<書評>『わたしとあいつ』、『生命ある若者』

『わたしとあいつ Io e Lui』
アルベルト・モラヴィア Alberto Moravia 大久保昭男訳 1975年講談社 世界文学全集102 原著は1971年発表
この酷くエロチックでいかがわしい物語は、結末に一般的なミステリーのようなオチがなく、オチを前提にしたストーリーの伏線がなく、教養小説のような主人公の心の成長はなく、政治的アピールをする社会的な主張もない、「アンチロマン」ともいうべき小説である。
そして、主人公の口癖として「昇華」と「非昇華」という用語を多用するが、そこには、ジグムント・フロイトの精神分析用語からイメージされるような、心理学的精神分析学的なものがあるわけではない。「昇華」とは、フロイトの用語に従えば、自身の持っている劣等意識を、別のものに代替(代償)することで安心を得ることである。例えば、有名かつ高額な寿司店に行けない場合、庶民的な回転寿司店で代替することや、上司に叱られた腹いせに自分の部下に八つ当たりすること、そして乳児が母乳を飲めないときに自分の指をしゃぶる行為などが、「昇華」というこの精神分析用語に該当する。
一方主人公は、社会的に安定して生活している映画脚本家であるが、映画監督になりたいという「昇華」願望(上昇志向)がある。そして、すでに「昇華」(社会的に成功)している映画プロデューサー、プロデューサーの妻である元大女優の老女、共産革命ごっこのための映画製作を企画し、その資金を提供する大金持ちの馬鹿息子や馬鹿娘、そうした政治ごっこに参加する未熟な若者(子供)、アラブ諸国大使館で秘書をしている子持ちの中年女、幼馴染の冴えない精神科医、元売春婦の妻等と、次々と非日常的な人間関係を持って行く。
こうした人間関係を持とうとするのは、自分の妻と幼馴染の精神科医を除く皆が「昇華」しているからだと、主人公は納得している。しかし、ここで主人公の多用する「昇華」という言葉は、本来のフロイト的意味合いを離れて、「自己満足」・「自己実現」をしているという意味に使われているのは、作者が故意に行ったものであろう。その証拠に、幼馴染の精神科医が指摘する場面がある。
ところで、題名にある「あいつ」というのは、「昇華」できない主人公(わたし)が、唯一他者から上位(優位)に立てるものとなっている、自らの類まれな巨根に対して主人公がつけた名前だ(他に長く威厳ある古代ローマ的な名称もある)。主人公は、自分の巨根に名を付けて会話するという一種の精神病状態になっている他、その「あいつ」の動物的な欲望に負けて、数々の性的な不祥事を起こしていく。そうした行為は、主人公が「あいつ」との口論に負けてしまった結果として描写されているが、精神分析学的に見れば、主人公の「自我」が、始原的かつ動物的欲望に満ちた深層心理からの衝動を、理性で抑えることができなかった結果だと言えるだろう。つまり、誰もが表面上は謹厳実直に生活しているように見えてはいても、心の奥底は単純かつ欲望むき出しの動物であることを象徴している。
それはまた、大物プロデューサーの性器が異様に短小なため、注射器で女に妊娠させたこと、落ちぶれたかつての大女優が若い男とのセックスだけに生きがいを得ていること、映画業界関係者の飽きることを知らない享楽的なパーティ、アラブ諸国大使館のイタリア人女秘書がマスターベーションの世界に耽溺していることなどにも表現されている。また、資本主義社会の満ち足りた生活に安住しながら、共産革命ごっこに熱狂している若者(子供)たちは、リーダー格である娘の親が持つ別荘に集まり、主人公の「反革命的行動」に対してつるし上げ(教条的な言葉による集団リンチ)をするのだが、その参加者の反応(拍手やブーイング)は、赤・青・黄の信号によって予め指示されるという茶番に、表の顔(ペルソナ)と本当の顔(自我)との隔離が表現されている。
なお、この共産革命ごっごの描写には、左翼運動が盛り上がり、数々の政治的テロが頻発した1970年代イタリアの、病んだ社会と左翼運動の偽善をあぶりだす側面も持っている。結局、イタリアにおける左翼運動とは、ここにあるような金持ちの子供たちによる一時の馬鹿騒ぎにしか過ぎなかったことを、証言しているようだ。
