トロフィールーム(3)
「遅くね?」
長谷部が沈黙を破った。
「入って何分たった?」
「さぁ、十分……十五分ってぐらいじゃない?」
体感もっとたっている。
「カメラ仕掛けるってそんなにかかるかな?」
「さぁ、どうだろ?」
家の玄関は閉まったまま、ミユキが出てくる気配はない。
当然、外からでは中の人の動きはわからない。
長谷部は、なんとなく不穏な空気を感じた。
「ちっと行くか」
二人して、玄関に向かって歩き出す。
「ミユキちゃん!」
玄関を半分開け、長谷部が叫ぶ。
静まりかえった家中から返事はなかった。
「ミユキちゃん! おおぃ! ミユキちゃん!」
さらに声を大きくする。
結果は変わらなかった。
二人して玄関内に入る。大人が二人してとどまってもまだ余裕があるほど広い。きちんと並べられた靴やサンダルが何足か置かれてある。今もこれからも、誰もそれらを履く者はいないのだ。
右の部屋は引き戸が閉まっている。左の部屋もガラス障子が閉まっている。正面には階段と、奥にもう一部屋が見えた、こちらは戸が開いていた。
うす暗い。
「おいぃ! 返事ぐらいしろ!」
怒鳴りつける。
期待の返事はなかった。そして物音ひとつしない。
「見に行こう」
言ったのは魚住だった。
「まて」
長谷部はそう言ってスマートフォンを魚住に渡す。
「いちおう、撮ってくれ」
言われるままに魚住は長谷部にスマートフォンを向ける。
「探しに行ったら「ばぁ!」ってヤツだよ」
吐き捨てるように言った。
「行くぞ。うおぉっ!」
入った瞬間、長谷部は転びそうになった。
「緊張しすぎだろ」
「こぉのぉ、上がりかまちぃ高すぎだろぉ」
長谷部の声は完全に震えていた。
「ボクが見てこようか?」
長谷部はじぃっと魚住を見て首をふる。
「二階から見るのか?」
階段を登ろうとした長谷部に聞く。
「普通よぉ、検索すんなら一階から、だろ?」
「うん」
「一階にいねぇなぁ、じゃあ二階。そこに「ばぁ!」ってこったろ。裏をかくんだよ」
そう言ってギシリギシリ、ギシリと階段を上がる。
「家ん中クツで歩くのって、なんか変な感じだな」
やけに急な階段をすぐに登り終える。左右に部屋があった。どちらもガラス戸、昭和ガラスなのでゆらいでいて部屋内はわからない。
「ミユキちゃぁぁん」
小声でそう言いつつ、長谷部は左の戸をゆっくり開ける。
「クソ、滑りが悪いな」
少し開いたところで引き戸が止った。まるで部屋に入るのを拒んでいるかのようだった。
長谷部は両手で無理やり戸を開く。
「……」
六畳ほどの部屋だった。本棚に小さな化粧タンス、勉強机とベッド、ベッドには花柄の布団がひかれている。
部屋に入る。机上に置かれてあったノートには『川田莉子』と書かれてあった。ペン立て、文房具、鉛筆削り、小さな女子が好みそうな色合いとキャラクターが描かれてある。
「当時のまま、ってやつか……」
いつ帰って来てもいいように――そこまでは口にしなかった。
心がモヤる。
遊び半分でこの事件に首を突っ込んだわけではない。ただ非道い現実を突きつけられた気がした。
「おい」
「ん?」
呼ばれて見ると魚住は化粧タンスの上を指さしていた。
カメラが部屋の中央向いて置かれてあった。
「じゃあ、下にいたのか?」
部屋を出る。
「ま、いちおう隣も見ておくか」
こちらのガラス戸はスムーズに開いた。
本棚。六段タンス。テレビ。窓際にはラック棚がありコンポが置いてある。部屋の中央のコタツは布団が掛けられたままだった。壁にはベルトを巻いたプロレスラーのポスターが張られている。長谷部にはレスラーの名前まではわからなかった。
「下行くか」
さほど検索することもせず、二人して下におりる。
「ミユキちゃぁぁん、ミユキちゃぁぁん」
