【競馬×特許】売上4兆円市場を支える知られざるテクノロジーの世界〜知財を読むラジオ公開収録
GrIP Podcast × 知財を読むラジオ 公開収録レポート 2026年5月23日(土)Xスペース 出演:上村侑太郎(LeXi/Vent)× しばやま(Ph.D. / 特許情報分析家 / APOLLO開発者)
「競馬って、知財から見るとどう見えるんだろう?」
そんなシンプルな問いから始まったこの企画。ふたりの特許分析家がそれぞれ独立して競馬関連の特許を調べ、Xスペースで公開対談を行いました。
LeXi/Ventの上村侑太郎と、特許情報分析家でAPOLLO開発者のしばやまさん。持ち寄ったデータのDBも手法も異なるふたりが分析結果をぶつけ合った1時間の記録です。
「同じ『競馬×特許』を調べたのに、まったく違う景色が見えていた」 ——それがこの対談の一番の面白さでした。
しばやまさんプロフィール
Ph.D. | 本当に欲しいものは自分で作らなければならない | きゅうりと麻婆豆腐が好き | Suicaのペンギン好き | 特許情報分析に従事 | 日々是減量 | このアカウントをフォローするものは一切の希望を捨てよ | 需要のないツールを毎日コツコツ作り続けるアカウントがこちらです |
実は「ゴリゴリのIT産業」? 4兆円規模の巨大市場
まず数字の話から入りましょう。
2024年のデータによると、中央競馬(JRA)だけで売得金(賭け金の総量)が約3.3兆円、地方競馬を合わせると約4.4兆円にも上る超巨大市場です。香港やフランスなどを抑え、日本は世界トップクラスの馬券売上を誇ります。
さらに驚くべきは、その購入方法です。
JRA:電話・インターネット投票が81.5%(会員数650万人)
地方競馬:場内:場外 ≒ 1:99
コロナで競馬場への入場が全面禁止になった2020〜2021年も、売上は落ちませんでした。それどころか増加しています。
競馬はとっくに「来場エンターテインメント産業」ではなく、**「デジタルネットワーク産業」**になっていた——これが市場の正体です。
「有馬記念では投票締切直前10分間に80億円が流入する」という話をしたとき、しばやまさんが「そういう特許がちゃんとあるんですよ」と返してくれたのが印象的でした。富士通の基幹システム「トータリゼータ」(毎時660万件処理)はまさにそのためにある、と。
ふたりが持ち寄ったデータ——何が違った?
今回の対談で持ち寄ったデータの前提を整理しておきます。
上村(LeXi/Vent)
世界横断
件数:4,709件(グローバル、米国72%)
分析手法:キーワード×テーマ分類
しばやまさん(APOLLO)
国内中心
件数:671件(1985〜2025年、41年間)
分析手法:SBERT+UMAP+HDBSCAN(APOLLOによる自動クラスタリング)
同じ「競馬×特許」で検索しているのに、見えている世界が別物。上村が「Wagering(馬券投票)系が60%を占める」と言えば、しばやまさんは「投票券購入・管理システムが46%」と呼応する。本質は同じですが、国内に絞ったしばやまさんの分析では富士通とJRAが主役であるのに対し、グローバルデータを見ていた上村には米国のCFPH・IGT・Ballyという名前が浮かんでいた。
この「見え方の違い」こそが、対談をリアルにしてくれた最大の要素です。
競馬関連特許の4つの技術系統
今回最も驚いたのが、異なるデータベース・異なる手法で分析したのに、技術の分類がほぼ一致していたことです。
系統① 運営インフラ系(最大の柱)
上村:Wagering系 2,826件(60%) しばやまさん:投票券購入・管理システム 306件(46%)
馬券をどう売るか、オッズをどう配信するか、会員口座をどう管理するか。JRAの馬券売上3.3兆円の裏側を支える技術群です。
◆ 注目特許:特開 1997-147024(新田洋保ほか、1995年出願) 「遠隔投票システム」——電話・通信回線を介した遠隔投票の元祖。今や当たり前のネット投票の「ご先祖様」。「気軽に・健全に・低コストで楽しめる」と書かれているのが時代を感じさせます。
◆ 注目特許:US 11875643 B2(CFPH LLC、2024年登録) 「System and method for high-speed pari-mutuel wagering」——複数施設が連携するネットワーク上でオッズを超高速再計算しながら馬券処理を行うシステム。CFPHはEP・JP・CA・AU・NZ・US・WOの7カ国ファミリーで展開する競馬知財の最重要プレイヤー。
系統② 実競技基盤系——馬場と競走馬
