置いてけぼりにしたあの頃の感情をやっと迎えに行けた気がした|読書感想文
正直、この本の感想は自分のことを話さずには書けない。
いや、話さずに書いてはいけない気がした。
「漫画家やめたい」と追い込まれた心が雑談で救われていく1年間(吉本ユータヌキ著)を読んで、まるで自分の過去をめくっているような気持ちになった。
優しい言葉と、かわいらしく、ほっこりさせてくれる漫画のタッチに包まれているけれど、
その内側には、裸一貫で心をさらけ出すような、真っ向勝負の本気がある。
父がいなかった家で育ったこと
僕は父が不在の家庭で育った。その代わり母が父の役割までも担ってくれていた。幼少期のころを思い出すと、目の前に手が飛んでくるシーンばかりを思い出す。
怒られないように息を潜めて、
何かを話すときも、母の顔色をうかがってばかりいた。
名前を呼ばれるだけで、びくっと体が硬直するくせがつくほどに。
でも、母はきっと精一杯だったんだと今では思う。そんなことを当時の小さい自分も感じていたんだろう。
「強くいなきゃいけない」「泣いてはいけない」そうやって自分に言い聞かせながら、なんとか心を支えてきたんだと思う。
でも今振り返ると、そのたびに本当はちゃんと泣きたかった、そんな自分を置き去りにしてきたんじゃないかと思う。
「過去をどう思うかは今からでも変えられるかもしれない」
この本の冒頭に出てくる言葉だ。
僕はこの一文に、息が止まった。
めちゃくちゃ共感したし、自分でもよくそう思っている。
でも、もしかして、
この考え方そのものが、
僕を苦しめてきたのかもしれない。
「誰も悪くない」
「父にも事情があった」
「母は一番つらい思いをしてきた」
そう思うことで、自分を納得させてきた。
でもその裏で、
あのとき感じていた感情を、
まるごと置いてきてしまっていた。
怖かった。痛かった。悲しかった。寂しかった。
本当は、誰かに「しんどかったね」と言ってほしかった。
それは、「誰か」ではなく「自分」に受け止めて欲しかったんだと思う。
「みんな、弱ってしまう瞬間がある」
ユータヌキさんが作中で語る言葉。
「弱者という人がいるんじゃなくて、みんな弱ってしまうタイミングがある」
この一文に、さらに自分がゆるむのを感じた。
弱っていた時期があっただけだし、弱っていいんだと受け止められた気がした。当たり前のことなんだけど、これが僕にとってはすごく難しかった。
置いてきた心を迎えに行けた気がした
読んでいるうちに、僕の中でも何かが「欠壊」した。
「しんどかったね。」
「悲しかったね。」
「怖かったね。」
言葉にしてみると、恥ずかしいなぁ、照れ臭いなぁと思うけど、
そう言葉にしてあげられたとき、ようやくあの頃の自分を迎えに行けた気がした。
この本は、傷を癒す本ではない。
「傷をそのまま見つめる勇気」をくれる本だ。
読んでいると、自分の中の感情とバチバチにぶつかる。
でも、読み終わる頃には、そのぶつかり合いごと、ほっこり包んでくれる。
本当にやさしい気持ちで満たされる読後感。
それも全てユータヌキさんが自分の感情を1ミリも隠すことなく、そのままを読者に届けようとしてくれてるからだと思う。
今こうやって、あの頃の置いてけぼりにした感情を真正面に受け止めながら、この文章を書けていること。
それこそがこの本を読んで、救われた証拠なのだと思う。