長谷部は休むことなく呼び続け、居間、台所、トイレ、風呂、と歩き回り、玄関に戻ってきた。
「若い女は消えるようになってんのかこの家は?」
「おい」
さすがに不謹慎なボケに、魚住は突っ込んだものの、彼の口元は笑いにゆがんでいた。
「あとはこっちの部屋だけだな」
それは玄関から見て左の部屋だった。
「おい、もう逃げれねぇぞ!」
勢いよく引き戸を開いて部屋に入る。
部屋はフローリングだった。
「なんだこりゃ?」
部屋の中央にはテーブルとソファ。全ての壁際には棚棚棚が所せましと棚が置かれている。その棚には上から下まで、数え切れないほどにトロフィーとメダルが飾られてあった。
縁側の方はガラス戸で夕陽が差し込んでいる。その向かい側は四枚の襖が閉じられていた。
無理やり作られた洋室――そんな感じがする。
長谷部はゆっくり棚を見てまわる。天井近くには高そうな額に入った賞状が何枚も飾られていた。
「自慢気に飾ってる割には、二位や三位も多いな」
魚住から返事がなかったので、結果ひとり言になってしまった。
「おい、ボーリングのトロフィーがあるぞ」
トロフィーの頭上には、ボーリングの玉を投げようとしている人がくっついていた。
「……ちょう、ない、かい」
長谷部は土台の文字を読んだ。『昭和四十五年湯川町内会大会』と書いてあった。
「これも、三位じゃねぇか」
どこか、あきれたような声だった。
「目立ちすぎないようにわざと一位じゃねぇのか?」
「モナリザの手で勃起?」
二人して「ふふ」と笑う。
「鬼ちゃんって、さほど強くなかったのか?」
「そうでもないと思うよ。ケガがなかったら強化指定選手に入ってたらしいし」
「ふぅん」
心ない返事は『強化指定選手』がどれほどのモノか分からなかったし、くわしく知りたいとも思わなかったせいだ。
「まだ奥に部屋……」
トットット。
長谷部は口を閉ざして天井を見る。
トットット、トットット、トットット。
誰かが――歩いている?
「ここって……言ってた客間か?」
視線は天井ままに魚住に聞いた。
「そうだと思う」
「この上って……どっちの……部屋だ?」
「たぶん……莉子ちゃんの方」
トットット、トットット、トットット。
「歩き回ってんじゃねぇか」
背中で寒気が動き回る。
「ミユキさんじゃないのか?」
「いなかったろ」
「押し入れに隠れてたとか?」
「そこまでヤルかな?」
足音は止まってはまた動き回るのを繰り返している。
「確認しに行く?」
長谷部は答えなかった。
「……」
どうするか。どうすべきか迷う。
魚住を見る、スマートフォンをこちらに向け、カメラマンの仕事をしっかりこなしている。
体が動かない。
答えが出ない。
音は止まない。
「……」
ドズン! ドズン!
踏みならす音――のようだった。
ドズンドズン、ドズン!
そうして音はしなくなった。
「ふぅぅぅぅぅ」
長谷部は深いため息をつき、
「わぁかったぁ、見ぃぃにぃ行くかぁ」
声を出して、自分の声が震えていることに気づいた。
「ん?」
部屋を出ようと体の向きを変えた瞬間だった。何気なく視線を向けた部屋の奥、襖を見て足を止めた。
「なぁ、あそこってあんなにすいてたか?」
中央の襖をじぃっと見る。
わずかに開いている、その隙間から隣の部屋の様子がわかる、ほどではない。
襖のわずかな隙間。
「さぁ、どうだろう?」
それは欲しい答えではなかった。
夕陽が部屋を照らしている。
陽をあびて伸びた長谷部の影が隙間に向かって伸びている。
隙間の先は闇――どこまでも漆黒の闇。
二階と同じぐらい隣の部屋が気になってくる。
「……」
隙間から、細く、黒い煙のようなモノが流れ出てきた。
ように見えた。
長谷部は目を細める。
見間違いだろうか?