上村:GPS・センサー系 99件 しばやまさん:衝撃吸収パッド・馬場素材 127件(19%)
馬場のクッション砂、ウッドチップ、競走馬の医療。実物の競馬を支える物理技術の領域です。JRAには「クッション値」という独自指標があり、芝もダートも毎週数値が公表されています。
◆ 注目特許:特開 2025-125207(村田製作所、2024年出願) 「測定システム」——騎手の鞭にセンサを取り付けて変位量を測定し、同時に馬の位置も測定するIoT計測システム。「いつ・どこで・どのくらいの強さで鞭が使われたか」がデータ化される時代の特許。動物福祉と競技公正性の両方に関わる発明。
系統③ 映像解析系——競走馬を「見る」
上村:映像・追跡系 507件 しばやまさん:映像解析による競走馬識別 42件(6%)
近年、最も技術革新が進む領域のひとつです。
◆ 注目特許:特開 2025-131453(富士通、2024年出願) 「レース内容再現方法」——過去のレース映像から各馬の走行位置を抽出し、別々のレースに出走した競走馬を同じレースで走ったかのように仮想再現する。「もしディープインパクトとオルフェーヴルが同じレースに出ていたら?」という夢を技術にした特許。
◆ 注目特許:特開 2025-035488(JRAシステムサービス、2023年出願) 「パドック動画分割システム」——パドックの全周映像から個々の競走馬を自動で切り出す。「気になる馬だけを集中観察」が可能に。
系統④ ゲーム・遊技機系——かつての主力、いま撤退
上村:スロット・ゲーミング系 830件 しばやまさん:ゲーム・遊技機系 119件(18%)
セガ・コナミグループ・ユニバーサルエンターテインメントといったゲーム系の出願は、2010年代以降ほぼ途絶えています。
誰が伸びていて、誰が止まったか
しばやまさんの分析(日本国内)
リーダー象限3社・衰退ニッチ象限7社という二極化が明確でした。
リーダー象限(直近も活動継続)
富士通(45件):JRAトータリゼータ基幹システム中核ベンダー。毎時660万件処理
NEC(16件):AI予測・番組編成支援で安定継続
日本トーター(11件):予想情報販売のニッチ専業
衰退・ニッチ象限(直近5年の活動量ゼロ)
JRA本体(31件):出願を停止し子会社・富士通系へ移譲
セガ(29件)・コナミグループ(29件):2010年代以降ゼロ
富士通フロンテック(25件):2025年4月にトータリゼータエンジニアリング社へ事業移管
そして急台頭する新興プレイヤー(10件未満だが注目)
◆ ソフトバンクグループ(2023〜2024年に6件連続出願) 生成AIによる競馬予想・調教メニュー提案・飼育管理AIを連続出願。「過去の馬の医学データからその日の調教内容をAIが提案」——人間の経験・勘への依存を排除することを明示。
◆ 産業経済新聞社(2024年出願) 「ChatKeiba(チャットケイバ)」の基盤特許。サンスポ記者の思考プロセスをAIに学習させ、予想印を自動生成する「AI記者」のような特許。
◆ 日本トーター(2023年出願) 「予想情報販売システム」——予想者が「口上」を述べる動画を撮影・配信して予想情報を販売するプラットフォーム。AIとは真逆の「人間予想者を価値化」する独自モデル。「YouTuber×競馬予想屋」の特許版。
AIは今、何をしているか——最も盛り上がったパート
AI・機械学習関連の特許が急増しています。
2020年以前:累計6件 ↓ 2024年:18件(急増) 2025年:24件(さらに加速)
しばやまさんのAPOLLO分析でも急上昇キーワードが同じ方向を指していました。
「着順」:+7.25倍(3件→32件)
「予測」:+2.95倍(18件→74件)
「映像」:+2.78倍(8件→33件)
「異なるDBで独立に分析したのに、同じ現象を検出していた」——これはこの対談のハイライトのひとつです。
◆ 楽天グループ(JP 2024010336) 「コーナーごとの順位推定を行う競走馬のレース予測装置」。コーナー通過タイム・ポジション等をAIが解析し着順確率をリアルタイム更新。「競馬専業じゃない楽天がこれを出してるのが面白い」とふたりの意見が一致。
◆ NEC(WO 2023/175809、PCT国際出願) 競走馬のレース状況を予測するシステム。「NECが競馬AIをグローバル展開しようとしている」という事実は対談前はふたりとも把握していなかった。
◆ SportsMedia Tech Corp(US 2026/0007983、2026年最新) 馬・騎手にsurvey-grade GPSを装着し、リアルタイム位置データをライブベッティングと連動させるシステム。「馬の現在位置がリアルタイムでオッズに反映される」世界の最新特許。
