彫刻が建築から独立する過程 ― フィレンツェとシエナの作品を例に
先日、ドナテッロの「ダヴィデ」をについて書きながら思い出した彫刻がありました。
シエナの彫刻家ヤコポ・デッラ・クエルチャ作「レア・シルウィア」と「アッカ・ラレンティア」です。正確に言うと、シエナの中心であるカンポ広場にある「ガイアの泉」の一部です。


この2人の女性はローマ建国の兄弟、ロムルスとレムスの母親です。レア・シルヴィアが実の、アッカ・ラレンティアが育ての母です。シエナは弟レムスの息子達が建てたという伝説があるので、シエナ共和国のルーツを示すための人物を、公共広場に設けたのでした。
1400年代初頭まで彫刻が建築の一部だったのに対し、徐々に古代ギリシャやローマの様に彫刻を独立した芸術として評価するようになります。人間の肉体美への賛美のためです。
その象徴的な作品が前々回ご紹介した1440年頃に制作された、ドナテッロの「ダヴィデ」です。依頼者のコジモ・デ・メディチ・イル・ヴェッキオが、自宅の中庭のためにドナテッロに作らせた名作です。
ヤコポ・デッラ・クエルチャの作品は公共の水汲み場を飾る物であるにせよ、独立したしかも女性の裸体像であることがポイントです。制作年はドナテッロの作品よりも早い1414-19年。美術史上初の公共モニュメントとして作られた女性裸体像と言われます。
デッラ・クエルチャは1401年にフィレンツェ洗礼堂の「天国の扉」のコンクールに参加しています。形式上美術史では、ルネッサンスの始まりとされる年です。コンクールの後も大聖堂の仕事でフィレンツェに残り、ルネッサンス様式の人体表現の影響を受けました。
彫刻の制作年や作られた場所を考察しながら見ると、様式、用途の変化の移り変わりが見られて面白いです。
「レア・シルウィア」と「アッカ・ラレンティア」の像は損傷が凄かったため、現在はサンタ・マリア・デッラ・スカーラに保存されています。
シエナにいらした時の参考になさってみてください。
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