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「そうなんだね、つらかったね」が効かない子もいます

「そうなんだね、つらかったね」
この言葉を、何度もかけてきた方がいると思います。本に書いてあった、誰かにすすめられた、だから、心をこめて言った。
けれど、子どもの表情がふっとくもる。そんな経験はありませんか?「共感が効かない」。そう感じる瞬間はたしかにあります。

私が保護者会で集めてきた、1,000枚を超える本音カードは、子どもたちが手書きで書いた声にならない声です。その中に、こんな一枚があります。

相談は無意味 「そうなんだね。」「辛かったね。」って言われてもなにも解決しない

子どもたちが書いた本音より

分かってほしくて、子どもは口を開きます。けれど「そうなんだね」「つらかったね」が返ってくるだけだと、何も解決しないと感じて心を閉じる。こんなお子さんの反応は、矛盾しているように見えて矛盾していません。

共感が無意味なら、「次」は解決策ですか?

すると多くの大人が、急にハンドルを切ります。共感がだめなら、アドバイスだ。じゃあどうする?こうしてみたら?と。しかしながら、子どもが欲しがっているのは、共感の「次」です。「次」とは、解決策ではありません。詳しくお伝えするために、もう一枚の本音をご覧ください。

中途半端な同情はいらない

子どもたちが書いた本音より

「中途半端な同情はいらない」は、大人からすると胸が痛い言葉です。書いたお子さんの指先の冷たさが、こちらまで伝わってきます。分かってもらえた。でも、そこで止まってしまう…。お子さんの気持ちだけなでても、実は何も動きません。その中途半端さが「いらない」という言葉になります。

共感はゴールではなく入り口です

共感とは、分かってあげるための言葉ではありません。隣に座り直すための〝入り口〟です。イギリスの心理学者ナオミ・フィッシャーさんは、追いつめられた子に必要なのは正しい助言より、「安心できる土台」だと言います。土台ができて初めて、子どもは自分から動き始めます。

つまり共感した後、すぐ答えを出さなくていい。お子さんの隣に座ったまま、一緒に困ってみる。それが共感の次となる「その先」です。正解を渡す人ではなく、分からなさに付き合う人。お子さんが本当に待っているのは、「分からない」「困っている」などの感情を、一緒に共有できる人なのかもしれません。

届かないのは、あなたのせいではありません

ここまで読んで、自分の声のかけ方が悪かったと思った方は、決してそう受け取らないでください。むしろ、ここまで言える方は、すでに優しい関わりができています。言葉が届きにくいのは、愛情が足りないからではありません。今は子どもの心が、正解を受けとれないほど消耗しているだけです。

余力のない心には、どんな名言も入っていきません。それは親の問題ではなく、子どもの状態です。けれど、状態は変わっていきます。

言葉を足すより、隣にいる

そのため新しい言葉を覚えなくて大丈夫です。「そうなんだね」と言った後、次の言葉ですぐにうめようとしない。沈黙の中に、ただ一緒にいる。受けとめて、待って、隣にいる。それだけで「無意味」は、いつか「ちゃんと聞いてもらえた」に変わります。もしそう思える日が来たら、お子さんは自分の言葉で話し始めるかもしれません。

こうした子どもたちの本音を、毎朝7時半に一つずつ置いています。よかったら、また会いにきてください。それでは皆さん、今日も一日機嫌良く。

※「機嫌良く」は、無理に笑うことではありません。今日の自分を、責めないでいること。それくらいの意味です。


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