――いや……。
その黒い煙はゆっくりうねるように流れ出続けてくる。
「……」
ゆっくり、ゆっくりうねりながら出続けている。
広がり、長谷部の影に重なろうとしていた。
ドズン!
二階!
それが合図のように、
駆けた!
魚住を押しのけて部屋を出る。
駆ける。
玄関の扉を開く――と同時に外に飛び出る。
半開きの扉にしこたま肩をぶち当てた――無視して駆ける。
敷地内から、
道まで駆けた。
ふり返らず、
声も出さず、
ただ駆けた。
「うぉ! って!」
足が絡まり、転んでしまった。
「なにやってるんですか?」
声に見上げると、ミユキだった。のんきに加熱式タバコを吸っている。
「ミユキちゃん! どこにいたの! ぐふっ!」
立ち上がってミユキに抱きつくと、肘打ちを食らった。
「どこってカメラ仕掛けに行ったでしょ! 出てきたらいないし、なんで中にいるんですか!」
「あんまり遅いから見に行ったんだよ」
「そんなに遅かったかな?」
「散々叫んだのに、返事ひとつしねぇし」
「叫んだ? 何も聞こえませんでしたけど?」
「そんなわけあるかよ。しつこいぐらい呼んだぞ、ミユキちゃんミユキちゃんって」
「聞こえなかったって!」
「えぇぇ、どういうこったよ。オレはてっきりどっかに隠れてて、探しにきたら「ばぁ」ってやるつもりなんだな、って思って見に行ったんだけどよ」
「そんなことしませんよ」
「そう?」
長谷部は疑いの眼差しを向ける。
「しませんよ。私がふざけるのは心スポの前まで。中に入ったらそんなふざけたことしません、失礼な」
「えぇぇ、そうなのぉ? だったらどういうことなんだよぉ……」
「ただの入れ違いでしょ?」
「えぇぇ、違うだろぉぉ……」
「おおいぃ」
魚住が玄関から出てきた。律儀にまだ撮影をしている。
「おお! そうだ!」
魚住が二人のところまで来ると、その手からスマートフォンを奪い取る。
「見ろ! ここ辺りだ」
魚住とミユキは長谷部の持つスマートフォンをのぞきこむ。いま撮影したばかりの動画だった。
『残りはこっちの部屋だけだな』
客間の前で長谷部が立っている。
『おい、もう逃げれねぇぞ!』
勢いよく引き戸を開いて部屋に入る。
「わぁぁ、ビックリした」
「うるせぇ。ちゃんと見ろって」
長谷部を撮しつつ、部屋全体をなめるように撮影されていた。
「ここだ」
長谷部が一時停止する。
「ほら閉まってるだろ?」
襖はどこも隙間なく閉まっている。
「うん、閉まってますね」
「だろ?」
長谷部は動画を再生する。
長谷部はトロフィーやメダルを見てまわっている。
『自慢気に飾ってる割には、二位や三位も多いな』
『おい、ボーリングのトロフィーがあるぞ』
『……ちょう、ない、かい』
『これも、三位じゃねぇか』
『目立ちすぎないようにわざと一位じゃねぇのか?』
『モナリザの手で勃起?』
「ふふ」
動画の二人と同じくミユキも笑った。
『鬼ちゃんって、さほど強くなかったのか?』
『そうでもないと思うよ。ケガがなかったら強化指定選手に入ってたらしいし』
「すごいじゃん」
「そうなの?」
聞くとミユキと魚住はうなずく。
『まだ奥に部屋……』
「聞こえた?」
長谷部が聞いたがミユキは返事をしなかった。
『ここって……言ってた客間か?』
『そうだと思う」
『この上って……どっちの……部屋だ?』
『たぶん……莉子ちゃんの方』
『歩き回ってんじゃねぇか』
「聞こえたか?」
二人は首をかしげた。
長谷部は音量を上げてみるが元々最大だった。
「でも、確かに足音したよな?」
「うん」
『ミユキさんじゃないのか?』
『いなかったろ』
『押し入れに隠れてたとか?』
『そこまでヤルかな?』
「やんないよ」
ミユキはスマートフォンに耳を傾けながらそう言った。
「…………うん、聞こえるね」
「だろ?」
「うん。動いたり、止ったりしてるね……うわぁ!」
ドズン! ドズン!
