GATEKEEPER第3話

「俺が、門番に?」

差し伸べられた手に困惑したレトに対し、ゼンは面倒そうに頭を掻いた。

「数日前に大規模な戦闘があってな、門番の数がだいぶ減ってもうたんよ」

「おまけにうちの最高戦力は出張中。現場に出れる奴は一人でも多い方がええ」

「それが、付け焼き刃の素人でも」

左側だけ長い前髪の隙間から見えた鋭い瞳がレトを射抜く。

「てか自分、断れる立場やないで」

「頷かなかったら……?」

一瞬でレトの目の前まで距離を詰めたゼンは左手に握った銃をレトの額に押し当てにやりと笑う。

「ここでぶち抜く」

張り詰めた空気に息を呑んだレトは口を開く。

「金、稼げる?」

「門番ほど稼げる仕事はこの世界のどこにもあらん、ちゅうかこの状況で金の心配かい!」

「……俺母親と二人暮らしなんだけど生活に余裕があるわけじゃないから、稼いで母さんに楽させたいんだ」

「でも俺馬鹿だし出来る事なんて身体張るくらいしかなくて、死灰の清掃バイトしてたんだけど……門番になって稼げんなら、あんたの部下になりたい」

「それに、」

銃口を正面から受け止めたレトはゼンを真っ直ぐ見つめる。

「俺も、誰かのヒーローになりたい」

「……ハッ」

門番がヒーローと呼ばれるのは、門から溢れる死灰から人類を護るから。子供の頃から画面越しに見ていた真っ黒な背中は多くの人々にとって希望であり、憧れでもあった。鼻で笑ったゼンは銃を仕舞い車の方へ歩き出す。

「ほんなら行くで」

「は?どこに、」

「決まっとるやろ、現場や現場」

後部座席に乗り込んだゼンは続いて乗り込んだレトに足元を指差す。

「お前はここ」

「席空いてんだろ」

「お前にはそこがお似合いや」

「はあ!?……ハイ、すみません、乗ります」

銃口を向けられ大人しく足を抱え座り込んだレトに、車は動き出す。

「ほんで自分何して食われてん」

「猫」

「は?」

「だから、黒い猫に思いっきり右腕丸ごと食われたんだよ!そいつ門番に会わせろってずっと言ってて、」

「ちょお待て、話しとったんか」

「そうだけど」

瞬間表情が険しくなったゼンにレトは話を続ける。

「でも悪い奴には見えなかった。俺が死にかけた時に言ったんだ、自分は人の可能性を信じているって」

「俺を食ったのも助けてくれたんだと思う」

「助ける、ねぇ」

その時、突然ドアが開きゼンに蹴飛ばされたレトは地面に転がり込む。

「何し、危ね!」

待ってましたと言わんばかりに襲い掛かってきた死灰の攻撃を間一髪で交わし右腕で食らう。

「おー、悪ないな」

「お前ふざけんなよ、っくそまた来た!」

降ろされたのは大通り。真っ黒な服装の門番たちが戦闘を繰り広げていた。そこら中に死灰が溢れ、墨のように真っ黒な血が飛び散り道路を染めている。怪我をした門番や、彼らがいた後を示す制服だけが風に攫われている。先程とは比べ物にならないほどの戦場にレトは襲ってくる死灰を払いながら息を呑む。

「この戦場で生き残ったら門番にしたる。死んだらそこで終わり、名前も知らんからお前の死体はその辺転がしとくわ」

開いた窓から声をかけてきたゼンは笑いながら窓を上げる。

「ほんなら頑張りい、ヒーロー志望の一般人くん」

閉め切った窓に車は離れていく。

「あの、くそ野郎!」

追いかけようにも死灰が邪魔をし、レトは再び右腕を振り上げる。腕は大きな口となり鋭い牙を出して死灰を食らっていく。足元を這う蜘蛛型の死灰にスライディングしながら口を開け飲み込み、待ち受けていた大型の死灰に噛みつくも歯が立たず、倒れかけた電柱を手に上から打撃を与えた。死灰は衝撃で揺れ頸動脈を狙い再び噛みつく。瞬間そこから墨のように真っ黒な血がレトの顔面を汚し前が見えなくなるも歯を深く入れ噛み千切る。しかし、抵抗され飛んできた腕に受け身を取りながら宙を翻った。

「かってぇなおい!」

もう一度、踏み切った足で高く跳び上がり銃弾のような攻撃を右腕で受けながら頭を狙い上から噛みつく。

「頭ごと食ってやるよ!」

ごきっ。首の折れた音に死灰の身体は倒れていく。腕は死灰の頭を咀嚼し口の端から灰がさらさらと零れ落ちていった。

「次はどいつだ!」

頬を拭い死灰の群れに突っ込んでいく様をゼンは車の中から眺めていた。不意に上に何かが落ちてきた音が聞こえ伸びてきた手が窓をノックする。わずかに開けた窓から聞こえたのは能天気な声だった。

