母親にならなかった私が、甥っ子から受け取った宝物。鯉のぼりを見上げる横顔に、涙した日
私は、昔から子どもが得意ではなかった。自分みたいな子どもを目の当たりにしたとき、どう接したら良いか分からなくなるからだろう。だから自然と、友達の子どもにも会わないようにしていたのかもしれない。
そんなとき、妹が子供を産んだ。実の妹が新しい世代に生命をつなげるなんて。しかも、こんなに早い年齢で。私の心はもちろん嬉しさで溢れていたけれど、その奇跡のような驚きを、どう処理すれば良いのかわからずにいた。
初めて妹の子どもに会いに行ったとき。まるで宇宙人のような顔をしていて、妹の身体から出てきたとは到底信じられなかった。
触れてしまったら、次の瞬間には壊れてしまうのではないか。そう怯えるくらい小さな身体。私は恐る恐る、自分の人差し指をその小さな胸元へと近づけてみる。
すると、まだ世界を捉えていないはずの細い5本の指が、私の指をきゅっと力強く握り返してくれた。一生懸命に息をしているその体温が、指先から心臓へと真っ直ぐに伝わってくる。
あぁ、赤ちゃんて、なんて無垢なんだろう。
その日を境に、私は親戚のおばちゃんとして、かなりの頻度で甥っ子に会いに行くようになった。
一緒にアンパンマンを見たり、膝の上に甥っ子を乗せてピアノを弾いたり、一緒にご飯を食べたり。たくさん抱っこもした。でもやっぱり、お母さんじゃないと泣き出してしまうので、眠い時の抱っこは妹にお任せする。
それから甥っ子は少しずつ人を認識できるようになり、意思表示もできるようになった。甥っ子には、多いときは毎週、少ないときは月1くらいのペースで会いに行くように。
しかし、何度甥っ子に会いに行っても、最初の1時間くらいはずっと人見知りをする。おやつをあげたり、ご飯を食べたりしているうちに馴染んでくるけれど、また次に会いに行くときは最初からやり直しだ。
それはなんとなく寂しい気がしたけれど、年頃の男の子だし、あくまで私は叔母さんだし、私は甥っ子にとって、そこまで感情移入する相手ではなかったのだろう。このとき、お母さんという存在がいかに偉大かということを痛感した。
そんなふうに甥っ子と過ごす時間は、いつの間にか5年になろうとしている。
私のことは「ゆいちゃん」と呼ぶし、「大好きだよ」とまで言ってくれるようになった。電波が通っていない壊れたケータイ電話を耳に当てて、「ゆいちゃんに電話してるんだ」と言うこともあるそうだ。
先日、鯉のぼりで空が覆い尽くされる地域のお祭りに行った。訳あって妹夫婦は来れず、私と夫と甥っ子の3人で鯉のぼりを堪能した。私はそのとき、鯉のぼりを真っ直ぐな目で見る甥っ子を見て、なぜだか涙が溢れてきた。
理由はわからない。だけど、ただ、健やかに育ってくれて良かった。それだけでいい。ずっと甥っ子のままで、たまに振り向いて笑ってくれたら。そう思いながら、甥っ子との時間を過ごした。

そうして、いつもと同じように甥っ子とお別れする時間が来た。私は次の週から遠く離れた場所に引っ越すことになっていたが、そのことは直接甥っ子に話していなかった。
だけど、何かを察した甥っ子は私に聞いた。「ゆいちゃん、次会えるのいつ?」と。
これまではコンスタントに会えていたけれど、これからは同じ頻度で会うことはできない。それでも私は、「またすぐ会えるよ」と答えた。
すると甥っ子は、「遠くにいても、ゆいちゃーん!って呼ぶから、ちゃんと聞いててね」と言った。それを聞いた私は、どこに居てもちゃんと聞こえるよ、大丈夫だよ、と心の中で何度も返事をする。口に出してしまうと、涙が溢れそうになるから。
小さく指を握り返してくれていた甥っ子。会うたびに人見知りをしていた甥っ子。今では、私の心の拠り所になっている。
甥っ子は、周りの大人よりも圧倒的な速度で成長している。優しくて、誠実で、少し傷つきやすい。でも、私はそんな甥っ子の笑顔をずっと守り続けたい。どんな性格に育っても良い。あなたが幸せでいてくれるなら。
子ども嫌いだったはずの私が、いつの間にか甥っ子を何よりも大切にしていた。生命が次の世代に繋がっていくことへの尊さを知った。何よりも、本当の愛というものを少しだけ知ることができた。
私は「お母さん」という立場ではないから、子育ての大変さも、親子の幸せも、全て知っているわけではない。分かったつもりにもなれない。それでも、私はあなたに貰ったものがたくさんある。
こんな気持ちにさせてくれた甥っ子はもちろん、甥っ子を産んで育ててくれた妹。そして妹をサポートしてくれている妹の旦那さんや両親に感謝しかない。大切な笑顔を、どうかこれからも守れますように。
遠くに居ても、甥っ子の声が届きますように。
