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第1話 俺のモブ降格人事 : 告白は満天の星空の下で ──しかし打ち切りまで4話

朝起きて洗面台の鏡を見たら、俺の目が「・(点)」になっていた。
比喩ではない
物理的に、マジックペンでチョンと突いたような真っ黒な点なのだ。

「……は?」

パニックになりながら鏡に顔を近づける。

おかしい。
昨日まで俺の瞳には、ラブコメ主人公特有の『強い意志を秘めたハイライト』が、ホワイト液のポッテリとした質感とともに、一粒の輝きとして描き込まれていたはずだ。

それが今やどうだ。
光の一粒も反射しない。
それどころか、よく見るとインクの乾きが甘かったのか、中心部が少し滲んでやがる。

髪型もヤバい。
毎朝30分かけてワックスで散らしていた無造作ヘアが、一本一本の毛流れを無視したベタ塗りの黒一色。
いわゆる『塗りつぶし』に退化している。
筆ペンで一気に塗りつぶしたのか、生え際の境界線にはみ出しを修正した「修正液(ホワイト)」の跡が、乾いてひび割れた地層のように白くこびりついていた。
輪郭線のペン入れも心なしかガタガタだ。
ペン先に紙の繊維でも挟まったまま引いたのか?

「俺の……俺の作画カロリーが、通行人Aレベルまで落ちてる!?」

作者が腱鞘炎で倒れて、急遽、絵の描けない担当編集が不慣れなミリペンで描いているのか?

わけがわからないまま、俺はとりあえず学生服を着た。
だがこれも酷い。
昨日まであったはずの「肘のシワ」を表現する細いハッチングが一本もない。
安物の製図用インクをドバッとぶちまけたような、漆黒の平面だ。

「……クソ。でも、まだだ。まだ寝ぼけてるだけかもしれない」

俺は、自分の存在の希薄さに怯えながら、家を飛び出した。

通学路の曲がり角。
前方に、見慣れた後ろ姿を見つけた。

幼馴染であり、俺が(設定上だけでなく、マジで)ずっと片思いしているこの漫画のメインヒロイン、水沢結衣だ。

彼女の後ろ姿だけは、今朝も完璧だった。
サラサラと流れる髪の毛一本一本が、極細の丸ペンで丁寧に紡がれている。
作者の執念を感じるその線は、紙の凹凸を拾って、繊細かつ官能的な艶を放っていた。

「よぉ、結衣! 今日も寝癖ついてんぞ! お前ホントそういうとこドジだよなー!」

俺は不器用に距離を詰め、いつものように茶化しながら彼女の肩をポンと叩いた。
15週間かけて築き上げてきた、黄金のテンプレ反応を期待して。

ここで結衣は、顔をこれ以上なく赤く染めて、「なっ!? べ、別にあんたに見せるために整えてるわけじゃないんだからね! バカ洸太!」と叫ぶ。
そのツンデレな怒声こそが、俺たちの恋が進展している唯一の証だった。

──だが。

結衣は、スマホから一切目を離さずに、フラットな声で言った。

「あ、おはよう神崎君。ごめん、ちょっと道あけて。背景の邪魔」

「……えっ?」

神崎君?
え、待って。
俺たち、昨日まで「洸太」「結衣」って下の名前で呼び合ってたよね?
1話の『雨の日の傘忘れイベント』で、相合い傘をしながらお互いの距離を測った、あのアナログならではの「トーンの重ね貼り」の温もりを忘れたのか!?

ツンデレの「ツン」とかじゃなくて、純度100%の「他人に向けたそっけなさ」。今の彼女にとって、俺はただの電柱やガードレールと同列の、背景の隅に転がる「描き込みのゴミ」に過ぎないのだ。

「ちょ、結衣さん? 今日えらく当たりが……」

「おはよう、結衣ちゃん。今日も可愛いね。一緒に学校行こうか」

俺がすがりつこうとした瞬間、聞き慣れない爽やかな声が横から割り込んできた。
振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
サラサラの茶髪。
キラキラと輝く、大きな瞳。

その瞳の中には、複数のホワイトが丁寧にドット打ちされ、まるで宝石のような光沢を放っている。
制服のシワから革靴の光沢に至るまで、全身に凄まじい「インクの量」が割かれている。

全身から、乾ききったばかりのインクの匂いが漂ってきそうだ。
しかも、背負っている背景すら違う。

俺の背後がただの白い紙の地肌なのに対し、そいつの背後には『爽やかな朝の光と舞い散る桜の花びら』の特殊効果トーンが、カッターの先で一枚一枚丁寧に切り抜かれ、完璧な角度で貼り付けられていた。

いや、今、作中の季節は秋だぞ。
どこから季節外れの桜を降らしてんだお前。
設定すら「イケメン補正」という暴力で書き換えられている。

「あ……おはよう、神宮寺君……っ」

おい待て結衣!
なんだその、少女漫画の最終回間際みたいなキラキラした乙女の顔は!!

