✨鏡のなかのソアラ
帰り道はすこし暗くなっていて
電線にとまったカラスが
かーって笑っている。
くるみは重い足取りで
歩いていた。
ロックが外れたランドセルがぱたんぱたん鳴っている。
マンションに着くと
鍵を開けて玄関に入り
部屋のベッドにばたんと寝転んだ。
今日も図工の作品づくりが終わらなくて放課後に居残り。
展覧会に間に合わないから早く色を塗って!
終わらなくてももうそのまま出しますね!
白い天井に
先生の鬼みたいな顔が浮かんできた。
みんな同じ木を渡されて
22センチと35センチに切って囲った
木の箱みたいなやつに釘を打っていって
パチンコ?なんだそれ?
できあがった見本を見せられて
さあ、みなさんつくりましょう
なんて言われても
わたしは何を作っているのかわからない。
木や絵の具や釘があったら
いろんな形に釘を打ってみたいし
釘をまげたっていい
どんなふうにまげようかしら
そんなことを考えているうちに
気付くとチャイムが鳴っているのだ。
プールは気持ちよくてとても好きだけど
その前に着替えたりぬいだりがみんなよりおそくて
やっぱりきらいだし
ウンテイが好きすぎて
休み時間は終わったことがわかんない。
授業はとっても早くて
みんながペラペラめくっているページがうるさいし
先生はいつもあわてていて
早くできた子が大好きだ。
「学校やだなあ、どうしてわたしはおそいんだろう」
じんわり涙が浮かんできた。
涙がたれるのがいやだから
くるみはぴょんと起き上がった。
横を向くと
鏡にちょうど自分が映っていた。
ママが買ってくれた
クローゼットの扉が開いている。
いつも着替えがおそいわたしが
ひとりで楽しく着替えられるように
扉に鏡をつけてくれたんだ。
ママはいつもオシゴトばかりだけれど
私を急かしたりしない。
だから家はとても居心地がいい。
くるみは吸い寄せられるように
鏡の前に立っていた。
鏡に映る自分をじーーっとみていると、
なんだか話がしたくなってきた。
ねえ、そこでなにしてるの?
あなたはなんでもおそいわね
すると
くるみが着ていた白いシャツが
カラフルなワンピースに変わり
ほっぺたはピンクのチークがのっていて
髪はあかるく輝いて
おしゃれなふわふわの帽子をかぶった
きらきらした女の子が鏡に映っていたのだ。
「なにこれ…私じゃないみたい…」
くるみは混乱しながら鏡にくっついた。
鏡の中の女の子は、にっこりほほえんだ。
「こんにちは、くるみ!」
明るい声が鏡の向こうから聞こえてきた。
くるみはびっくりして一歩後ろに下がったけれど
好奇心が勝って、もう1度前に進み出た。
目をぐりぐりしてみたけれど
女の子は確かにそこにいた。
「あなた・・・だれ?」
「わたしはソアラ!今日はどうしてもあなたに話しかけたくなっちゃってね。」
ソアラは明るく笑い、ふるふる手を振って見せた。
指にはくるみの大好きな虹色のマニキュアをしている。
その様子に、くるみは少し笑ってしまっていた。
「わたしね、なんでもおそくて・・・みんなについていけないの。」
くるみは正直な気持ちを打ち明けた。
ソアラはその言葉を聞くと、ふわふわ首を振った。
「おそいことは悪いことじゃないよ。
くるみはくるみの時間を大事に使っているだけ。
くるみの時間をたっぷり使ってでてきたこと、
それを大切にしていいんだよ。」
ソアラは穏やかな笑顔でくるみを見つめた。
「先生は私を見ていつも困っているし、友達も先に行っちゃう」
くるみは不思議なくらい心の中のことが口に出てきた。
「先生にもみんなにも時間がある。
だからきっと怒られることもあるかもしれない。
いっせーのせっっでみんないっしょにしようとする時間だもの。
でも、くるみにはくるみのペースがある。
それを無理に早くしなくても大丈夫よ。
わたしは、わたしの時間がとても気に入ってるわ。」
ソアラは自信満々にキラキラ笑っている。
「わたしにはわたしのぺーすがある」
くるみはソアラのことばを繰り返した。
次の日、また図工の時間になった。
今日も昨日の続きで、教室にはハンマーの音がかかんかかん飛び交っていた。
「みんな、時間内に完成させましょう!」
先生の声がきこえたけれど
くるみの頭の中には昨日のソアラとの会話が浮かんでいた。
「わたしのペースでいいんだ」
明るいソアラの言葉が、心の中で優しく響いていた。
くるみは木の板をじっと見つめて、大好きな虹色に塗りたくなってきた。
好きなように、思うように、自信をもって
やりたい思いを大切に、作品が少しずつ形になっていく。
作業にずっと集中していると、くるみは少しずつ心が軽くなってきた。
周りがどんどん進んでいても、先生の目も気にすることなく、ただ自分の手と心に集中していた。
チャイムが鳴るころ、くるみの作品はまだ完成していなかった。
「終わった!」
みんな声を上げて先生のところへ持っていく。
くるみは急ぐ気にはなれなかった。
もう少し時間をかけて完成させたいという気持ちが強くなっていた。
「先生、きょうも放課後もうすこし残って作業してもいい?」
先生はきのうとはちがうくるみの様子に少し驚いた顔をしたけれど
途中の作品を見てうなずいてくれた。
放課後、くるみは教室にひとり残って静かに作業を続けた。
でも、きのうとは全然ちがう。
鏡の中のソアラが笑う。
急がなくてもいい。
自分らしく作れば、それでいいんだ。
彼女はそう思いながら、木の板に最後の釘を打ち込んだ。
くるみは、暗くなった帰り道を歩いていた。
ロックが外れたランドセルがぱたんぱたんはねている。
夕方の空は淡いオレンジ色に染まり、くるみのほっぺを照らした。
くるみはきらきらニコニコしている。
できあがったくるみの作品をみた先生の顔がおかしかったから。
目をまん丸くしてほめてくれたんだ。
カラスがまた「カーッ」て笑っていた。
🌸あとがき
鏡が大好きなASDの特徴を持つ娘ちゃんをモデルに書きました。
こどもは、学校ではとてもがんばっていると思います。
自分の時間よりみんなの時間がたいせつだという場所だから。
だからこどもは毎日すごくがんばっているんです。
みんなとの時間が心地よい子もいれば
みんなとの時間が心地よくない子もいます。
どんな子も決して自分をダメだと思わないでほしい。
自分だけのいっせーのせっをみんなもっているから。
その子の時間を大切にしてほしいと思うんです。
こんなところまでお読みいただき本当にありがとうございました🌸
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