ヴァリア⑩~臆病者は、世界を変えられる~【長編小説】【完】
空が割れていた。
黒い裂け目は、昨日よりもさらに広がっている。
町の人々は不安そうに空を見上げていた。
建物には亀裂が走り。
大地は微かに揺れている。
まるで世界そのものが悲鳴を上げているようだった。
「これが……」
結城は空を見つめる。
「世界の歪み」
隣でノエルが答える。
「人々が恐怖から逃げ続けた結果だ」
「逃げた結果?」
ココが尋ねる。
ノエルはうなずく。
「この世界では、選択が未来を作る」
「勇気ある選択は未来を進める」
「だが恐怖に負け続ければ、その可能性は澱となって蓄積される」
黒い裂け目を見上げる。
「あれが歪みだ」
結城は息を呑んだ。
世界は壊れかけている。
もう時間がない。
その時だった。
空から何かが降ってきた。
黒い光。
巨大な影。
人々の悲鳴が響く。
「来たか」
ノエルの声が低くなる。
裂け目の中心から現れたのは、人の形をした巨大な存在だった。
黒い身体。
赤く輝く目。
絶望そのものを形にしたような姿。
「何なんだ」
結城が呟く。
すると影は答えた。
「我は歪み」
重い声が世界を揺らす。
「人々が捨てた勇気」
「人々が選ばなかった未来」
「その全ての集まりだ」
ココの顔が青ざめる。
倒して終わる相手ではない。
世界全体の問題だからだ。
影は笑う。
「人は臆病だ」
「傷つくことを恐れる」
「失敗を恐れる」
「だから逃げ続ける」
そして巨大な腕を上げる。
「この世界はいずれ終わる」
黒い波動が広がった。
建物が崩れ始める。
人々が逃げ惑う。
ココは震えた。
怖い。
どうしようもなく。
怖い。
すると結城も震えていた。
拳が小さく揺れている。
ノエルも静かに目を伏せる。
三人とも恐れていた。
だが。
「結城」
ココが呼ぶ。
「……うん」
「怖いね」
「ああ」
正直にうなずく。
逃げ出したくなる。
全部投げ出したくなる。
それでも。
結城は前を見る。
「でも」
彼は笑った。
「怖いから終わりじゃない」
ココの目が見開かれる。
結城はゆっくり歩き出す。
「俺はずっと勘違いしてた」
最初、この世界に来た時。
勇気とは恐怖がないことだと思っていた。
強い人だけが持てるものだと。
けれど違った。
「ココ」
「うん」
「お前は優しい」
涙を流しても。
傷ついても。
誰かを助けたいと思った。
その心は間違いじゃなかった。
「ノエル」
「何だ」
「お前は正しかった」
危険を考えること。
失敗を恐れること。
それも必要だった。
そして。
結城は胸に手を当てる。
「勇気ってのは」
一歩前へ出る。
「優しさを捨てないことでも」
もう一歩。
「恐怖を消すことでもない」
さらに進む。
「怖くても」
声を上げる。
「進むことだ!」
その瞬間。
眩しい光が結城を包んだ。
世界が反応する。
空が震える。
無数の未来が現れる。
逃げる未来。
諦める未来。
負ける未来。
そして。
進む未来。
結城は迷わなかった。
「俺は!」
剣を掲げる。
「進む!」
光が走った。
ココも立ち上がる。
「私も!」
ノエルが続く。
「私もだ」
三人の光が重なる。
その輝きは町中へ広がった。
人々が顔を上げる。
震えていた者。
逃げていた者。
諦めていた者。
みんなが思い出す。
かつて選べなかった勇気を。
失っていた一歩を。
光は世界全体へ広がった。
黒い歪みが揺らぐ。
「馬鹿な……」
影が初めて怯む。
「勇気とは特別な力ではない」
結城が言う。
「誰にだってある」
ココが続く。
「優しさも」
ノエルが言う。
「恐怖も」
三人は笑う。
「全部持ったまま進めばいい」
世界が輝いた。
黒い裂け目に光が流れ込む。
次々と修復されていく。
歪みが叫ぶ。
「やめろおおおお!」
だが止まらない。
人々の選択。
人々の勇気。
未来への意志。
それらが世界を支えていた。
やがて。
裂け目は消えた。
黒い影も静かに崩れる。
「そうか……」
最後に影は微笑んだ。
「勇気とは……」
消えていく。
「前へ進むことだったのか」
そして。
世界に静寂が訪れた。
数日後。
空は青かった。
町も元に戻り始めていた。
結城は広場に立つ。
「終わったな」
「うん」
ココが笑う。
以前より少し強い笑顔だった。
ノエルも隣にいる。
「これからどうする?」
ココが尋ねる。
結城は空を見る。
この先も失敗するだろう。
怖くなるだろう。
迷うだろう。
それでも。
「進むよ」
そう答えた。
ココがうなずく。
ノエルも小さく笑った。
三人は歩き出す。
未来へ向かって。
エピローグ
人は弱い。
人は怖がる。
逃げたくなる。
けれど。
勇気とは。
恐怖がないことではない。
優しさを捨てることでもない。
恐怖と優しさを抱えたまま。
それでも一歩を踏み出すこと。
だから。
臆病者でも。
世界は変えられる。
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