GATEKEEPER第2話

「おーい、そろそろ休憩だぞ!」

頬を擦りつなぎを着た灰だらけの青年、五獅レトは顔を上げた。視線の先にはひび割れた地面の上に形成された高い壁。透明のドームが揺らぎ、摩天楼が見える。蓋をするような形で頂点に門があり、近くて遠いエリア13がレトの目に映っていた。

「灰は一ヵ所に、何か見つけたらすぐ報告だ」

現場を指揮している男に従い真っ黒な灰の詰まったゴミ袋を両手いっぱいに抱え収集トラックに投げ入れる。

「相変わらず力持ちだなお前」

「普通っすよ普通」

慣れた手つきでゴミ袋を投げ入れていくレトに周囲の男たちが感心する中、不意に現場指揮をしていた男に名前が呼ばれそちらを振り返る。

「五獅、お客さんだ」

男の後ろには制服姿で髪を高い位置にまとめた女子生徒、赤城ツバキの姿があった。彼女を見た男たちはニヤニヤしながらレトを小突く。

「彼女さんがお呼びだぞー」

「ちげぇよ」

「照れてんなあいつ」

「若いねぇ」

飛び交う冷やかしの声に溜息を吐きながらもレトはツバキの元に駆け寄り、二人はその場から離れる。エリア13から伸びた六本の道路の入口のすぐ近く、橋の下に腰を下ろしたレトは灰塗れの髪を搔き上げた。

「何で来たんだよ」

「また学校サボってるから」

「だってつまんねぇし」

「つまんないって……そもそもあんた叔母さんに学校行ってくるって嘘ついてバイトしてるのどうかと思うんだけど」

「それ言ったらお前もこの時間にここにいる時点でサボりだろ」

「残念、今日は午前で終わり……勝手に食うな」

「エリア13の外縁部に落ちた死灰の清掃バイトは馬鹿でもやれる。ただ灰を集めるだけだからな。時たま門番の遺品が見つかったりするけど」

苛立った様子のツバキにレトはビニール袋からおにぎりを取り出し食べ始める。

「一時間一万円、日当八万。それに引き換え学校は行っても金にならないんだから答えが出てんだろ」

「……命を懸けるにしては安すぎるわ」

「命も何も、中に入るわけじゃねぇんだし実際の戦闘に巻き込まれる事なんてゼロに等しいんだぞ」

「でも、ゼロじゃない」

ツバキの言葉にレトは手を止めた。

「それに門番でもない人間が灰に触れ続けたらどうなるかくらい、分かってるでしょ」

視線を逸らしたレトは再びおにぎりを食べ始める。

「大して勉強も出来ないくせに、人付き合いも悪くて、おまけに馬鹿みたいに食べるあんたが家系を圧迫するから高額バイトを始めた事くらい私には分かるけど」

「悪口言いに来たの?お前」

「あんたに何かあれば叔母さんが一人になっちゃうじゃない……」

しんみりとした表情のツバキにレトは食べていた物を全て口の中に詰め込み立ち上がる。そしてツバキに背を向け後ろ手で手を振り歩き始めた。

「母さんには黙っとけよー」

「ちょっとレト!」

伸ばした手は灰だらけのレトのつなぎを掴めなかった。一人置いて行かれたツバキはその場に立ち尽くし溜息をつく。

「……何か起きる前に叔母さんに言いつけてやるんだから」


「これはボーナスの予感」

午後の清掃作業が始まりレトは先日戦闘が起きた場に大量の灰が山のように積み重なっているのを見つけ出す。

「全部一人で片付けたら追加ボーナス入んじゃん、ラッキー」

鼻歌交じりでシャベル片手にゴミ袋に灰を詰めていたその時だった。

「ぷはっ」

「は!?」

灰の中から一匹の黒猫が顔を出したのは。

「何でこんな所に……」

星のように輝く黄金の瞳を持った猫は首を傾げる。ゆっくりと灰の中から引っ張り出してやると、猫はレトの足元を歩くが歩き方がどこかぎこちない。

「お前怪我してんの?」

足を引きずるような仕草にレトは猫を抱え直す。すると後ろから声が聞こえた。

「五獅ー何かあったか!?」

「な、何もないっす!」

瞬間的に猫をつなぎの中に隠したレトは慌てて周囲を見渡す。壁のすぐ傍であるこの場所には誰もおらず、清掃バイトもあまり近づこうとはしないため猫の存在がばれる事は無かった。