踏みならす音に驚き、耳を離した。
ドズンドズン、ドズン!
「こっちはバッチリだな」
「うん、バッチリ」
『わぁかったぁ、見ぃぃにぃ行くかぁ』
「わぁぁかあぁぁははははは」
長谷部の震えた声を真似しつつ、ミユキは一人爆笑した。
『なぁ、あそこってあんなにすいてたか?』
「こっからだ!」
『さぁ、どうだろう?』
魚住はそう言いながら襖を撮す――長谷部は動画を停止した。
「ほら! すいてる!」
「ん? あ、ホントだ」
「さっきは閉じてただろ?」
「ちょっと巻き戻してくださいよ」
「いや、こっからなんだよ」
再生された動画は、長谷部を撮し続けている。
長谷部は動かない。
何も言わない。
襖を見たままの長谷部。
襖の隙間もバッチリ撮れている。
「停止した?」
ミユキがそう言った時だった、いきなり長谷部が走り出した。そして画面から姿を消した。
『おい!』
魚住は飛んで逃げる長谷部を追うように撮影していた。
「マジかよ!」
長谷部は自身が動かないところまで巻き戻す。そして走り出すとまた巻き戻す――ということを三回四回繰り返した。
「お前も見ただろ?」
「なにが?」
「黒いモヤだよ」
「黒いモヤぁ?」
反応したのはミユキだった。
「黒いモヤみたいのがよ、この襖の隙間から出てきたんだよ、おいっ」
ミユキはさっと長谷部の手からスマートフォンを奪い、食い入るように眺めた。
「映ってないね……」
「でも、見たんだよ、確かに」
「別に疑ってませんよ」
「そぉなのぉ?」
長谷部は調子外れな声を出す。
「ただ……黒はまずいですね」
「どう、まずいんですか?」
「黒い幽霊は人に憑くんだよ」
「違います」
速攻で否定され、長谷部は首をすくめる。
「幽霊は黒でも白でも別に問題ないですよ、そういうモノです」
「そうなんだ」
違うクチから同じ感想がでた。
「ただですね、モヤってのは、幽霊の集まりって言いますか……そんな感じです」
「霊道ってやつか?」
「うぅん、ちょっと違うかな?」
「ちょっとってなんだよ?」
「だから……えぇっと……」
「霊道ってなんですか?」
魚住が聞く。
「幽霊の通り道――で、合ってるよな?」
ミユキはうなずく。
「霊道があったらよ、心霊現象がよく起こんだよ」
「なるほど」
「幽霊の通り道はモヤは出ねぇ、ってことか?」
ミユキは、アゴに手をあてた状態で答えなかった。
「ってか、お前も見ただろ? あの黒いモヤ」
「いや、ボクは見てないよ」
「なんでだよ」
「相性がありますからね」
答えたのはミユキだった。
「相性? 幽霊とのか?」
「そうです。相性が良すぎると霊感なんて関係なく見えますから」
「じゃあ、ミユキちゃんと相性悪い幽霊だと、ミユキちゃんは見えねぇってことなのか?」
「相性悪くても見えるのが霊感なんですよ」
「あらそうですか」
長谷部は鼻を鳴らして答える。
「その……相性はわからないですけど、撮影していたからじゃないかな? ずっと画面見てたし」
「じゃあ見えないわけだ、ははは」
ミユキはケタケタ笑う。
「マジかよ……でも、確かに見たんだけどなぁ」
「さっき人の強い思いが念だって、って話しましたよね?」
ミユキに突然聞かれ、二人してうなずく。
「じゃあ同じような念を持った幽霊が集まったとしたら?」
「霊道になる」
「欲しい答えじゃないなぁ」
ミユキは両手で×を作る。
「悪ぅございましたね」
長谷部は舌を出して謝罪した。
「その……同じような念って集まるんですか?」
