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レイトショーへようこそ act.4「人はなぜラブレターを書くのか」

2026年6月18日、木曜日、くもり

最近見た3本目の映画は「人はなぜラブレターを書くのか」。

ゴールデンウィーク序盤の4月30日、レイトショーで見てきました。簡単なあらすじは、24年前の日比谷線の脱線事故で、もう会えなくなった高校生のふたり、24年後、あの時出せなかったラブレターが時を超えて届く、実話の映画です。泣きました。

4/30のレイトショーで
「人はなぜラブレターを書くのか」見てきました

まず、このタイトルが、琴線に響きました。
なぜ、人はラブレターを書くのか
あなたは、なぜだと思いますか?

 ボクも12歳で付き合った彼女、後に自分の半身となるつれあいにラブレターを書いていました。ボクたちの場合は、まだ友達の頃から、どこかお互いを意識した手紙交換という形がずっと続いていて、いつしかそれがラブレターに変わっていった、そんな経験でした。それは学校で交わせなかった言葉、そして思い。ペンをとると自然にそれを素直に表現できる、そして何よりも相手のことが知りたい、気になる、自分をわかって欲しい、今生きているこの瞬間を共有したい、そんな気持ちからでした。40年以上経った今でも、あの頃、毎日夜に楽しみにしていた手紙を読んで、その返事を書く、その繰り返しが胸に蘇ります。つれあいを失った今も色褪せない、ボクの大事な思い出です。

映画は実話をベースにして作られています。
映画での時間の進みは序盤はとてもゆっくりで、毎日が丁寧に描かれます。
もう何も起きないんじゃないか、そう思わせるくらいに。でも、中盤から、急展開となります。感情はそこについていくのが精一杯でした。

ストーリーは現在の話と、24年前の話が交互に重ねられて進んでいきます。24年前、女子高生だったナズナは、通学の電車内で痴漢から守ってくれた名前も知らない高校生に淡い恋心を抱きます。やがて、その高校生は進学校に通いながらボクシングをしている富久信介という名前であることを知ります。毎朝、同じ時間の電車の同じ車両に乗り合わせ、ほんの少しの会話をする、そんな日常。一方の富久の方も彼女のことが気になっていました。ボクジングジムに通い、ちょっと変わった先輩に師事しながら、勉強と強くなることの両立を夢見る毎日。そんなある日、地下鉄日比谷線脱線事故で二人の運命は大きく変わったのでした。

24年後のある日、富久の両親にボクシングジムの会長から連絡が入ります。ジムに、女性から信介宛の手紙が来た、と。

ふと思い出して、お手紙を書いています。
突然、すみません。二十四年も前のことです。
私は毎朝、富久くんと同じ電車、
同じ車両に乗っていた者です。当時、女子高生でした。

私は本当に富久君のことが大好きでした。
・・・・・・

今も、あの時の気持ちを忘れないようにしています。
そうすれば、毎日を大切に、
精一杯生きられる気がするからです
・・・・・・

ここからは実際に映画を見てもらった方がいいと思うので、筋は語りません。

実話なので、まず時を超えた思い、そして現実、この数奇な運命に涙が溢れます。こんな奇跡的な、こと、泣かずにいられるでしょうか。この手紙を読むのは、実際には信介の両親なのですが、ある日息子に24年前に少し付き合いのあった女性から手紙が届く、自分がその立場だったら、何度も読み直してしまうだろうな、と思いました。そして自分の知らなかった息子の話にやっぱり涙すると思うのです。この映画を見たのはもう2ヶ月前になりますが、まだ思い出しても涙が出てしまいますね。この映画に過度な演出はありません。脚色はありますが、でも事実は何よりも重いのです。

女子高生、そして今を生きる女性として綾瀬はるか。
富久信介役に細田佳央太、女子高生のナズナ役に當真あみ、同じボクシングジムの先輩役に菅田将暉、富久信介の両親に佐藤浩市と原日出子。ナズナの夫役に妻夫木聡、娘に西川愛莉。信介と高校生のナズナの淡い恋心に当時の自分を重ね合わせました。とても心に入ってくるお芝居をされていると思いました。そして、菅田将暉。この人がこの奇跡の話のもう一つの驚嘆する側面を演じることになります。

映画の後半は、また今のナズナと家族のストーリーが待っています。そちらの話も、泣いてしまいました。この後半は割と淡々と描かれますが、家族と家族の感情のぶつかり合い、そして結末。特にボクのような立場にとっては、涙なしで見れないシーンが多くて、辛くなるほどでした。でも、人は強くなれる、最後のシーンはそう語ってくれていて、ボクも強くなれる日が来るだろうか、そう信じたいと思っています。

パンフレットには映画作りの背景や、演者の気持ち、時系列で起きた実際の出来事、実のお父様のインタビュー、が紹介されています。この背景を読んで、この映画に対する感傷が深まりました。本当に奇跡的なことが起きたのだな、でも、でも。

これは誰にでも起こりうる話だと思うのです。
ラブレターの形じゃないかもしれない。
ここまでドラマティックではないかもしれない。
もっと感情も複雑で整理しきれないかもしれない。
でも、確実に、その”時間”はあったと思うのです。

ボクにもそれはあったと思います。

あなたにも、あったのではないでしょうか。

そんな感情を掘り出してみて、その時間をずっと、
忘れないでいてあげてください。

ボクも絶対に忘れません。

何か感傷的なことを書いてしまいました。
また書きますね。
次の映画は、
「響けユーフォニアム 最終楽章前編」です

また、あいましょう
さよなら、さよなら、さよなら。