が、

「貴様五獅というのか」

「は」

「下の名は?我を助け出した人間の名くらい聞いておいてやろう」

声の方向へ視線を降ろすと、そこにはつなぎの中でこちらを見上げる猫。

そう、猫。

「え、あ、は」

「えあはというのか?」

「猫が喋ったーー!!!!」

悲鳴に近い叫びを上げたレトに離れた場所に立っていたバイトリーダーがこちらを向くも慌てて首を横に振る。何ともない振りをしてつなぎの中から猫の首根っこを掴み出した。

「お前まじ!?喋んの!?猫って喋れんの、それとも俺の頭がイカれちゃった!?」

「うるさいぞ小僧」

「いって!」

鋭い猫パンチが額に飛びレトは蹲る。再度名前を聞いてきた猫に名を伝えれば、ふむと考える様子で目の前に座った。

「門番に用があるのだが案内出来るか」

「はぁ??」

「無理に決まってんだろ、ここら辺の門番は皆この壁の向こうエリア13の中だ。入れるのは門番関係者と許可を得た市民のみ、一般人は近づく事すら許されないんだぞ?」

防御壁を見ながら答えたレトに対し猫は何故か首を傾げる。

「なんだよ」

「貴様、門番ではないのか」

「はぁ?」

「我の言葉が分かるという事はお前も門番だろ」

「何言ってんだ、そんなわけ」

ないだろ。続く言葉は突如として聞こえた爆発音により遮られた。音の方向から砂埃が舞い、叫び声が耳をつんざく。人の声とも違うその叫び声はテレビの中で何度も聞いた音。

「死灰だ!逃げろ!!」

誰かの声にハッとしたレトは慌てて猫を抱え上げる。

「おい!」

「黙ってろ!」

猫を抱え走り出した背後、犬や鳥、人の形を模した真っ黒な死灰の姿が映り込む。

「まじかよ……!」

エリア13の方向から警報が鳴り響き、逃げるしかない清掃バイトたちに死灰が襲い掛かる。

「嫌だ助けてくれ!」

「やめて、誰か!!」

「うわああああ!」

レトの前を走っていたはずの男たちが飛んできた死灰に殺されていく。足を止め振り返るも死灰はレトを挟み撃ちにして襲い掛かって来た。

「っ!」

飛んできた死灰を踏み台に、高くジャンプしたレトは空中で身体をひねり死灰の攻撃をかわす。着地した瞬間目の前に立ち塞がった死灰を足で払い転ばせ、犬の形をした死灰たちにゴミ袋を投げ視界を奪う。目をくらました死灰の隙間を縫い駆け出したレトに猫は叫ぶ。

「穴だ!穴の中に入れ!」

「はぁ!?逆効果だろ!」

「中に入れば門番がいるのだろう!?ならば助けを求め逆に入る方がいい!それに貴様の並外れた運動神経なら死灰を交わしつつ逃げ切れるはずだ!」

「無茶苦茶言ってくれるなこの猫!」

襲い来る死灰の攻撃を間一髪で交わし続け、開いた穴からエリア13内部に飛び込む。砂埃が舞う中、瓦礫を跳び越え走り続けるとビル群が顔を出した。

「これが、エリア13……」

「足を止めるな馬鹿者!」

息を呑むレトに猫の怒号が響き渡る。瞬間、目の前に現れた死灰に慌てて道路を駆ける。死灰は少なくなるどころか増え続け、レトを追いかけ回す。

「何でこんな追われんだよ!」

「……狙いは我だ」

「じゃあお前捨てれば何とかなんの!?」

「捨てるな!必ず門番の元まで届けろ!」

「ふざけんなこちとら一般人だぞ!」

「一般人がそこまで動けるわけなかろうが!」

走りながら猫と言い合っていた次の瞬間、

「は」

死灰の攻撃で吹っ飛んできたテレビアンテナに身体が当たり、先が腹に刺さった。

宙に浮かぶ身体、血飛沫が飛び最後の力で猫を遠くへぶん投げる。

「五獅レト!!」

地面に叩きつけられ、上から降って来た瓦礫の隙間、僅かに見えていた光に、意識を手放した。


遠くから名前を呼ぶ声が聞こえた。遠のいていた意識が覚醒していく。全身が動かず唯一動かせた右腕は声の方向に手を伸ばす。そこにいたのは先程の猫だった。

「……お前、何で戻って来てんだよ」

「俺、もう死ぬぞ……腹にアンテナぶっ刺さってるし、右腕以外動かせねぇんだ」

血塗れのレトに猫はゆっくりと近づいてくる。

「貴様、何故我を投げた」

「……やんなきゃいけねぇ事あんだろ。だから投げた」

「悪意ないとは言い切れないのにか」

「よく分かんねぇけど、俺にはお前が悪い事するためにいるとは思えねぇ」

猫は瞬きを繰り返し呆れた様子で溜息を吐いた。

「我も貴様もあ奴も、次ぐ次ぐ阿呆しかおらんの」

「何言って、」

「五獅レトよ。我は人の可能性を信じている。どれだけ惨めな戦いに身を投じても、人は抗い続ける事が出来る生き物である」

猫の口が変形し大きく開かれる。

「貴様がそれを見せてくれ」

そして、レトの右腕を食いちぎった。


次に目を開けたのは瓦礫の上だった。知らぬ間に腕が変形し最後に見た猫の口のように大きな口と化している。集まって来た死灰はレトの瞳を見て悲鳴を上げた。その瞳はあの猫と同じ、星のような輝きを持つ黄金の瞳だったから。

「何かよく分かんねぇけど、助けられたって事だよな」

猫の姿は無くボロボロだった身体はいつの間にか元に戻っている。

「じゃあとりあえず、お前らぶっ潰さねぇとな!」

瞬間、飛び出したレトは右腕の大きな口を振り被り死灰を食らい尽くす。ゴキゴキと口の中で音を立てた死灰は端から灰になって漏れていった。一瞬の出来事。あれほど追いかけて来た死灰は全て消え、道路の真ん中で立ち尽くすレト。

「……意味分かんねぇ」

その場に倒れようとした次の瞬間、

「そこの銀髪止まりぃ」

黒塗りの車が止まり中から背の高い金髪の男が出てくる。

「お前うちの門番ちゃうな、どこ所属や」

「所属も何もねぇけど、何か猫に腕食われたらこうなった」

「まじ?お前それ死灰の遺伝子組み込んで力を得とるやん。能力譲渡やぞ」

「え」

「門番協会以外の能力譲渡は国際法で禁止されとる、破ったら死刑」

「死刑!?」

「おー死刑」

焦るレトに男はにんまりと笑いながら近づいてくる。

「死刑にならん方法、一個だけあんねんけど」

「何……」

そして手を差し出した。

「オレの名前は前場ゼン。エリア13の門番や」

「お前、オレの部下にならん?」


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