【ひとり旅日記】東京でもできることを、イスタンブールでする
4カ月ぶりにイスタンブールへ降り立った。
最終目的地はヘルシンキなのだけど、イスタンブールで長い乗り継ぎ時間があるのだ。

ヘルシンキへの直行便もあったところ、ほとんど迷わず経由便を選んでいた。「ついこのあいだ歩いたばかりなのに、私はまだイスタンブールに行きたいのか」とすこし呆れながら。
そんなわけで、このnoteではイスタンブールを歩いた7時間のことを書く。
まあまあ遅くてまあまあ高いバスに乗る
朝5時半。入国審査官に「メルハバ!」とあいさつをした瞬間、戻ってきた実感が湧き、思わず顔がゆるんだ。

サバサンドのぶんだけ現金を引き出して市内へ。今回の旅は、しっかり観光したかった前回とは違い、カフェとサバサンドが目的だ。
出発前に空港から市内までのアクセスを調べていたとき、最も早くて最も安い移動手段であるメトロが運休中だと表示された。ところが、現地に着いてから調べると、その注意書きは消えている。
もしかして、もしかすると、今日は動いているのだろうか。あまり期待しないようにと自分に言い聞かせながら、駅に向かった。

駅の入り口が100メートル先に見えてきたとき、それ以上近づかなくてもわかった。見間違いようがないほど完全に封鎖されている。
ここは、まあまあ遅くてまあまあ高いバスに乗るしかない。1時間に1本の便を運良くつかまえて、めざすのはガラタ塔エリアだ。

開店するかわからないカフェの前で待つ
ガラタ塔のふもとに到着したのは7時前。お目当てのカフェ「Old Java Coffee Roasters Galata」は8時オープンだ。


東京での1時間はあっという間だけど、海外ひとり旅の1時間は長い。猫を追いかけつつ、こぢんまりしたエリアをわざとゆっくり歩き回る。それでも最後の20分ほどは、カフェの前で本を読みながら待つ時間があった。



開店20分前なのにだれもいない。半分あきらめていたけど、開店直前にスタッフさんがやってきて、無事に入店することができた。

もしかして、「ととのう」ってこれですか?
このカフェがいきなり最高であった。未経験だけど、たぶんサウナで「ととのう」とこんな感じになるんだろう。

東京の家を出て24時間近く、ほとんど何も口にせず、荷物を背負って歩き回った末に飲んだあつあつのカプチーノ。ほかにお客さんはいなくて、店員さんがかけたBGMは1曲目から好みだ。店内にはふわっと風が通り、置かれた植物の緑がやけにクリアに映る。窓の外にはさっきから全然動かない猫の丸い背中。時間の流れが目に見えそうなほどゆっくりだった。

東京では、何かをしながら別の何かを考えている時間ばかりだ。歩きながら仕事のことを考えてしまうし、カフェでぼーっとしているように見えても、頭のなかでは次の予定を気にしている。でもいまだけはただ音楽を聴きながら風に吹かれていられた。

これまで、自分が旅先でカフェに行くのは、その土地の生活を見たいからだと思っていた。今回、その趣味の解像度がすこし上がった気がする。私はカフェの店員さんの生活を見るのが好きなのだ。
外国人が開店待ちをしていて焦ったのか派手にソーサーを割り、Airpodsを耳に入れたまま接客をし、カウンターにあごをつけてスマホをぼんやり眺める店員さんからは、この土地での暮らしが透けて見えるような気がした。

絶対食べたかったサバサンド、お味のほどは
本音をいえば、空港に戻るまでずっとこのお店にいたい。だけど、なんとかお尻を持ち上げて歩き出す。


ガラタ橋を渡り、エジプシャンバザールを通り抜けて向かったのは、サバサンドの人気店だ。13年前の旅で感動し、4カ月前の旅では泣く泣く諦めたサバサンドにリベンジである。

