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「もう人生、全部嫌になった。」7歳の娘。

朝、7歳の娘のお気に入りの靴下が片方だけ見つからず。

パパと一緒に探しても、私が探しても見つからない。

残っている靴下を見て、

「これダサい!」

と不機嫌そうな娘。

「洗濯した靴下を乾かせば履けるよ。」

そう言って急いで乾かしてみたけれど、なんだかご不満で。

朝はみんな余裕がありません。
パパも少しイライラ。

そんな空気も感じ取ったのか、娘は突然、

「もう人生嫌になった!」

「全部嫌なの!」

と怒りながら言いました。

その瞬間、私は心の中で、

「人生全部嫌は飛躍しすぎじゃない?」

と思いました。

そして同時に、悲しくもなりました。

実は娘は以前にも、感情がいっぱいになると「もう○ぬ」と言ったことがあります。4歳とかの頃だったかと思います。

だからこそ、「人生全部嫌」という言葉を聞くと悲しくなるのかもしれません。

でも、娘の気持ちを否定したいわけではない。

靴下が見つからなくて悲しい。
お気に入りが履けなくて悔しい。
朝からイライラする。

その感情は全部、本物だし、悪いことじゃない。

ただこの残っている靴下、もらったものだったので私的には悲しいんですけどねw

だけど、「人生全部嫌」は飛躍しすぎている。そう思ったんです。

感情は本物。でも、事実とは直接的に関係しない

感情が大きくなると、私たちはつい飛躍してしまいます。


「私は何をやってもうまくいかない。」
「誰にもわかってもらえない。」
「母親失格だ…お母さん向いてない」


私もそういう経験があるので、娘の気持ちもよくわかる。

でも、そのときに大切なのは、

感情と事実を分けて見ること。

私は娘に、

「悲しかったんだね。」
「イライラしたんだね。」

と伝えたあとで、

「でも、人生全部が嫌になると、靴下のことは違うよね。」

と話しました。

すると娘は

「全部じゃなくて……喧嘩したこととかが嫌なの!」

と言いました。

解像度を上げると、心は落ち着く

喧嘩って、その瞬間はしんどい。

だけど、自分の本音を言えたあと、不思議とスッキリすることもあります。

そんな話をすると、娘も

「確かに。」

と頷いていました。

7歳でここまで話せることに驚いたし、同時に思いました。

感じる力があるからこそ、感情も大きく揺れるんだな、と。

私も同じ

些細なことで、

「もう全部嫌。」

と思う日があります。

でも最近は、そんな自分に気づけるようになりました。

「あ、今のは感情が飛躍しているな。」

そう思えるだけで、心は少し軽くなります。

感情を否定する必要はありません。

「そう思ったんだね。」

と受け止めればいい。

でも、その感情は事実と直接的には関係はないこともある。

タロットが教えてくれたこと

私がタロットを学んでいて感じるのは、タロットは未来を当てる道具というより、

自分の心を整理するための道具だということ。

今、自分は何を感じているのか。

その感情はどこから来ているのか。

そして、それは事実なのか、それとも感情が作り出したストーリーなのか。

そんなふうに心を見つめる習慣ができると、

感情に振り回される時間は少しずつ減っていきます。

感情は否定しなくていい。

でも、感情と事実は、同じではない。

その違いに気づけるだけで、生きることは少し楽になる。

私はそう思っています。

思い込みに気づくってことでもあるかなとも。


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