以上のような様々な人々との関係を通じて、主人公は、ローマの街をまるで「オデッセイアー」の如く遍歴しながら、一方的な期待を裏切られて挫折していくことで、物語が進行する。そして最後に、主人公とのセックスのみに存在する意味があるように描写されている妻の元に帰ることで、この捉えどころのない長い物語は終わる。妻は、放浪の果てに戻って来た主人公(わたし)を出迎えるのではなく、自分を常に欲望の対象としている「あいつ」だけを、無言で出迎える。それは、主人公が「あいつ」の(妻以外の女とセックスをしたいという)欲望に打ち勝った結果(「昇華」)と描写されているが、同時に「あいつ」が最も望んでいた(わたしに対する)勝利でもあった。つまり、やはり「わたし(自我)」は「あいつ(深層心理)」に最後まで勝てなかったのだ。
このストーリー全体を見れば、D・H・ローレンス『チャタレイ夫人の恋人』のイタリア版リメイクと読み取ることは可能だろう。また主人公は、社会的成功を求めて功利的に動き回り、次々と失敗を繰り返した後、その失敗の原因になった「あいつ」という深層心理に対して、理性で打ち勝ったつもりになったと描写されているが、実は、そうした遍歴は、「あいつ」が最も求めていた始原的な女性である妻の元へ帰るための「寄り道」でしかなかったと言える。つまり、チャタレイ夫人が不能の夫を棄て、性欲旺盛な森の番人の元に走ることで、人としての生きがいを見つけたのと同様であり、ジャンジャック・ルッソーの主張した「(人間は)自然に還れ!」の主張に沿っている。
なお、精神分析的な「昇華」という視点に変えてみれば、主人公の「わたし」は、「昇華」(社会的成功、自己実現)を目指して行動したが、結局自分だけの力で実現することはできず、また「あいつ」を利用して老女優に働きかけることにも失敗し、共産主義革命ごっこの子供逹には馬鹿にされ、大使館勤めの秘書とのプラトニックな関係でも、「わたし」が望む「昇華」はできなかった。しかし、「昇華」しなくてはならないという主人公(わたし)の脅迫観念は、相思相愛である「あいつ」と「妻」の結びつきという、始原的な女性――ダンテのベアトリーチェ、ゲーテのグレートヒェン――の発見あるいは再発見として、ようやく「昇華」することができたと読み取れる。ここで主人公(わたし)が、「あいつ」の助けを借りながら辿り着いた「自然」は、妻と言う「始原的な女性」であり、またユング心理学における無意識の女性像(アニマ)であったと言える。つまり、「あいつ」は始原的男性(アニムス)として、始原的女性(アニマ)を求めていた。そして、アニムスとアニマとの出会いこそが、主人公(わたし)の求めていた「昇華」であったように思う。
『生命ある若者 Ragazzi di Vita』
ピエロパオロ・パゾリーニ Pier Paolo Pasolini 米川良夫訳 1975年講談社 世界文学全集102 原著は1955年出版
映画監督として著名なパゾリーニは、また同性愛者として年下の若者に惨殺されるという悲惨な最後を遂げたことでも著名だが、創作活動の最初は、才能ある現代詩人として世に出ている。その後本作を初め、いくつかの下層階級をモデルにしたマルクス主義的な小説を書き、さらにだんだんと反カソリック的な小説を発表するようになる。そして、小説で賞を得るようになった後、もともと関心のあった美術分野から、映像の世界に移って行く。いくつかの作品で脚本を手伝った後、小説からは完全に離れてしまい、映像作家としての活動に専念していく。そうして、ギリシア悲劇などを題材にした映画を数本発表したが、詩の創作は捨てておらず、時折発表していた。しかし、いわゆる艶笑三部作(『デカメロン』、『カンタベリー物語』、『アラビアンナイト』)を発表した当時の晩年のパゾリーニは、完全に映画作家であったと言える。なお、遺作となった『ソドムの市』は、艶笑とは遠い異常性愛とカソリック批判が中心となっており、パゾリーニの作風はさらに変化していた。
