お金より、仮説が面白い
「お金持ちになったら◯◯したい」なんて願望、僕には昔からほとんど浮かばない。
一度は年収1,000万円を目標にしてみたこともあるけれど、全然燃えなかった。
「頑張って稼いだら何かいいことあるはず」と無理やり言い聞かせても、ふと我に返ると「別に欲しいものないしな…」と呆れる自分がいる。
なんだか、少し情けない理由なんだけど、僕にとってお金って、あくまで暮らしを続けるためのポイントみたいなものらしい。
学生の頃、狭いコミュニティの中で「オシャレ」だったり「何者か」だったりすることが評価された時期があった。
でも、大人になって起業して、フォロワーも増えて、そうした「何者かになりたい欲」は薄れてしまった。
お金では本当に欲しいものって手に入らないのかも、なんてことをぼんやり思う。
今は体調が良くて気分が乗ったときに仕事をする。
朝が無理なら夕方、犬が膝で眠っている静かな時間帯にちょっとだけ集中する。
それでいて一応やるべきことはやっているから不思議なものだ。
タスクよりもブランドや信頼を重要視するビジネスなら、こういう緩い姿勢でも案外なんとかなる。
AIにアイデアを練ってもらったり、オンラインアシスタントに誰でもできる作業を投げたり、そういう工夫をして「僕にしかできない部分」にだけ時間を使う。
とはいえ、妻には「ビジネス考えられてすごいね」と言われることもあれば、「意味わからん」と言われることも多い。
たぶん、ほとんど理解されていない。
正直なところ、理解されないほうが普通だろうなと思っている。
会社員の人から見れば、僕の生き方や考え方は相当ズレてるかもしれないけれど、自営でやっている人なら「ああ、そういう人もいるよね」と軽く受け止めてくれる気がする。
「みんな何か欲しいものや目標があるのに、君はないの?」と聞かれれば、「そうなんですよね、ないんですよ」と笑うしかない。
むしろ僕からすれば、みんなよくあれこれ目標を持てるなあと感心してしまう。
だって、どうせ天国にはお金は持っていけないし、欲望を追いかけても疲れるだけな気がする。
もちろん、これを読んでいるあなたは「何言ってるんだこいつ」と思うかもしれない。
あなたはあなたで目標や欲しいものがあって、それはそれで素晴らしいことだ。
僕だって、嫌いじゃない。人がワクワクしている姿って、なんだか羨ましい気もするし。
それでも、僕はお金でモチベーションを生み出そうとしても空回りしてしまうタイプらしい。
今の僕にとってビジネスは、仮説を立てて実験する遊び場で、そこから副産物としてお金が生まれるなら、それでじゅうぶん。
暇を持て余して思いつくいろんなアイデアを試して、面倒になったらやめて、うまくいけばラッキー。
そんなふうに適当にやっているうちにポイントが溜まって、妻にちょっと高いプレゼントを買ったら泣くほど喜んでくれたこともある。
「ああ、こんな適当な僕でも、人を喜ばせることができるんだな」と、ちょっとくすぐったい気分になる。
お金でがんばる気になれない自分を嘆くこともあったけれど、今はこれでいいと思っている。
他人と比べて「上に行きたい」とか、快楽を追い求めて稼ぎ続けるのも疲れそうだし、僕の性に合わない。
ただ、自分の頭の中の仮説を外の世界で試してみて、その結果としてお金が増えるなら、まあ悪くない。
そんなゆるい感覚でこれからも適当に仮説を検証しながら、ちょっと笑える毎日を過ごしていくつもりだ。
