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不登校に名前がついた夜、ほっとしたのは私でした。

「うちの子、たぶんHSPなんです」
そう口にしようと、ふと肩の力が抜けるのを感じたことはありませんか。「起立性かもしれない」「繊細な気質なのかもしれない」と、名前がついた途端に胸の奥の黒い雲にようやく輪郭ができる。

ずっと私は、そんなほっとする感覚が「子どものために調べた成果」だと思っていました。けれど保護者会で同じ表情の方を何人も見てきて、少しずつ気づいたことがあります。おそらく「名前」が付いて楽になったのは、子どもではなかったのです。

分かったから安心したのか、分からないのが怖かったのか

子どもが学校に行かなくなって半年経ち、理由を聞いても「わかんない」しか返ってこない。その「わかんない」に、親が先に耐えられなくなるケースが多いです。夜中にスマホで検索して、それらしい名前を見つけて「これだ」と腑に落ちる。子どもを理解したのではなく、「分からない」という怖さから降りたかったのかもしれません。

名前を付けて安心したのは、分かったからじゃなく、分からないことが怖かったからです。余力が枯れていく中で、ほんの少しだけお子さんから目を逸らしていたのかもしれません。

これは悪い親だから起きるのではなく、宙ぶらりんな状態に人は長く耐えられないからです。そして耐える余力が枯れてきた時、心の中で一番求めているのが「名前」になります。名前を探してしまうのは愛が足りないのではなく、余力が減っているサインです。

ふたが閉まる音

箱に入れた瞬間、ふたが閉まる音がします。私はこれを『安心の箱』と呼んでいます。閉じ込めたのは、子どもではなく私たちの不安です。名前という箱に不安をしまうと、確かに静かになりますが、箱のふたは子どもの今さえも一緒に閉じてしまいます。箱に入れて楽になったのは、子どもではなく私たち大人だったんです。

自分でもわからないんだから まわりがわかったようなこと言わないで

子どもたちが書いた本音より

子ども本人ですら、自分の輪郭を探している途中です。そこへ大人が名前を先に差し出してしまうと、子どもたちは探そうとする意欲にストップをかけられたと思ってしまいます。

保護者会で配られる本音カードという、1,000枚を超える子どもたちの言葉があります。本音カードを何度も読んできて分かったのは、子どもたちは診断名を否定しているわけではせん。ただ名前の決めつけの速さに、自分自身が置いていかれたと言っています。

安心の箱を開け始めているなら

名前そのものが悪いわけではありません。本人が自分を理解する手がかりにには、むしろ支えになることもあります。いつかお子さんがその名前を選び取る日が来たら、もう箱という存在ではなく、お子さん自身の言葉になっているでしょう。

問題は、誰かの不安を閉じ込めるために使っていないか、です。子どもの輪郭を見るための窓口にするのか?私の不安にふたをするための箱にするのか?同じ言葉だけれど、向き一つで変わります。

では、ふたを少しずらすにはどうすればいいでしょうか。実は、すでに子どもたちは答えを出しています。

何も言わないで 話だけを聞いてほしい。

子どもたちが書いた本音より

「名前を付けない」のではなく、名前を言う前にお子さんの輪郭をもう一度見ること。分からないまま、隣にいるだけで十分です。側から見ると何もしていないように見えますが、実は一番難しいことです。思いが届くかどうかは、お子さんが決めます。それでも、隣に座っていることはできます。

子どもの言葉を聴く

とはいえ、ずっと黙って聞くのができない日もありますよね。目を離してしまった時には、自分自身を責めたくなるかもしれません。それでも毎日お子さんをしっかり見つめて、隣でそっと寄り添ってきた人だけが目を離せます。お子さんを見続けてきたから疲れるのであり、余力が枯れた日の精一杯の自衛でもあります。だからできなくても大丈夫です。もしふたの音に気づけたら、すでに箱を開け始めているでしょう。

そこで今日は、一つだけお伝えします。もしお子さんに診断名などの名前を言おうとしたら、まずは飲み込んで、話をただ聞いてみてください。それだけでも違うはずです。

今回紹介した本音カードは、毎朝7時半にnoteに置いています。気が向いた朝にでもご覧くださいね。それでは皆さん、今日も一日機嫌良く。

※機嫌良く、というのは、無理に笑うことではありません。分からないままを抱えながら、今日もお子さんの隣に座っていられる。そんな肩の力の抜け方だと思っています。


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