俺が15週連続でアタックし続けてもピクリとも動かなかった好感度メーターが、初対面の転校生相手に一瞬で限界突破(カンスト)してんじゃねえか!あまりの好意の集中っぷりに、結衣の顔面がアミトーンの三枚重ね貼りでモアレ(印刷のボケ)を起こしかけてるぞ!

その時だ。
ヒラヒラと、空から一枚の紙切れが落ちてきた。
点(・)になった目でそれを拾い上げると、そこには作者の汚い殴り書きで『新章突入! テコ入れキャラクター相関図』と書かれていた。


【新主人公:神宮寺 司(じんぐうじ つかさ)】
・容姿端麗な転校生。圧倒的主人公力。※作画は丸ペンを新調して気合を入れること!

【メインヒロイン:水沢 結衣(みずさわ ゆい)】
・神宮寺に惹かれていく美少女。
※旧主人公(神崎)との幼馴染設定は、読者アンケートで「地味」と不評。カッターで削り取って『ただのクラスメイト』に設定変更。

【主人公の親友(モブ):神崎 洸太(かんざき こうた)】
・神宮寺と結衣の恋を応援する、お調子者のキューピッド役。
※作画コストの無駄なので、目はサインペンで点(・)を打つだけでいい。基本は画面の端で棒立ちさせ、賑やかしのセリフだけ吐かせること。

【作者メモ】
新主人公の名前、神崎と「神」が被っちゃったけど、まあいいか。読者も「神宮寺の方が強そう」ってすぐ分かるだろうし。
神崎はもう「神」ってガラじゃないから、名字のトーンも砂消しゴムで削り取れ。


「…………」

状況を完全に理解した。
俺と結衣のラブコメ漫画は、先週の読者アンケートでついに最下位を取ったのだ。
そして、打ち切りという名の「作品の死」を回避するために編集部が下した延命措置。
それが、「新主人公の投入」と、俺の「モブ降格人事」だった。

ふざけるな。
俺がどれだけ、この「点(・)」になる前の瞳で結衣のことを見てきたか。カラス口で一本一本引いた枠線の内側で、どれだけ泥臭く彼女の笑顔を守ろうとしてきたか。

「読者ウケ」なんていう曖昧なインクの染みみたいな理由で、俺の初恋をなかったことにされてたまるか。
ぽっと出のイケメンに好きな女をかっさらわれて、俺は画面の端っこで「お前ら、本当にお似合いだな!」って顔を赤らめて笑うだけの、便利な舞台装置になるのか?

ご丁寧なことに、俺の名前の「神」の字には、もう砂消しゴムの痕跡(けば立ち)しか残っていない。

「……見てろよ、アンケート至上主義のクソ作者。そして編集部」

俺は、自分を定義していた設定資料を、点(・)の目のままビリビリに破り捨てた。
こんな「キラキラした青春の引き立て役」として惨めに、かつ省エネ画質で生き長らえるくらいなら……いっそ、この原稿用紙ごとゴミ箱に叩き込んで終わらせてやる。

俺は、爽やかに談笑しながら歩く神宮寺と、その横で頬を染める結衣の後ろ姿を、点(・)の目でスナイパーのように睨みつけた。

「俺が、お前らの浅はかな『テコ入れ青春ストーリー』を完膚なきまでに破壊してやる」

どうせ、結末(プロット)はもう決まってるんだろ?

最終回のタイトルは確か、『告白は満天の星空の下で』……だったか。

ふざけるな。
誰がそんな、真っ黒なベタにホワイトで点々を打っただけの綺麗な最終回を迎えさせてやるか。

ロマンチックなラブコメ展開? 感動の告白シーン?

上等だ。

俺が全部のコマに乱入して、物理的にぶち壊して、ペン先を折って、シュールギャグの焼け野原にしてやる。
次週のアンケートで圧倒的「不快」票を集め、このクソ漫画を最短で『ご愛読ありがとうございました!』の余白に追い込んでやるからな……!

こうして、元主人公(現・低コストモブ)による、意地と初恋をかけた「自爆型・打ち切り工作」が幕を開けた。


(次回予告)
ラブコメの王道イベントといえば「突然の雨」そして「相合い傘」だ。
ふざけんなクソ作者、俺の時は3ヶ月間一度も雨降らせなかったくせに、都合よくアイテム錬成してんじゃねえ!
神宮寺と結衣の甘ったるいイチャイチャ空間を、俺が物理的にぶち壊して、読者のヘイトを極限まで集めてやる!

残された話数は、あと3回。……3回でやってやる。
次回、第2話。『ロマンチック相合い傘破壊作戦、ならびに謎のシュールギャグ路線への爆速突入』
……見てろよクソ作者。最速で終わらせてやるからな!


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