週末タイムロッカー #1「返却期限:昨日」
無人駅の一角、土曜の朝だけ青いランプが灯るコインロッカーがある。
鍵番号は000。硬貨は要らない。
必要なのは、先週の自分が失くした“勇気”だけだ。
土曜の九時、ロッカーの列で000だけが点灯している。
鍵穴に指を差しこむと、カチ、と乾いた音が戻ってきた。開いた扉の中には、薄い封筒。表には赤いスタンプでこう押されている。
返却期限:昨日
昨日? 間違いだろうと思いながら封を切る。中の紙は一枚。クセのある自分の字で、見覚えのない文面が並んでいた。
夕方の雨、改札前で赤い傘を拾わないで。
左の列に並ばないで。
それから、三度ためらいが出たら、四度目は立ち止まること。
読み終えたら封を閉じ、昨日の君へ返して。
“昨日の君”に返す方法なんて、あるはずがない。けれど、手紙の最後に短い追伸があった。
P.S. できなかったら、また来週。
その一文だけ、滲んでいる。まるで何度も同じ雨に濡れたように。
夕方、予報どおり空は暗くなった。改札へ向かう階段に、赤い傘が一度転がり、誰かの足元で止まる。拾わなければ濡れてしまう。拾えば、きっと助かる。駅員の声が遠くで響いて、左の列が早そうに見える。
ポケットの中で封筒が折れ、指先に小さな痛みが走る。
三度ためらった。……四度目、僕は——
拾わなかった。傘は持ち主の手に戻り、階段で足を滑らせかけた少女は、ひと呼吸遅れて踏みとどまった。僕の肩は濡れたが、大事には至らない。
改札では、右の列がなぜかするりと進む。左の列は荷物検査の臨時対応で詰まっていた。
胸ポケットの封筒をもう一度読む。文字のクセは、間違いなく僕のものだ。けれど一行だけ、今の僕には書けない文がある。
「この手紙は、“拾ってしまった世界の僕”が書いている。」
どうやって? 答えは扉の内側に貼られた薄いプレートにあった。
週末タイムロッカー
取扱品:失敗の記憶(返却のみ)
ロッカーは未来から届くのではない。先週の失敗が“返本”される。
封筒を戻して扉を閉じると、表示が切り替わる。
返却を受理しました:昨日
僕は気づく。ここで救われているのは、たぶん僕だけじゃない。誰かの“昨日”の上に、僕の“今日”が立っている。
もしあなたなら
もしあなたなら、濡れる覚悟で拾わないを選べますか?
次回予告
#2 「鍵番号000」──扉の裏に、もうひとつの鍵穴が見つかる。
