アームストロング伝記『ファースト・マン』感想。2番目となった男の感情について
たいへん面白い本を紹介したい。ニール・アームストロングの伝記だ。アポロ11号に乗って、人類ではじめて月面に降り立った男の生涯だ。『ファースト・マン』というタイトルがつけられている。
ニール・アームストロング。「名前は知ってる」という人は多いだろう。クイズ番組でもよく見る。宇宙に行ったのはガガーリン、月に行ったのはアームストロング。はじめて月面を踏んだときの、「これは一人の人間には小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」という名言もよく知られている。
ただここで1点、衝撃的な事実をお伝えしたい。アポロ11号の月面着陸船は、2人乗りである。つまり、アームストロングといっしょに月面に降りて、数分の差で月面を踏んだ仲間がいたのだ。彼の名前はバズ・オルドリン。聞いたことない? そうだろう。それが問題なのだ。
一緒に降りた仲間でも、世間に覚えてもらい、人類史に刻まれる名前は1人だけ。「ファースト・マン」をアームストロングにする、という NASA の決定に対し、オルドリンに不満はなかったのだろうか?
本書では1章使ってその話が書かれており、要約すると想像の百倍くらい揉めてた。NASA はあの手この手でオルドリンを納得させる材料を用意したが、オルドリンは帰還の数年後になっても不満を言い続けた。ちょっと読者が引くくらい揉めてた。船長はアームストロングだが、オルドリンに「船長、お先にどうぞ」という遠慮は一切なかった。
というのは、当時の宇宙飛行士は「船長はじっと座って、他のクルーが動き回る」が慣例だったので、オルドリンは訓練中ずっと「自分が先に降りる」と思っており、新聞でも「はじめて月面に立つ人類、オルドリン」として紹介されていたのだ。それが出発の数ヶ月前になって「やっぱ2番目な」と言われたら誰だって怒る。与えられたあとで奪われるのが一番絶望する。
その影響なのか、月面に立つ宇宙飛行士の写真は、どれもアームストロングがオルドリンを撮ったもので、オルドリンがアームストロングを撮った写真はほぼない。アポロ11号の月面活動は2時間30分だが、その間ずっとオルドリンは胸中の感情を処理しきれなかったのかもしれない。

ただアームストロング自身は順番にこだわっていなかった。彼の興味はとにかく宇宙船を安全に着陸させること。どちらが先に外に出るかは問題視していなかった。「自分の足と月面との間に、長さ10フィートの宇宙船の足があるのと、厚さ1インチの靴があるのとで、特に違いがあるとは思わない」と語っている。
どうも彼はずいぶん職人気質な男だったようで、いくら読んでも名誉欲みたいなものが見当たらない。出発前の記者会見で「月に個人的に持っていきたいものは?」に「燃料をもう少し」と答えていて「仕事のことしか頭にないのか?」と思った。船内で流すBGMにドヴォルザークの「新世界より」を選んだと聞いて「状況に合いすぎる。自分の好きな曲とかないんか?」と思った。
そんなアームストロングとは対照的に、オルドリンは「我」の出し方がすごい。著書もたくさん出しているし、ドラマにも出演している。95歳にして存命、2年前に結婚している。人間としてパワフルすぎる。「2番目」と言われて受け入れる性格でないのは明らかだ。
スピーチが苦手でいつも入念なメモを準備していた、というのも彼の性格をうかがわせる。おそらく「完璧に喋りたい」という前のめりな欲求が空回りして、言葉選びを誤らせるのだろう。アームストロングは肩の力を抜いてスッと名言を吐く感じがある。月面着陸船の愛称が「イーグル」なので、着陸の瞬間に「鷲は地面に降り立った」と粋なコメントをしたりする。こんな船長の横にいたら「俺もうまいこと言いたい!」と焦って伝わらない修辞を言いそうだ。
ごく勝手な想像だが、もしオルドリンが「ファースト・マン」になったら、次は大統領選に出そうに思える。月から帰ったあと政界に進出した宇宙飛行士もいるし、ファースト・マンであれば大統領の座も狙えただろう。
ただ、そうなったらオルドリンが月面で何をしたかよりも、ベトナム戦争で何をしたか、といった政治的実績のほうが人々に記憶されるだろう。月面着陸が素直に「人類の偉業」として称えられるのは、アームストロングの人間性によるところが大きい。
そんなアームストロングだが、帰還以後は宇宙飛行士を辞め、政治家への道を誘われるも断り、航空宇宙工学の教授として過ごした。飛行機の電子制御(フライ・バイ・ワイヤ)化を推進し、まだコンピュータというものを信じない技術者たちに「私はそれで月まで行ってきた」と説得したという。それ言われたら何も返せねえよ。会話の禁止カード過ぎる。
引退後は乗り物大好きおじいさんとして静かに暮らしたかったが、知名度がそれを許さなかった。自分のサインが高額転売されたり、しかも大半が偽物だったり、「アポロ計画は捏造だ!」と言いはる男につきまとわれるなど、悩みの多い晩年を過ごしたようである。ちなみにオルドリン(72歳)も同じ男に絡まれ、ブチ切れて顎に左フックをお見舞いして警察沙汰になったとのことである。なんだこの老人。
正直に言うと読む前は「アポロ計画を現場目線で知りたいだけで、月に行った人にはそんな興味ないんだよな」と思っていたが、想定外に登場人物たちに関心をひかれた。
まわりが人類最初の偉業に熱くなってるのに、ひとり冷静に与えられた仕事を淡々とこなしていくアームストロングに対し、置かれた立場への葛藤を続けるオルドリン。月から離れた司令船に残り「月面着陸に失敗したら、2人を見捨てて地球に帰る」という重すぎる任務を課せられたマイク・コリンズや、ヒューストンの管制官たち、宇宙飛行士の家族たち。どれもみんな魅力があり、今年ベストに数えられる読書体験だった。
こんなことはあまり言うべきではないが、下巻から読むのがオススメである。上巻はアームストロングの少年時代や空軍時代の話が長く、一番の盛り上がりであるアポロ11号の旅は下巻から始まるからだ。人名や用語がわからないこともあるが、どれも有名なので検索すればすぐ出る。主人公に興味がわいてから上巻を読んだほうがスムーズに進められるだろう。
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