【エッセイ】きみが大きくなる前に
思春期以降の自分は、それほど好きではない。たぶん過剰に自分に期待して、その期待まで届かない自分と対峙していかなければなからかったからだ。
他人にとっては薬で治る風邪だとしても、自分にとってはずっとこじらせ続けている病気のようなものが、誰しもあるような気がする。
けれども、だからって今の自分に絶望しているかって言ったら、そうでもない。それはただ自分の葛藤との対峙の仕方をマスターしているからなのと、思春期以前、ぼくはとても満たされていたからなのだと思う。
そのときは当たり前のことで気付かなかったけれど、それはちゃんと愛されていたという実感をもっていたということ。
その実感ってなに? って言ったら、ぼくは両親に『見守られていた』という感覚だと思う。
なにかをしようとするときに、頭ごなしに『ダメ』とか『やめなさい』と言われた記憶がない。きっとほんとうに危機的状況のときには言われだろうけど、その手前まで、ぼくはずっと自由だった。その自由がすごく楽しかった。母や父に言われた言葉で覚えているのは、
『お天道様が見てるよ』
という言葉だ。普遍的な思想であるとあとから知ったけれど、ぼくはどんなに自由であっても、誰かが見ているっていう感覚があって、それなら人の道に反したことはできないと思ってきた。
告白するが、小学校低学年のときに万引きをしたことがある。ともだちに誘われたのだ。スーパーで、100円もしないお菓子を一個、万引きした。誰にも言わずにいたが、『お天道様が見ている』と思ったら、そのことが、とても苦しくなった。そのとき、してもいいこと、してはいけないことは、『だれかをしあわせにするか』ということだと思った。見守っているのは、親だけではない、社会だけではない、すべてから見守られている。その中で、自分をしあわせにするものは、自分や誰かを苦しめるものではないと、わかった。
『三つ子の魂、百まで』という言葉があるが、こども時代のそれが、どんなにそれ以降に悩んだり苦しんだりしたとしても、礎になっているようだ。
逆にいえば、どんなに悩もうが苦しもうが、結局『しあわせ』にしか帰れないのだと気付いてしまった。
だからぼくは、いまこうして生きている。自分が好きとか嫌いとかいう価値観ではなくて、結局、しあわせの中で、悩んでいるだけなんだと。
人生は、安全ベルトをちゃんとしめて、点検もちゃんとして、安心して絶叫できるジェットコースターとして、楽しめるんだと。
どこまでぼくの両親がそのことをわかっていたのかは、わからないが、ぼくの『自由』を、危なかっしいながらもギリギリまで見守っていたことが、ぼくにとってすごく重要なことだった。
だから、ぼくも息子に、ギリギリまで『自由』でいてほしい。そのために『見守る』。息子の人生の邪魔はしない。息子の人生は息子のものだからだ。
障害があるゆえ、その見守ることを一人ではできない。妻とふたりでも足りない。それこそ、すべての人に見守ってもらいたい。それは大げさかもしれないが、『お天道様が見ている』のだから、という気持ちで、子育てをしたい。
その結果が、息子をどういう人生にするのかわからない。ただ、ぼくは、心に帰れる場所を持てた。そのことは、伝えていきたいと思う。
きみが、大きくなる前に。
やまだめぐみさんの企画で書かせて頂きました。
こどものしあわせについて考えることは、自分のしあわせについて考えることだと気が付きました、ありがとうございます。