最大の「驚き」——依存症対策特許がない
対談で最も反響を呼んだパートです。
ギャンブル等依存症対策推進基本計画(2022年閣議決定)では、事業者に「利用停止・利用上限・自己排他機能」の整備が求められています。JRA自身もウェブサイトでその制度を案内している。
しかし671件の特許を精査したところ——
政策が直接求める「利用停止・利用上限・自己排他機能」そのものを扱う特許は、本母集団にほぼ存在しません。 関連する特許の合計はわずか7件。その内訳は「KYC認証・初心者支援・キャンセル機能」等の周辺技術が大半です。
一方で——「ハマらせる側」の特許は出ている。
◆ MIXI(特開 2021-168200) 「購入した投票券が不的中だった場合でも、ユーザに楽しむ機会を提供する」特許。TIPSTARに実装。TIPメダル(毎日ログインで配布)・ガチャポイント・相乗り投票(ridingBet)がその実装例。損失回避バイアスを緩和してリテンションを高める設計——モンスターストライクで培ったソーシャルゲームの文法を公営競技に持ち込んだ象徴的特許です。
なぜこの非対称性が生まれるのか。
依存症対策(利用上限・自己排他)は売上を下げる方向に作用するため、自発的に開発・出願する動機が弱い
JRAの利用停止申請のような運用はガイドライン・約款で実装でき、特許化の必要がない
「ハマらせる側」は収益とリテンションに直結するため、企業が積極的に特許化する
「政策が求める技術 ≠ 企業が出願したい技術」 このインセンティブの不一致が空白を生む。(しばやまさん) これは競馬に限らず、テクノロジーと規制の関係を考えるうえで普遍的な示唆を含んでいます。
ホワイトスペース——どこに次の発明の余地があるか
最後のパートでそれぞれが「競馬×知財でビジネスするなら、どこを狙うか」を答え合いしました。
しばやまさんが挙げた領域(国内視点)
馬場物理×IoT計測(村田製作所が孤立的に存在するのみ、クッション値自動測定は未開拓)
ギャンブル依存症対策技術(政策ニーズと出願の乖離が最大)
映像解析×生成AIのレース再現(富士通が先行するが競合少数)
地方競馬のSaaS化(14主催者がバラバラに管理している業務の共通化)
上村が挙げた領域(グローバル視点)
馬の健康管理・動物福祉(4,709件中わずか9件)
説明可能AI(XAI)によるオッズ根拠の開示(ほぼゼロ件)
GPS×ライブベット連動(2026年出願が登場したが参入余地あり)
生成AI×競馬実況・コメンタリー自動生成(未開拓)
「馬体管理・センサー」という領域で、ふたりの分析が完全に一致。 国内では村田製作所の鞭計測(1件)、グローバルでは合計9件しかない。 4.4兆円市場で「馬そのもの」を扱う技術が最も薄い——これは構造的に奇妙で、かつチャンスとして読める。
まとめ——「競馬×知財」は産業の鏡だった
ふたりの分析家が別々のデータを持ち寄って議論してみると、競馬という産業の構造がくっきりと見えてきました。
① 技術4系統で一致した 手法の違うAI分類とキーワード分類が、同じ「運営・馬場・映像・ゲーム」の4系統を独立に発見。
② デジタル化の鏡 売上の81.5%がデジタルという市場構造は、特許でも同じ割合で反映されている。
③ 規制が技術の方向を決める JRAのBetfair排除・交換型ベット拒否が、日本の技術開発ベクトルを限定している。
④ AIが本格参入した 楽天・NEC・SoftBank・産経新聞——プレイヤーの顔ぶれが変わった。
⑤ 依存症対策の非対称性 「健全化」は特許化されない。「ハマらせる側」の特許は出ている。
「競馬は馬が走るだけじゃない」——この言葉でスタートした対談でしたが、終わってみれば「競馬は産業の縮図だった」という感想が残りました。
今回使用した検索式
(
title:("horse racing" OR racetrack OR racehorse OR betting)
OR abstract:("horse racing" OR racetrack OR racehorse OR betting)
OR claim:("horse racing" OR racetrack OR racehorse OR betting)
)
AND
(
abstract:(prediction OR odds OR wagering OR payout OR training OR biometric)
OR claim:(prediction OR odds OR wagering OR payout OR training OR biometric)
)
