✨️【掌編小説】壁の中の学校
そのアパートに越してきて暫くたった頃だった。
駅から10分ほどの古びたアパート。
家賃はそこそこするが、親が仕送りをしてくれるので特に困っていない。
バイトするからいらないよと言ったが、勉強の時間がとれなくなると思っているらしい。
ただ東京にきたくて、東京の大学を受けた。
大学も、別にそこじゃなきゃダメだとかそういうのではない。
文系だし、何を学んでいるのかもいまいちピンと来ないが、とりあえず毎日講義にでて、なんとなく大学生活をおくっていた。
夜、寝ていた時のことだ。
キーンコーンカーンコーン
チャイムの音が聞こえた。
夢?
どこかの学校の音。
チャイムが鳴ると、ざわざわと沢山の子供? いや、もう少し低い・・学生のような声が聞こえてくる。
先生の、声も聞こえる。
目を閉じていると、本当に教室にいるかのようだった。
目を開けても、まだ聞こえてくる。
・・・夢ではない。壁・・・壁から音が聞こえる。
俺は壁に耳を当ててみた。
隣りに学校?んなわけない。
せまいアパートだし、ましてやこっち側に部屋はない。
気になったが、疲れているのかも
うん、気のせいだ、俺は無理やり眠った。
ところが、次の日もその次の日も学校の音は聞こえてきた。
キーンコーンカーンコーン
「はい、すわってー-」
「きのうさあ、ママがうるさくてえ」
「朝から、体育って、だるう」
「まじで、寝ちゃった」
なんか段々、台詞まで聞こえる。
他愛ない、クラスの声。
「ほおれ、昨日のテスト返すぞお」
「これで終わらすなあ、間違ったところをやり直す・・・」
ざわざわざわ
かっ、かっ、かっ、黒板の音・・・
きゅっ、きゅっ、上履きがこすれる音・・・くすくす笑い声・・
そう、これは学校の音だ。
やはり、気のせいではない。
確かに壁の中から、聞こえてくる。
壁の中に、学校がある。
大学から帰ると、大家さんが道を掃除していた。
近くに住んでいるらしいが、たまにしかやってこない。
引き渡しの時、少し話したくらいだ。
俺は、思い切って聞いてみた。
「僕の部屋、前はどんな人が住んでたんですか?」
「おばあちゃんと、そのお孫さんだったよ。親がいなくてねえ、おばあちゃんひとりで育ててたんだけど、おばあちゃんも寝たっきりになっちゃって一生懸命その子が面倒みてたんだけど。結構ながかったねえ。かわいそうに。」
「中学生・・・高校生とかですかね。」
「いやあ、高校どころか学校も行けてなかったと思うよ。制服姿は見たことなかったし。今ニュースでもやってるよねえ、ヤング・・・なんていうの?今思うと、そうだったよ。」
おばあちゃんが亡くなり、その子も引っ越して行ったという。
「なんか、部屋に問題あった?」
大家さんが前のめりになった。
「いえ、なんも。問題ないです。」
心配そうな顔で覗き込んでいたが、俺は会釈して部屋に入った。
俺はゆっくり、壁に手をついた。
・・・・学校に、行きたかったのかな。
ここは、君の、学校か。
ただ学校に行き、教室に入る。
友達と話し、先生に注意され、文句を言ったり
かったるいと言ったり、ふざけたり。
授業も、楽しさも、退屈さも
当たり前のように提供される時間。
彼の、もう一つの時間が、ここに流れている。
夜、いつものようにチャイムが鳴った。
ざわざわとクラスの音が聞こえてきた。
俺は、「おはよう!」
声に出して言ってみた。
クラスは少し静まり返って、空気が変わった。
「・・・おはよう。」
今度ははっきりと、俺の耳の中に少年の声が聞こえた。
心の中にじっくり染み渡る。
胸が詰まって、声が出なかった。
「静かにー-!はーい、日直だれー?」
「せんせーい!今日きてませーん」
彼が、いる。彼の過ごした時間だ。
「ふざけんなって」
「ほんと、うるさいっ」
友達の、笑い声。懐かしい、甘酸っぱいやりとり。
彼が、望んだ日々だ。
俺が当たり前に手に入れてきたものだ。
そうか、そういうことか。
音は次第に遠くなり、また耳元で声がした。
せんきゅ。
それからもう壁から音は聞こえない。
俺は落ち着いて眠ることができた。
大学から帰ると、たまに壁を見る。
俺はここで、まだやりたいことはみつからないけど
それでもいい気がした。
携帯のグループラインが鳴る。
講義で一緒になった奴と交換したラインだ。
「いってみるか」
俺は、携帯をもってアパートを出た。

いいなと思ったら応援しよう!
🌸サポートいただけたらとてつもなくうれしいです。
頂いたサポートでたくさんたくさん記事を書いていきます。