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「自責思考」って知ってる?優しくなれて、成長もできる、魔法のような考え方。

10年以上前のことになりますが、僕がまだ現場仕事をしていた頃の話です。

当時は、浄水処理施設の配管まわりのメンテナンスを手伝う仕事をしていて、
いわゆる「人工出し(にんくだし)」という形で、Kという社長のもとから、様々な現場に派遣されていました。

その中でも、少し特別な現場がありました。
そこを仕切っていたのが「M」という人です。

Mは、いわゆる“経済ヤクザ”と呼ばれるような存在で、現場に来る作業員も、刺青の入った人が多くて圧がありました。

休日には神輿祭りに誘われ、夜明け前から神輿を担ぎにいかないといけないという、今思えばとんでもない重労働。

その祭りも、Mは特等席から静かに見守っていて、「なかなかエグい休日やったな」と今では笑い話です。

でも、Mは見た目とは裏腹にとても知的な人で、本もよく読んでいるようでした。

普段はあまり喋らないのに、現場まで2時間近く車で移動する道中、運転しながらぽつぽつと話をしてくれる。

そんな中で、ある日忘れられない会話がありました。

・「まず、自分の責任やと思ってみるんや」


車で移動中、突然Mが僕に問いかけてきました。


「ゆうじろ君、最近なにか嫌なことあったか?」

僕は少し迷いながら、最近起きたモヤっとする出来事を話しました。

それを一通り聞いたあと、Mはこう言いました。


「それってな、まず“自分に責任がある”って考えるのが大事なんや」

一瞬「え?」と思いましたが、Mは静かに話を続けました。

「仕事でもなんでも、うまくいかん時って“なんでや?”って思うやろ?

でもその“なんで”はな、自分の判断の積み重ねの結果なんや。

“あの時、自分にできたことはなかったか?”って冷静に考えたら、人間は成長する。

他人のせいにして終わったら、そこで止まってしまう。

自分に矢印を向けたら、次に繋がるんやで」

Mは運転中ずっと真顔で話していましたが、その言葉は僕の心にスッと入ってきました。

当時の僕は、「なるほど、そういう考え方もあるんやな」と思いながら、これまでの自分を振り返っていました。

誰かのせいにして終わらせるのは簡単だけど、それだと何も変わらない。

でも、「自分にできることはなかったか」と考えることで、次に活かせるし、成長にもつながる。

それってすごく良い考え方だな、と素直に思えたんです。

・Mとの関係は、最終的に途切れたけれど

その後、僕はKの会社を退職することになり、それに伴って自然とMとも縁が切れました。

ちなみに、ひとつ印象に残っている出来事があります。

ある時、Mの現場と別の現場の予定が重なり、Kの判断で僕は別の現場に派遣されました。

Mの現場には、代わりの人が行くことになったのですが、それに激怒したMがKに電話をかけてきたそうです。

「ゆうじろをよこすって話やったやろが!どうなっとんじゃコラ!

会社潰すのなんか簡単なんやぞ!ええ加減なことしよったら攫うぞ!」

普段は強気なKも、さすがにその時は「メチャクチャびびった💦」って言ってました。

その話を後日Kから聞いて、僕は内心ちょっと笑ってしまったんです。

「Mさん、自分に責任あるって考えるって話、あれどこいきました?笑」って。

とはいえ、Mなりの責任感や立場、周囲との関係性の中での“怒り”だったのかもしれません。

あの現場は、そういう“面子”にものすごく敏感な世界だったと思います。

・あの言葉は、今も生きている

あれから月日が経ちましたが、今でも何かうまくいかないことがあると、Mのあの言葉を思い出すことがあります。

つい誰かに腹が立ったときや、イラッとしたとき、
「自分にも、できることが他になかったか?」と考えるだけで、
感情がスッと落ち着いてくるんです。

最近になって、この考え方には「自責思考」という名前があることを知りました。

このnoteを書くにあたって、ChatGPT(通称:u2)と話す中で出てきた言葉なんですが、
「なるほど、Mの言ってたことって、まさにこれやったんやな」と、今さらながら腑に落ちた感じがしました。

・もし、今モヤモヤしていることがあるなら

誰かのせいにしたくなるとき、
なんでこんな目に…と思ったとき。

「自分にできたことはなかったか?」

その問いかけひとつで、見える景色がちょっと変わるかもしれません。

・最後に

もちろん、何もかもを自分のせいにするのはしんどいですし、違うと思います。

けれど「人や何かのせいにしたくなったとき、いったん深呼吸して“自分に矢印を向けてみる”」──これだけでも、ちょっとした実践になります。

そして過去を振り返って、「あの時、自分にできる事はなかった、精一杯やった」と胸を張れるなら、それはそれで自信にも繋がるし、「仕方ない」と思えるのではないでしょうか。

小さな積み重ねが、やがて大きな違いを生むんやと思います。

このnoteは、ただの昔話ではなくて、
「今をちょっとでも良くしたい」と思ってくれる人への、小さなヒントになればと思って書きました。

読んでくださって、ありがとうございます。

【補足】

「自責思考」という言葉は、ChatGPT(u2)と話している中で知りました。

昔の経験が、こうして今の言葉とつながって、文章になる。

なんだか、不思議だけど、少しうれしい出来事でした。


最後まで目を通してくださり、本当にありがとうございます。
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