私は、パゾリーニの映画では『デカメロン』が最も好きで、またこの中でルネサンスの大画家ジョットーの高弟に自ら扮したエピソードが大好きだ。この画家は、教会の大きな壁に描くテンペラ画を依頼され、徒弟たちにやぐらを組ませて下絵を描いていく。創作に熱中するあまり、神父たちとの食事に遅刻し、創作のことだけが頭の中にあるので、神父とまったく会話することもなく、黙々と食べ、すぐにまた創作に戻っていく(このシーンは、私の子供時代を思い出させた。私は、熱中していることがあると食事の時間が煩わしくて仕方なかったのだ)。そうしてある朝、光り輝くイエスと天使たちの夢を見て、それを再現すべくすぐに創作に取り掛かり、夢に見たものと同じ作品を作り上げていく。こんなエピソードになっている。
このエピソードの良さは、パゾリーニ自身が、もう完全にイタリア中世の一人の職人としての画家になりきっていることだ。そして、夢を見る姿と描く姿は、そのままパゾリーニが実際に創作行為を行っているかのように映像化されている。これは自作自演の強みだろう。実際、テンペラ画を描いているパゾリーニは、映画撮影のための演技とは思っておらず、現実にある教会の壁に画家として描いていると思っているようで、その姿は崇高ですらある。そして、創作とはこういうものだと自ら見せているような気がした。
映画の世界で、このような成功を得たパゾリーニの芸術だが、小説の中ではそこまで至っていないというのが、本作を読んだ私の正直な感想だ。パゾリーニは、小説を棄てて正解だったのではないか。実際、本作は「ストーリー性がない」などと発表当初は批判されたそうだ。たしかに、全体を貫くストーリーがない。その一方で、個々の個性が強い登場人物(不良少年たち)が、いろいろな悪行を行い、またいろいろな災難に遭い、ある者は偶然幸運を得るがすぐに失くしてしまうなどの描写が続く。さらにある者は、生まれついてから不幸の連続で、最後には災害・病気・無謀な水泳などで死んでいく。そうしたひとつひとつの不良少年の行動(生活)が、戦中戦後のローマの情景描写とともに描かれ、ただ、それだけのように読めてしまう。そこに文学的な情緒が入り込む余地はないし、そもそも表現されていないようにすら思える。
一方そうした描写の数々に、歴史的な価値を見ることは可能だろう。日本でもそうだったように、特に戦後の敗戦国における極度の混乱した世界では、街中に不良少年・少女たちがあふれ、また崩壊しすさんだ家庭がごく当たり前にあった。警察は不良少年狩りに忙しく、崩壊した家庭では貧困による喧嘩が絶えない日常となっていた。そこに不幸にも生まれてしまった子供たちは、政治や社会の動きとは無関係に、毎日が生きるための戦いの繰り返しでしかなく、希望や未来という言葉は皆無だった。死は日常にあり、友情や愛情という感覚もない。まるで、インドの最下層民のように、人間という尊厳を捨て去り、動物と同じレベルで生きていたのだ。(なお、パゾリーニは、取材の仕事を兼ねてインド旅行をしており、戦後イタリアと同じ光景を見たのではないかと想像している。)
おそらく、こうした悲惨な情景の記録に、何か文学的な趣や情緒を求めてもむなしいだけなのだろう。また、高尚な哲学的な思考や、前衛的な芸術の実験を期待するのも無理なのだ。ただ、そうした現実を、パゾリーニの目を通して記録することだけが、この「マルクス主義に影響された」小説の目的であったのだ。もちろん、小説という形を取っているから、現実そのものを忠実に採録しているのではない。そこには、パゾリーニの視線による思い入れや思考が関与して、物語を構成している。しかし、そうした「作家としての作為」が影響している範囲は極めて少ないから、本作を文学作品として読むことはやはり難しいように見えた。
ところで私は、パゾリーニの同性愛傾向が出ている箇所がないかという視点も併せて読んでみたのだが、最後までそうしたものは見つけられなかった。また、解説にあるようにマルクス主義的な主張というものも、(上述の次第はあるものの)特段強くは感じなかった。少なくとも、この小説を読んで「資本主義政府を武力革命で倒し、共産主義政権にしなければならない」と意気込むような気持が起きることはないと思うし、またそうした具体的な言葉はどこにもない。結局、この作品は、良くも悪くも「著名な映画監督パゾリーニによる、同時代として生きた戦中戦後の不良少年たちを描いた、若書きの小説」ということで収まってしまうのだろう。
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