演劇:『おどる夫婦』
2025.04.25 Bunkamura Production2025『おどる夫婦』@THEATER MIRANO-Za

「見に行ける時に行かないと後悔する。」
会社の同僚が病気療養から自分の好きなアーティストが復帰した時、数十年ぶりにライブへ足を運ぶようになったのは去年のこと。
彼女の言葉がずっと記憶の片隅に残っていて、自分も後悔ないように興味がある事を少しずつでも実現してみようと思った今年の初め。
先ずは演劇を観に行きたいと思い、劇団「モダンスイマーズ」の主宰を務める劇作家の蓬莱竜太さんが書き下ろした新作「おどる夫婦」をピックアップ。長澤まさみ&森山未来が主演というところも魅力的なキャスティング。
Bunkamura主催なら渋谷での上演と安直にも思い込んでいたら、場所は歌舞伎町のTHEATER MIRANO-Za。
よくよく調べてみると、Bunkamuraの施設自体が2027年まで休館らしく、苦手な町に再び行くことになるとは何の因果。理想を言えばシアターコクーンで観たかったな。
上演時間が長いので最後まで集中できるか心配だったけれど、会話劇を中心にテンポよくストーリーが展開していくので、あっという間の3時間だった。
夫婦の価値観、古くからの家族観、現代社会の生きづらさなど、テーマ性が盛りだくさんだったので、見ごたえがある内容だったと思う。
注釈付きS席しか取れなかったので、舞台の見え方もどうなのかな…と心配していたけれど、そんなに見にくい訳でもなかったし、俯瞰的に全体を見渡せる感じもあり悪くはなかった。それでもどうしても袖は見切れてしまうので、通常のS席よりもう少し安くても良いんじゃないかと思う次第。
ただ、劇場の構造が簡易的なつくりに感じられた。特に座椅子が硬すぎて、長時間の観劇には適さないと思う(お尻と腰が痛くなる)
舞台の装置や照明は、とても良かったと思う。観ている側を惹き込ませる工夫がされていて、場面転換、物語の重要な見せ場では、ステージ中央に配された円形の床面が回る仕様となっていたり、椅子という小道具を使ったの心理描写、スクリーンに映された照明やテロップなどが、時間の経過を効果的に表現していて、上手く考えられた構成や演出だったと思う。
開演する前からヒロヒコ役の森山さんが普通に舞台セットの椅子に据わって台本に目を落としている姿があり、出演者が開演前から舞台にいる様子があることにも新鮮な感じで面白かった。
ストーリーは、お互いに生きづらさを抱えたヒロヒコ(森山未來)とキヌ(長澤まさみ)が、学生時代に演劇サークルで出会い、その後夫婦になってからの10年を描く物語。
2人は愛や恋とは違い、同志のような、震災後の不安・淋しさもあり、なんとなく結婚をした夫婦でもある。
婚姻届けが紙切れ一枚であっけなく手続きが終わる描写や、冒頭に映画を観終わった後に訪れるお互いの意見や価値観の相違、暮らしていく中で生活習慣の違いからの喧嘩などなど、これは蓬莱監督が結婚した後に生まれた視点なのかもしれないな…とも思ってしまったり。
まあ夫婦でなくとも、育ってきた環境が違う他人同士が一緒に暮らせば、食い違うことは多々ある。(結婚相談所のオーナーが、家庭環境が同じ人と結婚した方が上手くいく確率は高いという話をしていたのは、強ち嘘ではないと思う)
一貫して夫婦が主軸の物語なのかと思いきや、キヌとヒロヒコの父母、弟、友人たち、職場の同僚などが絡み、多様なエピソードが展開されていくので、最終的に話の焦点が散漫になりがちで、夫婦が行き着く関係性や終着点が曖昧になってしまった印象。
特にこの話の中で印象的な関係性だったのが、娘に自分の意見を押し付け続ける毒親的要素を持ったキヌの母・朋恵(伊藤蘭)と小さい頃に病気が原因で障がいが残ってしまった弟・光也(松島聡)のエピソード。朋恵はどことなく自分の母に似すているところがあって、薄ら寒くなってしまった。愛という名の虐待は子供の心を傷つけているという自覚がない分、質が悪い。キヌが母に反発する気持ちには、とても共感してしまった。
