「noteを書く」とは「運が良い自分」に一票を投じること。
なんのためにnoteを書くのだろう。
めんどくさい時や、時間ない時。現実でうまくいってない時。そう思い込んでるだけの時もある。)
やったってなんも変わらないって虚無感に襲われる時もあるんです。
それでもなんで投稿するんだろうか。
なんのためにnoteを書くのかというテーマは、何度も書いたけど、最近もう一つ思い浮かんだ。
それが「運を良くするため」
noteを書くと、運が良くなる。
そもそも運が良いってなんだろう。
・なぜか困った時に助けてくれる人がいる
・なぜか挑戦したいときに良い情報が入ってくる
・なぜかチャンスが巡ってくる
noteを書くと、気分が少し前を向きます。思考が整理されて、自分の気持ちに気づきます。
応援してくれる人が現れます。書く力も向上するし、結果的に自身にもつながるかもしれません。
noteを書くからこそ自分を取り巻く状況が、少しだけ上を向いていく。
逆いうと書かないと、
どんなに良い知恵を持っていようと、どんなに良い理念を持っていようと、どんなにスキルがあろうと。
誰にも気づかれない。自分も届け方が分からない。チャンスに気付きづらくなる。
それは多分、「運が悪い」ということに繋がるのではないか。
そう考えると、
noteを書くことは、運の良さに一票を投じてるのと同じ。
書くから運が良くなるのだ。
極論だろうか。でも「運が良い」と言われる人はnoteだけでなく、いろんな場面で何かを積み上げてるのではないか。
・誰もやりたがらない雑務をやる人は、信頼が集まる。
・散歩をすると、気持ちが安定する。
・優しくサポートする人には、協力者が現れる。
・発信を続けると、届ける力が向上する。
きっと見えないところで、誰にも評価されなくても、
「運が良くなる行動」に一票を投じ続けてるはず。
それが大きな結果にたまたま繋がった時、
「あの人は運が良い」と言われるのだ。
noteを書くのも、体を動かすのも、雑務をやるのも、めんどくさいって思う時がある。
それはみんな同じ。
だけどそれでも、
「意味ないかも」という虚無感に流されすぎず、
「だからこそ今日もやる」を繰り返す。
政治で投票に行くように、積立投資をするように、
「運が良い自分」に一票を投じる。
そう捉えると、なんだか楽しい。
