歳の
二番目に強い部隊を配備し
前線を防衛する。

南方面= 朱雀隊すざくたい
最強の新政府軍は
南からやって来るから
18歳〜35歳の
精鋭・主力の実戦部隊を配備する。

西方面= 白虎隊びゃっこたい
新発田藩・村上藩は同盟関係なので
15歳〜17歳の
少年兵を配備する(予備兵力)。
新発田藩は最終的に
新政府軍に寝返ったから
実戦投入することになる。

■他の改革
②刀・槍・甲冑の廃止と洋式小銃への統一
 新選組や会津藩兵が「精神論」で
 刀や槍、旧式の先込め銃で突撃し
 新政府軍の遠距離射撃で
 斃れた反省から
 兵士全員に西洋式の小銃を装備させた。

③元込め式連発銃(スペンサー銃など)の導入
 最新のスペンサー銃(アメリカ製)
 などの洋式銃を海外商人から
 急ピッチで買い集めた。

④フランス式戦術(散兵戦)の採用
 密集して隊列を組み、
 堂々と進軍する古い戦術は
 大砲の格好の標的になった。
 兵士がバラバラに散らばって
 物陰に隠れながら撃ち合う
散兵戦さんぺいせん」を取り入れ
 ゲリラ戦に対応できるようにした。

■白虎隊唯一の生存者の証言

飯沼貞吉いいぬまさだきち
晩年に書いた手記で
会津藩の兵法や武器が
時代遅れであったこと、
戦争への備えや軍制改革が
決定的に遅れていたといっている。

飯沼貞吉

しかし、
会津藩は
数か月で軍制を改め
戊辰戦争では
新政府軍を
大いに苦しめたという。

■結論
会津城下の
西方面(白虎)をまもったから
白虎隊《びゃっこたい》なんだよ。
和魂仏才だ。


註記
<風水の説明>

【二十八宿】
古代中国で
夜空の星を
二十八の区画に分けて
観測していた。

【四神】
 二十八宿を
 東西南北に分けると
 四グループの
 星の並びになる。
 これが「聖獣」の形に見えることから。

 東=龍
 西=虎
 南=鳥(雀)
 北=亀と蛇の合体した姿で表した。

【陰陽五行説】
 万物を五つのエレメントで
 説明する古代中国の体系

 北=黒(玄)
 東=青
 西=白
 南=赤(朱)

【風水】
「四神」と、
「陰陽五行説」が
 方位という共通項を軸に、
 統合された体系を
 地形判断に応用したもの

 北=黒(玄)+亀と蛇→玄武
 東=青+龍→青龍
 西=白+虎→白虎
 南=赤(朱)+鳥(雀)→朱雀

京の風水

飯沼貞吉いいぬまさだきちの手記

『白虎隊顛末略記』
所蔵:国立国会図書館(NDL)
デジタル化資料(館内限定)
国会図書館の館内端末で閲覧
[注意]インターネット非公開

『白虎隊起原並顛末』
所蔵:国立国会図書館(NDL)
デジタル化資料(館内限定)
国会図書館の館内端末で閲覧
[注意]インターネット非公開

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