「集まりますよ。だって同じ意見……同じ考えと言うか……同じ思いの人と一緒にいた方がいいでしょ?」
「それは、そうですね」
「でしょ? 例えば何でもいいですけど……そうだな、今回の話なら、『娘に帰ってきて欲しい。会いたい』っていう思いが強い念――そういう思いを抱いた幽霊になりますよね?」
聞かれた魚住はあいまいにうなずく。『よね?』と聞かれても知らない、といった感じだ。
「そこに、『大事な人に会いたい』って思っている幽霊が、『あそこに同じ思いのヤツがいるぞ』って寄ってくるんですよ。誰も自分の思いをわかってくれない。だったらせめて仲間と一緒にいよう、って」
「思いが強ければ強いほど、呼び寄せるんですね?」
ミユキは魚住の質問に答えず、ぼんやり家の方を見ていた。
「お母さんが引っ掛かった拝み屋さんって、もしかして人捜し専門のだまし屋さんだったりします?」
「いや……そこまでわからないですね」
「じゃあ、ツボとか水晶とか買わされたとかは?」
「水晶ですね。寄付額が多ければ水晶の色が変わって願いが叶う、と言われていたみたいですよ」
「それかな?」
「なにが?」
長谷部が聞く。
「霊道ならぬ、霊源」
「れいげん?」
「幽霊の湧き出る水晶。いや、呼び寄せるから霊召の方が合ってるかなぁ? うん、霊召だな」
「一人で納得してんじゃねぇよ」
「だぁかぁらぁ、水晶に向かって願いを毎日毎日お祈りするでしょ? そしたらそこに念がたまっちゃうでしょ? そうしたら同じ思いの幽霊を呼び寄せるでしょ? それで同じ思いがたまっていくでしょ? それがひと塊になっちゃうでしょ? それが黒いモヤの正体」
「じゃあ、オレが見たのは大量の幽霊が……合体したヤツってことか?」
「違います」
「違うのかよ! どういうこったよ!」
「幽霊は合体しませんよ。人間だって合体しないでしょ? マンガじゃないんだから」
「じゃあ――」
「――群れてるんですよ」
ミユキがさえぎって答える。
「ハセゴンさんには黒いモヤに見えても、私が見たら大量の幽霊に見えるはずですよ」
「げぇぇぇ」
長谷部はうなり声をあげる。
「逃げたのは正解でしたね」
「逃げてなかったら死んでた?」
「まさか、幽霊にそんな力はないですよ」
「そうなのか?」
「即死ってことはないですよ」
「それってジワ死するってことだろ?」
「はい!」
ミユキは笑顔だ。
「想像してください。もし、憑かれちゃったら、耳元で、永遠して自分の思いをささやかれるんです、どうです?」
「そりゃたまんねぇけど、でも霊感ねぇと聞こえねぇだろ?」
「幽霊の姿は見えない。声も聞こえない。それでも、頭のどこかでキャッチしちゃうんですよ」
「マジかよ」
「理由もわからず、ちょっとずつ体調が悪くなったりしていって――」
ミユキはそこまで言って、自身の両手で自身の首を絞める。
「じゃあ、黒モヤだったら大量に憑かれるってことか?」
「イエス!」
ミユキは親指を立てて答える。
「あの襖の向こうに水晶があると思います」
「うかつに踏み込まなくて正解だったな」
長谷部に聞かれて魚住がうなずく。
「あの襖の向こう――隣の部屋って何部屋なんだろうな?」
「仏間か寝室じゃないかな? 子供の部屋はあったけど、両親の寝室はなか――」
「よし!」
ミユキの声にさえぎられた。
「じゃあ行きましょうか!」
「行くって……どこに?」
「どこ? あのトロフィールームの隣の部屋ですよ?」
「はぁ? 何しに行くんだよ?」
「何しにって、黒いモヤ撮りに行くんでしょうが!」
