ペーパードライバー歴20年が、移住のために運転を再開した話
免許を取ったんは20代。そこからほぼ運転せず、気がついたらペーパードライバー歴20年以上になってた。そんな私が福井移住を決めて、運転を再開した話を書く。
免許を取った理由は、身分証明書やった
免許を取ったんは、結婚してた20代のことやった。
動機は至ってシンプルで、顔写真付きの身分証明書が欲しかってん。マイナンバーカードなんてまだない時代やから、免許証がいちばん使い勝手のいい身分証やった。それに合宿やったらちょっとした旅行気分も味わえるやん、とワクワクしながら福島に向かった。
取ったのはMT免許。せっかくやしMTにしとこ、っていう軽いノリで。
路上にも出て、卒業検定もなんとか通った。免許証、ゲット。顔写真付き身分証明書、ゲット。旅行気分、満喫。目的は全部達成した。
んで、そこからほぼ運転してへん。
陸運局にすらたどり着けへんかった
免許を取ってしばらくして、当時住んでた浦安で友人が車を譲ってくれることになった。名義変更のために陸運局に行かなあかんくて、その車で向かおうとした。
車線変更ができひんかった。千葉の道路、車多い、車線多い、みんな速い。どこで入ったらいいんかわからんまま、結局陸運局にたどり着かんくて終わった。
その後、その車がどうなったかは記憶が定かでない。たぶん友人に返したと思う。
それから一切、ハンドルを握れへんかった。エンジンのかけ方すら、そのうち忘れた。免許証は20年以上、財布の中で身分証明書として静かに暮らし続けた。
福井移住が決まって、運転を再開することにした
移住を決めて、「さすがに車に乗れやんとあかん」となった。
引っ越し屋さんは荷物しか運んでくれへん。母も、犬も、猫2匹も、自分で連れていくしかない。福井まで、ペーパードライバーが運転して。荷物より先に、そっちの方が大問題やった。
練習に付き合ってくれたのは、当時付き合ってた彼やった。
助手席にA級ライセンスを召喚した話
この彼がA級ライセンスを持つ人で。モータースポーツの、あのA級です。要するに、助手席に乗る人間としてはたぶん日本でいちばん頼もしい部類に入る。
落ち着いた声で「ブレーキ」「もうちょい右」って言ってくれて、こっちのパニックをうまく鎮めてくれてた。おかげで、彼が助手席にいる間はハプニングが起きひんかった。これはわたしの運転が上手かったんじゃなくて、たぶん彼の助手席力が高かったんやと思う。A級ライセンス、さすがやな。
MTで取ったくせに、ATを買った理由
中古車選びにも付き合ってもらって、AT車を買った。MTで免許を取ったくせにAT車を買うことに一瞬だけ葛藤したけど、「いや今はそういうことを言うてる場合ちゃう」とすぐ納得した。生きて目的地に着く方が大事やしな。
田舎の道は、ペーパードライバーに優しかった
練習を重ねてある程度走れるようになって、引っ越しを決行した。福井に来てからも、最初はびびりながら運転してた。
でも環境が大阪や千葉とは全然違った。信号が少ない、道が広い、車が少ない。ちょっとずつ行動範囲が広がっていった。
それでも駐車場には何度も苦しめられた。バックで入れようとするたびにハンドルをどっちに切ったらいいかわからんくなって、何度切り返してもうまくいかんくて。一回、白線を盛大にはみ出した状態で止めてしまって、自分で笑った。狭い駐車場の壁に少し当ててもうたことも一回ある。あのガリッていう音は今でも覚えてる。
20年のブランクがあっても、なんとかなった
右折と合流は今でも苦手。でも「えいっ」って行けるようになったんは、確かな進歩やと思ってる。
今は近所のスーパーも病院も、ひとりで行ける。高速はまだ緊張するけど、福井で暮らすぶんには困れへん。冬の雪道も、数センチ程度なら近場で練習がてら走ってる。でもしっかり積もった日は、潔く家から出えへん。無理をせーへん、っていうのも立派なスキルやと思ってる。
合宿免許の動機が「身分証明書が欲しい」やったわたしでも。陸運局にたどり着けへんかったわたしでも。20年以上ペーパードライバーやったわたしでも、練習すればなんとかなった。
なんとかなるもんやねん。知らんけど笑
まとめ:この記事のポイント
※関西弁が読みにくい方向けの要約です
免許取得の動機は「顔写真付き身分証明書が欲しかった」というシンプルな理由で、取得後はほぼ運転しないままペーパードライバー歴20年以上になった
引っ越し業者は荷物のみの運搬のため、母・犬・猫2匹は自家用車で大阪から福井まで運ぶ必要があった。これが運転練習の直接的な動機になった
練習にはA級ライセンス保持者に助手席に乗ってもらい、パニックを抑えながら段階的に習得した
MT免許保持者だが、現実的な安全性を優先してAT車を購入した
田舎の道は信号・交通量が少なく、ペーパードライバーの練習環境として都市部より適していた
駐車・右折・合流など苦手な場面は今も残るが、「無理をしない」判断も運転スキルのひとつと捉えている
20年以上のブランクがあっても、練習と環境次第でなんとかなるという実体験をもとに書いている
