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<Essay>オリンピックが嫌いだ

 二年に一回、夏または冬のオリンピックの時期になると、日本中は「勝て、勝て、ニッポン」で狂乱する。普段は、日本とか日本人を忌避する発言をしている人たちも、ひとたびオリンピックになると奇妙な愛国心を発露して、オリンピックの開催期間中は、日本代表の選手たちに「なにがなんでも金メダルを取れ!」と猛烈に叱咤激励する。

 しかし、根が天邪鬼で、しかもお祭りに伴う大騒ぎが嫌いな私は、オリンピック期間中は、とても不快な気分で日々を過ごすことになる。私は、普段は日本とか日本人に対して高く評価してやまないのだが、ことオリンピックになってしまうと、途端に非国民化してしまう。それはなぜだろうかと考えたら、たぶん私は日本が再び他国を戦争状態になった場合でも、その時だけ戦争に協力的でない非国民になってしまうと思うくらい、熱狂とか世間の風とか流行とかいうものとそりが合わないからだと、改めて気づいた。

 ところで私は、ラグビーが大好きなのだが、2019年に日本でラグビーのワールドカップが開催された時、開催前まではラグビーはマイナーな(しかも、汚い・きつい・危険の3Kとも蔑視された)スポーツだったから、日本でワールドカップが開催されることに多くの人々は無関心だった。それがいざ開幕し、さらに日本代表がベスト8入りする活躍をした途端、流行と金儲けに敏感な芸能人などが、それまでは、野球だ、サッカーだと言っていたのが、急に「実は私ラグビーが好きなんです」などと言って、しかもそうしたラグビー音痴を逆手にとった「にわかファン」と称して、ラグビーを自らの商売ネタにし出した。

 また日本中でも、急激に一過性のラグビーブームが起こって、一部の選手をスター扱いする現象が起きたから、芸能人がラグビーをネタにするのは自然なことだった。もちろんこれはブームだから、短期間で消滅してしまい、今は昔のとおりに「ラグビー?そんなスポーツあるの?」という世界に戻っている。最も酷かったのは、新型コロナウィルス感染防止策が実施されていた時期で、この時は、私は戦前戦中の日本で同じ状況になったと思っているのだが、いわゆる国民の相互監視制度が成立して、「マスク警察」なんて人々がそこら中に自然発生し、マスクをしない人を誹謗中傷する事例が多発した。そもそも、マスクは感染予防よりも感染した人が他人を感染させないために使用するものであるのだが、何かそれさえしていればどんな病気も防げる上に、周囲の人たちに対して配慮していることを証明する免罪符になるという、まるで「隣組」、「大政翼賛会」のようなイメージになっていた。

 この時に、ラグビーは身体接触が多いスポーツとして、まるで感染源のように喧伝され、ラグビーは即刻中止すべきだと言われて、実際試合や大会がことごとく中止された。かつてのワールドカップの一時的流行が去り、さらに新型コロナウィルス感染防止策によって、日本のラグビーは、以前のようなマイナースポーツに戻されたのである。

 しかし、私はマイナイスポーツに戻った現在のラグビー環境が嫌ではない。ラグビーの試合を観戦するときに、往復の電車が猛烈に込み、スタジアム内ではトイレも売店も常に長蛇の列で、さらに騒々しい応援合戦を強制され無理矢理聞かされることもない、今のラグビー観戦の環境は、私には心地よいレベルにある。また、一部の選手を芸能人扱いすることがないのは、ラグビー選手には好ましい環境だと思う。かつてはメディアでの露出が少ないと、そのまま情報不足につながっていたのだが、今はインターネットがあるので、日本だけでなく世界のラグビー情勢を瞬時に知ることができる。マイナースポーツであっても、経済面での問題以外は、むしろ快適なくらいなのだ。

 かつてはオリンピックも、ラグビーのような位置づけだったと思う。それが現在では、世界有数の金儲けの道具になっていることも加わって、夏と冬との二年毎の狂乱になっているのだと私は理解している。私は、新型コロナウィルス感染防止策が実施された時期に世界中で厳格な各種規制が実施され、人々が息苦しい生活を強いられたことは、まるで第三次世界大戦が発生したようなものだと理解しているのだが、二年毎に開催される夏冬のオリンピックの時期も、国対国の戦いからは、選手団による世界戦争に近いものになっているように見ている。だからこそ、国民は一気に過熱し、「にわか愛国者」となり、金が大きく動く。そうなると、私は天邪鬼だから、もう沈黙し、小さく隔離された犬小屋の中に引き籠るしかない。

 そういう私には、賛成する人は少ないだろうが、オリンピックの改革案がある。それは、オリンピックを、国対国の形式から個人対個人あるいはチーム対チームの形式にすることだ。つまり、オリンピックの国籍条項を撤廃し、たんなる世界大会にする。参加選手の国籍は基本的に公表しない。またチームは、多国籍を条件として構成する。こうすれば、優勝者に月桂樹の王冠しか与えなかったオリンピックの初心に戻ることができるのではないだろうか、と私は酒をちびちび飲みながら犬小屋の隅にうずくまって夢想している。

<私が、アマゾンのキンドル及び紙バージョンで販売している、自由律俳句集です。>


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きーやん(木下裕治) しがない年金生活の一方、健康状態の関係から身体を使う仕事は難しいため、趣味と実益を兼ねてnoteに様々な投稿をしています。皆さまからの私の投稿へのご支援をいただけることは、今後さらに多種多様な投稿を継続していくことにつながりますので、どうぞ宜しくお願いいたします。