週末タイムロッカー #3「差出人:来週のあなた」
「閉じ鍵」を言葉で回す方法を覚えた二週目の土曜。
扉の奥から滑り出た新しい封筒に、目を疑った。
差出人:来週のあなた。
“返却のみ”のはずのロッカーで、届く順番が入れ替わることは、あるのだろうか。
青いランプが点くロッカー000。扉の内側にある細い注意書きを、今さらのように読み直す。
※返却物の到着順は保証されません。
※封筒の差出時刻は、返却の有効性を妨げません。
先週は目に入らなかった文字だ。
手の中の封筒は、白ではなく、かすかに灰色がかっている。差出人欄に機械の活字で来週のあなた。その下に小さく、
用途:先取り返却(未消化の後悔)
返却期限:来週の土曜
差出時刻:金曜 23:58
二分だけ未来ににじむインク。封を切ると、紙は一枚。見慣れた自分の字で、見覚えのない場面が並ぶ。
月曜の朝、会議室Aで**「はい」と言わない。
火曜のホームで、青い袋を拾わない。
水曜20:05の非通知**には出ない。
三度迷ったら、四度目は遅れて入る。
読み終えたら封を閉じ、今の君へ返すこと。
“今の君”に返す——つまり、まだ起きていない後悔の返本だ。
喉の奥が乾く。これは助け舟か、それとも貸し借りの始まりか。
駅を出ると空気は夏の名残りをわずかに含み、午後には薄く雲が広がる。
封筒を胸ポケットに入れたまま一日を過ごし、夜。
20:05。机の上の電話が鳴る。表示は非通知。紙に書かれていた文字が、冷たい金属のように胸の奥で硬くなる。
出れば、たぶん、頼まれごとだ。
“ちょっとだけ資料を直して”“月曜の冒頭で説明を”——そういう小さな「はい」が積もって、あなたは来週の金曜23:58にこの手紙を書く。
出なければ、誰かが別のやり方で埋めるのだろう。
三度、迷う。
四度目、僕は——
出ないことにした。
ベルは止まり、静けさが戻る。すぐにメッセージが一通。
先ほどは失礼。田中が引き受けたから、月曜は予定どおりで。
胸ポケットの封筒が、ほんの少し軽くなる。
ロッカーに戻る。扉の内側に封筒を差し込み、小さく告げる。
「返します。これは、まだ起きていない僕の“後悔”です。」
鍵穴の周りが温かくなり、表示が切り替わる。
返却を受理しました:差出時刻 23:58 → 受理時刻 20:12
差出時刻より先に、返却が成立したらしい。
紙の余白に、見落としていた一行が浮かぶ。光の角度で現れる、薄いインク。
「“はい”と言ってしまった世界の僕が書いた。君が返してくれたら、来週の僕は書かなくて済む。」
未来の僕が書いた“後悔”は、先に返され、順番を入れ替えて世界の端をなめらかにした。
誰かの負担が増えたのかもしれない。けれど、それは“僕ではない誰かの仕事”というより、別の配分に過ぎない、と今は思う。
扉を閉める。青いランプがわずかに脈打ち、静かに消えた。
もしあなたなら
もしあなたなら、未来の自分が書いた“後悔”を先に受け取ったら、どう使いますか?
次回予告
#4 「延滞料」──返却が間に合わない“昨日”にも、支払い方があるらしい。