ミユキに怒鳴られ、長谷部は「ふへぇぇ」となさけない声を出した。
「あ……ぶないんだろ? なんで行くんだよぉ」
「黒いモヤ撮りにって言ったでしょ!」
長谷部の眉はハの字になっている。
「黒いモヤ撮れたら、百万再生間違いなし!」
ミユキは一人跳びはねている。
「オレのカメラで撮れなかったんだから無理だよぉ」
「スマートフォンなんかで撮るからでしょ? 私のカメラだったら大丈V!」
ミユキは長谷部にピースを向ける。
「ふぇぇ……やめとこうよぅ……」
「あきらめなよ」
魚住が長谷部の肩をポンと叩く。
「お前もそっち側か?」
「そっちもこっちもないよ。勝てないよ」
ミユキは鼻歌を唄いながらカバンをガサゴソしていた。ため息をつく長谷部は今にも泣きそうな顔をしている。
「ほいっ」
ミユキが放り投げてきたので長谷部はソレをキャッチする。ソレは小さな小瓶で『食事塩』と書かれてある。
「それまいときゃ憑かれない憑かれない」
「ただの食塩じゃねぇか!」
「んだ」
「効くのかよ!」
「気休めになるでしょ?」
「気休めかよ!」
魚住は爆笑した。
「じゃあ、行きましょ」
当然、長谷部は渋る――ミユキにお尻を蹴りつけられた。
「あきらめろって」
魚住はそう言いながら手を出す。
「クソォ……」
長谷部は魚住の手の上にスマートフォンを乗せる。
「行きたくないよぉ……行きたくないよぉ……」
長谷部はとぼとぼ歩き出す――あまりに遅いのでまたお尻を蹴られた。
「あっ」
長谷部は、玄関前で何かを思い出したような声を出した。
「オープニング撮ってないじゃん」
「そんなのもういいでしょ。適当に字幕つけてつなげてくださいよ」
玄関の扉はミユキが開いた。もう片手にはカメラを持っている。
「ほら、入って」
「オレが先頭かよ」
うながされて長谷部が入り、後ろから魚住が二人を撮影しながら入る。
「おじゃましまぁす」
恐る恐る、長谷部は客間に入っていく。
「カメラは後で確認するか」
ミユキの視線の先、トロフィー棚にカメラが置かれてあった。
「おい……」
長谷部が指さす先――襖はピッチリ閉じられていた。
「やっぱやべぇ――」
ドズン!
長谷部は上を見上げる――二階からだった。
「ミユキちゃん?」
「聞こえた」
ミユキも天井を見上げていた。
「霊障?」
ミユキはうなずいた。先ほどまでとは別人のように真剣な顔つきだった。
「なにが暴れてんだ?」
「わかりません、けど……」
「……けどなんだよ?」
「いや、何でもないです。行きましょう」
「オレが開けるのか?」
ドズン! ドズン!
「私が開けてもいいですよ」
「……わかったよ」
ミユキの真剣な目に、長谷部は覚悟を決めた。
一歩一歩、ゆっくり、襖に近づいていく。
「ふぅぅぅ」
引手に手をかけ、息を整える。
手は震えていた。
――塩をふってから開けるべきだったか?
ドズン! ドズン! ドズン!
やけに二階がうるさい。
ドズンが止まない。
なんだか長谷部には、警告しているかのように思えてきた。
警告?
この襖を開けてはいけないという――警告。
けど――の先はなんだったんだ?
ミユキは警告だと思ったんじゃないのか?
ミユキを見る。
どこまでも真剣な顔で、軽くうなずいた。
「おらぁ!」
長谷部は力を込め、一気に襖を開いた。
風を感じる。
黒いモヤ。
顔に飛びかかってくる。
羽音。
顔に、腕に、体にぶち当たってくる。
黒い――小さな塊、達。
無数。
「ぎゃぁ!」
「うわぁ!」
羽音。
大量に、飛びかかってきた。
羽音、羽音、羽音。
