人間関係でやってしまう「操作」 -人間関係はなぜ不自然になるのか-
Yuです。
今日は人間関係の話。
人間関係の「操作」の話です。
人が、人間関係で状況を操作しようとして
よくやってしまう操作戦略がある。
・「可哀想な私」戦略
悲劇のヒロインや被害者のように振る舞う人
(相手に償いや同情を期待・要求)
・「回避」戦略
不自然に相手を避けたり、口を利かない
・「コントロール」戦略
ルールや規則を作る、相手の情報を制限する
・「エンターテイメント」戦略
過度のサービス精神、おせっかい、価値提供、埋め合わせ
例えば、恋人に振られそうになった時に、相手を引き止めようとして「可哀想な私」を強調する人がいる。
相手の同情を引き出して、引き止めようとする操作だ。
(僕がこれをしたことがあるかどうかは、ここでは書けません🤐)
好きな人に対してわざと距離を取ったり、冷たく振る舞う人がいる。自分にとって都合が悪い相手を疎外する人がいる。
避けることで相手の関心を引き出したい。無関心の立ち位置で状況をコントロールしたい。回避戦略です。
ルールを決めたり、相手に入る情報を制限して、相手を操作する。これの極端な例はカルト的な集団でよくあるが、もっと身近で個人的な人間関係でもこのコントロール戦略をする人達はいる。
エンターテイメント戦略は、やたらと「おせっかい」したり、「特別扱い」したり、「いい人」になったりして、相手に入られようとする行為。(もちろん、純粋な好意とは別の話。)
これらは人間関係の状況や相手を操作しようとする意図のある行動だ。
みなさん、どれか心当たりはありますか?
これをやってる人、知り合いにいませんか?
自分がされたこと、したことは? (僕はどちらも結構ありますw)
どうしてこういう「操作」をしてしまうのか?
「自分がそのままの自分で、正直・真っすぐにやっても
人間関係はうまくいかない」
という思い込みが根底にある。
それが不自然で操作的な発想と振る舞いに繋がる。
でも、残念ながら、こういった操作戦略はうまくいかない。
人は操作されたら「何か気持ちが悪い」と感じるものだ。
操作に気づいていても、はっきりとは気づいていなくても、
意識的&無意識的に心地の悪さを感じる。
操作があると、関係性は破壊される。
本当の関係性の良さも見えなくなる。
本当の人間関係は、自由な精神同士の間で生まれる。
だから、多分多くの人が何となく知っているように、
恋愛でも親子関係でも相手に執着するほどうまくいかず、
自然体ほどうまくいくんですよね。
人間関係を破壊する「操作」。
これを理解しておくと、それが起こった時に気づけます。
巻き込まれて感情的にならずに、良い選択ができると思います。
Yu