終幕近くのシーンでキヌとヒロヒコは「自分の価値は他者によって決められるものではない」、「これまでの10年は時代におどらされ続けている状態だった」と結論を導きだし、全てを手放して0からやり直していこうとするが、2人でやり直していこう…とはハッキリとした結論にはならず、曖昧なままに関係性を続けていくような感じが消化不良。
劇中で「ミュージカルならハッピーエンドで終わる」と言っていたけれど、夫婦の関係性は夫婦でしか分からないことなので、テーマとして「これが正解」という答えはないのかも。曖昧な結末になってしまうのは致し方なしということかもしれない。
「おどる夫婦」というタイトルは、時代の空気や周りの人間関係におどらされていたことに気が付いた、キヌの終盤のセリフで回収しているのだろうな…とも思ったのだけれど。本当に最後のシーンで二人が踊り始めた時は、そこはリアルに踊らなくても…と、ちょっと興ざめしてしまった。(森山さんの踊る姿を見ることができたのは貴重ではあるが…)
また、舞台に沢山の種類の椅子が置かれていつことに、開幕からずっと気になっていたのだけれど、演者が選ぶ椅子の種類や、座る位置、その間の距離感によって、登場人物達の心情や関係性を表しているのだろうな…と思ったのは自己解釈。
夫氏によれば、ヒロヒコの母・君江が足を悪くしたのが椅子からの転倒で、ヒロヒコがその原因を作ったことから、椅子が象徴的に置かれているのではないかと考察していて、なるほどな…と思う。
考えてみれば、あれだけの台詞量をこなし、演者が場面転換ごとにセットを動かす演出を考えると、主演2人の精神的・身体的負担は相当なもので、それを見事に演じきった長澤さんと森山さんは本当に凄い役者だと改めて思う。
当初は名前を知らなかった弟役の松島さんの演技が繊細で喜怒哀楽の表現が凄くて、彼の世界観に引き込まれてしまった。主演の2人と絡むシーンでも他が霞んでしまうくらいの存在感があり、すごく良い役者さんだなと思う。
何役もこなしていた皆川猿時さんの存在感は格別に凄い!出ているシーンがほぼ皆川劇場だったのは言うまでもなくて、本当に面白かった!
収録が入っている日もあったようなので、配信か放送があれば細部までを反芻して見返したい。(色々と書いたけれど、割と好きなタイプのストーリーなので)
演劇をまた見たいかと言えば、演目や演者、劇場の条件が合えば観に行ったみたいと思う。その場でしか出会えない臨場感は格別だと思うから。
それにしても、気になったのが客層…。演劇ファンの人が多いのであれば、ちゃんとマナーを守る人が多いと思っていたのだけれど、夫氏の隣に座った髪の長い男性が最高に迷惑な人だった。狭い席なのに買い物してきたのか大きな紙袋を持ち込んでくるし(事前に何処かでロッカーに預けてくるような常識はないのかい…?結構良い年齢の人に見受けられたけれど)、観劇中に長澤さんの姿が舞台袖で見切れる度、何度もひょっこり頭を出して見るので、後方の我々の視線が遮られてしまい最悪な気分。カーテンコール前なんて慌ただしく席を立ち、誤りもせずに人の前を横切るのは何なん?、マナー悪すぎて頭をかちわりたくなる。
他にも、遅れてきて平気で前を横切って座る女性(これはスタッフが案内していたけれど、途中で入れるってどうんだろう。会場によっては休憩時間まで入れないところもあると思う。集中力が途切れてしまう…。)、上演中に携帯を鳴らす輩とか(あんなにスタッフが注意喚起していたのにも関わらず!)、帰りの出口で一列に並んでいるのに無理やり自分が先に出ようとするおばあさんとか、歌舞伎町だから…とは思いたくないけれど、自分勝手な人が結構いて気分が悪かった。自分の事しか考えられない人間は昔から一定数いるけれど、年々人間の質は落ちてきているように思える。歌舞伎町にはやっぱり良いイメージがないかも。
ゴミゴミした街を後にして、ホームタウンに戻った後は夫氏と久しぶりにトンカツ食べて、ニナサクにお肉を買って帰宅。
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