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不登校のメリットが分かる自分と、分からない配偶者

不登校期間の中で、我が子が確かに変わっていく姿を見てきた。
自分にはそのメリットが分かる。でも配偶者には伝わらない。
そんなすれ違い、ありませんか。

見ている景色が、そもそも違います

同じ子どもを見ているのに、片方は変化に気づき、もう片方は気づかない。
これは、愛情の差でも理解力の差でもありません。

観察している時間の量が、そもそも違うんです。

日々そばにいる側は、小さな変化を毎日積み重ねで見ています。
朝の一言が増えた。表情が柔らかくなった。前より笑うようになった。
一つひとつは小さくても、積み重なると確かな変化として見えてきます。

外で働き、時々しか関われない側にはこの積み重ねが見えません。
見えているのは「学校に行っていない」という一点だけです。

「メリット」という言葉が、誤解を生みやすい

ここで、伝え方にも一つ落とし穴があります。

「不登校にもメリットがある」という言い方は、聞く人によって「不登校を肯定している」と受け取られがちです。
特に、学校へ行くことを当然としてきた世代には、この言葉自体が引っかかりになります。

伝えたいのは「不登校が良い」ということではありません。
「この子は、この時間の中で確かに育っている」ということです。
言葉を変えるだけで、受け取られ方は大きく変わります。

説得ではなく、同じ景色を見てもらう

配偶者を「理解させよう」とすると、たいてい話は平行線になります。
理解は、説得では起きません。
同じ景色を見たときに、初めて起きます。

だから伝え方も、説明より共有に近づけるほうが効きます。

「今日、こんなことがあったよ」
「前より、こんな顔をするようになったよ」

結論を伝えるのではなく、日々の一コマを見せる。
小さな景色をいくつも共有していくうちに、配偶者の中にも積み重ねができていきます。

親にできる3つのこと

ひとつ。「メリット」という言葉を、具体的な事実に置き換えることです。
「メリットがある」ではなく「今日、こんな変化があった」と伝えます。

ふたつ。1回で分かってもらおうとしないことです。
自分が数か月かけて気づいたことを、配偶者は数分では気づけません。
積み重ねには、同じだけの時間が必要です。

みっつ。「分かってもらえない」ことを、失敗にしないことです。
今は見えていなくても、いつか同じ景色に気づく日が来ます。
その日まで、小さな景色を渡し続けるだけで十分です。

理解の差は、愛情の差ではありません。
見てきた時間の差です。
その差は、責めるものではなく、埋めていくものなんですよね。

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このnoteでは毎朝7時半に、不登校のお子さんとの関わりのヒントをお届けしています。
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#不登校 #不登校児の親 #不登校の母 #しいな先生

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