「あの子見た事無いけど所属どこですか?」

車の上に座り込んだ男の結んだ黒髪は短いながらも風に揺れていた。ニコニコした表情の男にゼンは溜息を吐く。

「所属も何も、ついさっき拾ってきたばっかのガキや」

「え、門番じゃないって事?」

「協力的な死灰に食われて奇跡的に能力得た小僧」

「わお、そんな事もあるんだー」

「もうちょい驚くか何かせえや!」

「驚いてますよー一応。でもそれにしては随分と戦闘慣れしてるから」

二人の視線の先、レトは襲いかかる死灰を倒し門番を救っている。

「養成学校で五年も鍛錬してきた新人の任務にぽっと出のあの子が飛び込んで彼らの方が助けられてるんですもん。あれで奇跡的は無理ありますって」

「運動神経が異常に高かったのかな、それが良いように作用した。でもあの口やばいですね、変形型でもあんなにグロテスクなのは初めて見たかも」

黙るゼンに男は口を開く。

「例の死灰の能力ですか?」

「恐らくな」

「あらら、僕らが確保する前にあの子が力を得ちゃったのか」

首筋、ハイネックから僅かに見える羽の模様を無意識に掻いた男にゼンは目を逸らす。

「ちゅうかお前指揮官ちゃうんか、何サボっとんねん」

「嫌だなぁ前場さん言ってたじゃないですか」

ヘラヘラと笑う男は懐から煙草を取り出し口に咥えライターで火をつける。

「指揮官は手を出すな、例え誰かが死んだとしても、って」

吹き出した煙にゼンは頬杖をつく。

「このレベルについていけない門番は世界で二番目に危険な都市、エリア13で生きる事は不可能。活動が緩やかになった新宿第七ノ門でもきつい」

「確かに僕ら門番は万年人不足だけど、それは生き残れるだけの強さを持つ門番が百人に一人くらいしかいないから。後は皆、必死こいてヒーロー目指しても一瞬で死ぬようなモブにしかなれない」

灰を被りながら止まる事なく戦闘を続けるレトに男は感心した様子で煙草を咥える。

「前場さんあの子が生き残ると思って新人の中にぶち込んだでしょ」

「何の事やねん」

「いや、違うな」

他の誰よりも死灰を倒すレトを目で追った男は口を開く。

「人的被害を最小限に抑えるためにあの子をぶち込んだ。相変わらず先見の明がありますね」

「……お前こそ人の心読む能力でもあんのかい」

ふと上空に視線を向けると新たな死灰が現れる。

「お」

それは蝙蝠のような羽を生やした大型だった。


「何だあれ!?」

上がった息を整えながら死灰の合間を縫い食い殺していたレトは同じく上空に視線を向けた。大型は口を開く。

「避けろ!」

誰かの言葉が聞こえたと同時、口から放たれた光線は複数に分かれ門番を焼き殺す。

「いやああああ!!」

「隠れろ!!早く!」

目の前に飛んできた光線を後ろに宙返りをして避けたレト。しかし飛んでくる光線は一寸先を焼き尽くしていく。

「くそ、あの距離は届かねぇっ」

視線の先、怯えて動けなくなった門番の女が震えているのが目に入る。

「早く立て!」

「出来ないっ、足、動かないっ」

「っあーもう!!」

左手を伸ばし女の腕を掴んだレトは彼女を引っ張る。しかし、死灰は再び口を開きエネルギーを溜めた。

照準はレトたち。

「あ、ははっ終わりだ、もう終わりよ!!」

光線が飛んでくるのを迎え撃つため、レトは女の前に立ち右腕の口を大きく開いたその時、轟音が鳴り響いた。

「え」

大型の羽を刺した小さな銀色のナイフに男の声。

「ばんっ」

瞬間雷が大型に落ち一瞬で丸焦げになり地面に落ちる。死灰は灰になり、残された銀色のナイフに呆然としていたレトの肩を叩いたのはゼンと話していた男だった。

「お疲れー、いい戦いっぷりだったよ」

「は、何だお前……」

「生き残った新人はどのくらい?重症負った子は明日からうち以外の配属でしたっけ、前場さん」

後ろから歩いてきたゼンは気怠そうに首を回す。

「おー六区基地から転属や、戦えんやつはうちにいらん」

「はい、ということで皆お疲れ様ー。医療班が来るから怪我人は現地待機、動ける子は明日からもよろしくね」

レトを一瞥したゼンは溜息を吐く。

「何でお前がピンピンやねん」

「悪いかよ」

「この戦闘はね、六区基地の新人全員の腕試しをする任務だったんだ」

「六区基地?」

「前場さんそれも説明してないの?」

「すぐ死ぬと思っとったから」

「っまじでお前!」

「あはは」

男はにっこりとレトに笑いかける。

「僕の名前は伝斐カナタ。エリア13第六区戦闘基地所属の二等門番」

「で、前場さんは六区基地の代表。一番偉い人」

「まじ……?」

「エリア13は六つの区にそれぞれ基地があって代表がいる。それを取りまとめるのが地下中央基地の総帥」

「ここはエリア13の中でも戦闘が絶えない地区になるからふるいをかけてたんだけど」

「生き残った君の名前は?」

「五獅、レト」

「だって、前場さん。これは責任取らないとね?」

「見習い申請すんの面倒やわ」

歩き出したゼンに笑いながらカナタはレトと向き合う。

「おめでとう、君明日から門番だよ」

「!!」

目を瞬かせたレトに、ゼンは欠伸を噛み殺す。

「カナタ、そいつの世話任せた」

「あ、僕のチームなんだ。楽しくなるね」

そしてレトに、手を伸ばした。

「よろしく、レト」

「っああ!」

左手で、カナタの手を取った。



『現在横浜を飛行中。到着まで――』

飛行機の座席に、真っ白な服を着て整った顔立ちの十代後半ほどの少女が座っていた。スマホの画面でメッセージを送り足を組みなおす。画面には少女とゼンの姿が映っており、窓の外から見えたエリア13に宝石のような薄紫の瞳を瞬かせた。

「ただいま、くそったれの故郷」

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