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【エッセイ】Kくんのこと

世紀末と新世紀がもうすぐやってくるってあたりの頃、路上ミュージシャンブームがあった。ゆずとか19、コブクロやサスケなんかが路上からデビューした頃だ。

ぼくは新宿方面でバイトをしていて、そこでKくんという大学生と出会った。Kくんもゆずとか19が好きで、ぼくらはあっという間に意気投合した。カラオケに行って、ゆずの「てっぺん」という曲をKくんは歌った。

六大学出のインテリの坊っちゃんには
四回死んでもわかんねえだろうけど
おまえらがトップにいるのなら
この世のトップにいるのなら
目指す道はただ一つ
最強のバカになってやる

ゆず「てっぺん」

と歌い出したあと、「六大学に通ってるけどね」と笑った。Kくんはそのあと、SOFFetの「人生一度」を歌った。

「生きる」という義務課題を難なくこなすが
実は何が大切か彼は気付かない
喉が渇いたときにはもう水はない

SOFFet「人生一度」

順風満帆のように見えるKくんの内面にも、何かモヤモヤしているものがあるような気がして、ぼくはKくんがますます好きになった。

ぼくがギターを弾いているっていうことを言うと、Kくんは「じゃあ、路上でゆずとか19やってみない?」と言った。そうして、バイト終わりや休みの日に、ぼくとKくんは路上デビューに向けて、練習することになった。

バイトは20時くらいに終わって、そこから真っ暗な新宿の戸山公園の「箱根山」と呼ばれる小高い丘で終電まで練習した。何度かの練習を経て、ぼくらはいざ、路上へと向かった。

高田馬場の駅近く、商業ビルの1階のパン屋さんの前にぼくらは座り込む。パン屋さんのシャッターが降りると、ぼくはギターをケースから取り出した。めちゃくちゃ緊張する。

「やっぱ、やめる?」

と、ぼくが怯む。Kくんは、柔和に笑って言う。

「なんでも経験だから」

その言葉で、ふっと身体がゆるんだ。それからぼくらは、歌い出した。はじめに歌ったのは、ゆずの「連呼」という曲だ。Kくんはハーモニカを吹いた。

なんでもないのに涙が出てくるのは
きっと本気で誰かと笑いたいだけなんだ

ゆず「連呼」

なんども練習して、ソラで弾けるようになったそれを、ふたりで歌う。誰も足を止めない。誰も聴いていない。だけど、楽しい! 気持ちいい!

歌い終えて、顔を見合わす。Kくんの顔は晴れ晴れとしている。それはぼくの鏡のようだった。

「次、どうする?」
レパートリーはもうない。

「ゆずは初めて路上でやったとき、キャンディーズの「春一番」しかできなかったから、そればっかりやってたらしいよ」

それに倣って、「連呼」ばかりを連呼する。気が付いたら終電だった。

「楽しかったね!」
「楽しかった!」
それ以外、何もなかった。ぼくらはそれから毎週のように練習をして路上で歌った。ときには酔っぱらいに絡まれたり、なぜか知らないけど、ギターケースに5000円をぽんっと置いていってくれる人がいたり(歌いながら、思わずお辞儀をしてしまった)、オリジナル曲をふたりで作ったり、バイト先の飲み会の場で歌ったり、とにかく楽しんだ。

なにか新しいことを始めようとすると、どうしても怯んでしまうぼくに、Kくんはいつも言った。

「まあ、なんでも経験だから」

ギターを背負って青春18切符で一緒に旅にも出た。あれは、「雷波少年」でBluem of Youthが出てた頃か。「恋のバカンス」を旅の途中で歌った。

そうしているうちに、Kくんは大学を卒業したし、ぼくもバイトを辞めた。連絡先を交換していたはずだけれど、携帯電話を落として水没しまったのをきっかけに、Kくんとは連絡が取れなくなってしまった。いつでも会えると思っていたけど、それから、もう会えなくなった。

それでも、なにかに怯むとき、ぼくはいつでもKくんの言葉を反芻していた。

「まあ、なんでも経験だから」

「経験をする」ということが、生まれたわけなのかもしれない。そう思えていつも勇気が出た。Kくんの声にずっと励まされている。

東京での思い出はそれだけではないけれど、ぼくがまだ歌ったり、なにかを怯まずにやろうと思えるのは、そんな東京があったからなのだ。

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