「これからつくるから10分待ってね」と言われたけど、もちろん10分経っても来ない。30分近く、行き交う人びとを眺めながら、ただただサバサンドの焼き上がりを待つ。

やっと手元に届き、期待とともにかぶりついたサバサンドの味は、「まあまあかな」としか言いようがなかった。拍子抜けとはこのことだ。

そもそも13年前のお店は閉店してしまっているのだし、歳を重ねれば自然と舌は肥える。思い出補正という言葉も脳裏をよぎる。旅での出会いは何もかもが一期一会なのだと、無理やりに結論づけることにした。

これが最後のイスタンブールかもしれないけど
このままフェリーに乗って移動するつもりだったけど、すこし腹ごなしが必要かもしれない。30分ほど歩いて、ブルーモスクをチラ見しに行くことにする。4カ月前にも見たばかりだけど、何度見たっていい場所だ。

モスク前に到着したのは12時。入り口に近づいてみると、次の一般公開は14時半だという文字が目に飛び込んできた。そうだそうだ、今日は金曜日。お昼の礼拝があることをすっかり忘れていた。

ブルーモスクはすっぱり諦め、旧市街エリアを経由して、フェリー乗り場に向かう。
ーー文章にするとたった1文だが、この道のりがきつかった。長距離移動のあと、バックパックを背負ったまま、起伏が激しくて人通りの多い石畳を歩き続けてしまったからだ。ふと立ち止まり、スマホのインカメで顔を見ると、色つきの日焼け止めがどろどろに溶けていてぎょっとする。


気力を振り絞ってフェリー乗り場に着くも、交通系プリペイドカードの残額が足りない。スタッフさんに「どこでチャージできますか?」と尋ねると、「あと4分でフェリー出るよ」と言いながらはるか彼方をゆびさす。
ダッシュで向かい、頭では「イスタンブールに来るのはこれが最後かもしれないから、フェリー代だけでいいや」と考えながらも、なぜか私の手はずいぶん多めの金額をチャージしていた。どうやら私は、またここに来る気らしい。

遠すぎる空港、旅の感傷を薄める説
フェリーってこんなに気持ちのいい乗りものだったのか。

人種も年齢もごちゃ混ぜの乗客がぷかぷかと運ばれていく。向かう先は通称「アジア側」、カドゥキョイだ。

外は暑かったのに、海風に吹かれれば急に寒くて、イスラム教の国を旅するときに持ち歩いている大判ストールを引っ張り出した。

カドゥキョイの目的地もカフェだ。カフェに入る前に、猫休憩を挟みながら、海沿いの「モダ地区」をぶらぶら歩いた。カフェのテラスでは人と猫がいっしょにのんびりしている。



到着したカフェは「Montag Coffee Kadıköy」。お店は2階で、「本当に?」と思うような、暗くて狭い階段をのぼっていく必要がある。でも、こういうお店は当たりだと経験から知っている。実際、小さなスペースにぎゅうぎゅうのお客さんがいた。

空港までは、15:30発のバスに乗ればじゅうぶん間に合う。でも、それを逃すとあとがない。心配性を発揮して、念のために1本早い14:15のバスに乗り込んだ。

空港までは1時間半。あまりの遠さに、空港に着くころには「まだここにいたい」という感傷がすっかり薄れていた。東京にやってくるインバウンド客たちも、成田に向かうときはこんな気持ちなのだろうか。

東京でもできることを、旅先でする
今回、定番どころには行かなかった。カフェで風に吹かれ、猫を追いかけて、思い出の味にがっかりしただけだ。

それでも、またすこし、自分の好きな旅のしかたが見えてきた気がする。
観光名所を駆け足でめぐるのも好きだけど、その土地で、東京でもできるようなことをするのがたまらなく好きなのだ。
地味な時間を過ごして、その街の空気を覚えて帰る。そんな旅を、これからも続けていきたい。

