不登校の子の「好きなこと」は、大丈夫のサインとは限りません
夜中に子ども部屋の明かりがついています。
のぞくとまた本を読んでいる。
「好きなことがあるならまだ大丈夫」と思いながらドアを閉めた夜、ありますよね。
「好き」の中にまで、物差しが入り込む
学校に行けない時期でも好きなことがあると、親は少しほっとしますよね。
絵を描いている。小説を読んでいる。
学校は無理でも、この子には好きな世界がある。
そう思える時間は、親にとっても救いです。
私は保護者会で3,500の家庭と向き合ってきました。
子どもたちが寄せてくれた本音カードは1,000枚を超えています。
その中に、こんな声があります。
好きなことに自信が持てなくてつらい
── 中高生の本音カードより
好きなことをしているのに、つらい。
子どもの中ではいつのまにか「うまくなきゃ」「役に立たなきゃ」という物差しが、好きの中にまで入り込んでいるんですよね。
学校を離れても、採点だけがついてくる。
そういうことが、実際に起きています。
本を閉じた瞬間に、現実が戻ってくる
もう1枚、続きのような声があります。
小説を読んだり好きなことをしていると嫌なことを忘れられるが、それが終わるとすごく不安になったりする
── 中高生の本音カードより
好きなことは、痛み止めに似ています。
効いている間は嫌なことを忘れられます。
学校のこと。友だちのこと。この先のこと。
本の世界にいる間だけは、考えなくてすみます。
でも薬が切れた瞬間に、現実がどっと戻ってきます。
本を閉じる。ペンを置く。部屋が静かになる。
そのとき不安は、前より大きく感じられたりするんですよね。
だから夜ふかししてでも続けたくなります。
楽しいからというより、やめると不安が来るからです。
親から見れば「遊んでばかり」の時間。
その正体は、痛みをしのいでいる時間なんですよね。
応援が、避難所を試験会場に変えてしまう
ここで、親子のすれ違いが生まれます。
わが子に好きなことが見つかると、うれしくて応援したくなります。
「それを仕事にすれば?」
「絵の学校に行く道もあるよ」
好きを未来につなげてあげたい。
その気持ちは、愛情そのものです。
でも子どもにとって好きなことは、評価から逃げてきた避難所です。
そこに進路や上手い下手の物差しが入った瞬間、避難所は試験会場に変わってしまうんですよね。
逃げ場だったはずの場所で、また採点が始まる。
好きなことがつらくなるのは、そういうときです。
親が悪いのではありません。
応援の向きが、ほんの少し早かっただけです。
親にできる3つのこと
ひとつ。好きなことを進路や成果につなげないことです。
子どもが自分から言い出すまでは、好きは好きのままにしておく。
ふたつ。「上手だね」より「楽しそうだね」と声をかけること。
上手さをほめると物差しが顔を出します。
共有に物差しはいらないんですよね。
みっつ。終わったあとの時間に、そばにいることです。
本を閉じたあと。夜、部屋から出てきたとき。
不安が戻ってくるその時間こそ、雑談やごはんの出番です。
中身のない話でかまいません。
現実に戻った先に、責める人がいない。
その安心が積み重なると、痛み止めはただの「好き」に戻っていきます。
今夜、子ども部屋の明かりがついていたら。
「まだ起きてるの」の代わりに、そっと麦茶を1杯置いてみてください。
本を閉じたあとの世界は怖くない。
そう思える夜から、子どもは静かに回復していきます。
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このnoteでは毎朝7時半に、子どもの内側で起きていることをひとつずつ言葉にしています。
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