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✨️【掌編小説】コンポタージュ

キンと冷えた冬の朝、駅前のアパートから女が飛び出してきた。
吐く息は白く、肩にかけたカバンが跳ねる。

駅を見上げながら必死に走ると、もう電車が駅にすべりこんでくるのが見える。女は階段をかけのぼり改札を抜け、エスカレーターも駆け上がる。

まって、まって

ホームに降り立った途端

キンコーン、プシューッッ

はいだめーと電車は大きくため息をついて、扉が閉まった。

開けてくれるかもとわずかな期待をしたが、電車はそのままツーンと走り去っていった。

はあ、はあ
白い息がまとわりつく。

分かってはいるけど、ゆかりは電光掲示板に目を向けた。

20分まち、、この、、マイナー路線、、

社会人になって、念願の一人暮らしを始めた。とにかく予算内の駅近物件にこだわった結果、たどり着いたのがこの路線だ。住み始めて気付いたのが、電車の本数が極めて少ないことだった。

赤くなった頬に冷たい空気が刺して、ゆかりの汗ばんだ額をひんやりと冷やした。

ふと、後ろから白い息がふわりと舞い上がるのが見えた。振り返ると、数歩後ろに男が立っていた。

肩で息をしながらスマホを手にして、過ぎ去った電車の方向をじっと見つめている。濃紺のビジネスコートにグレーのマフラーが少しはだけていた。

目元だけわずかに赤くなっていて、自分と同じように必死に走ってきたのだと分かった。

慌てていて全然気付かなかったが、私が邪魔しちゃったのだろうか。男の長い足を見て、ゆかりは少し気まずくなった。

男が吐いた白い息がふわりと宙に溶ける。その靄が途切れた瞬間、ゆかりは男と目が合っていることに気付いた。

もう息は苦しくないのに心臓だけがばくんばくん騒いで、冷えた額は再び熱を帯びる。

「行っちゃいましたね。」

白い息と共に男が小さく苦笑いしながら自然と言葉を落とした。
ゆかりもつられて頷きながら笑った。

男の低くかすれた声が頭にずっと木霊してなんだか息まで苦しくなってきたので
ゆかりは軽く会釈をしてホーム端のベンチにむかった。

冷たく冷えたベンチの端っこに腰を下ろすと、遠くでガチャンと音がした。

顔回りに白い靄がまとわりつく。
気付くと、目の前に小さな缶ジュースが浮かんでいた。

「よかったら。持ってるだけでも。」

大きくて長い指につかまれた缶が落っこちそうだったので、ゆかりは思わず手を出した。

温かい。ジュースかと思ったらコンポタージュだった。ゆかりの大好きなスープだ。

男は同じ缶をカシュッと開けながらベンチの端に座った。

「いんですか?」

ゆかりが驚いていると、男は飲みながら頷いた。

「一本逃すとヤバイですよね、この駅」

そう言いながら大きな手をくいくいしている。その素振りがずっと前から知っているようでおかしくて、ゆかりは自然にカシュッと缶を開けていた。

飲み口を唇につけると、とろりと甘いコーンの香りが近づき、温かさと寒さといろんな感覚に包まれた。

たぶん、にやついていたのだろう、ゆかりを見て男は嬉しそうに話し出した。

「おいしいですよね、冬のコンポタ。
乗り遅れたときつい買っちゃいます。」

「わかります。」

私も、何回もコンポタを買って次の電車を待っていたから。
そう心の中で思って、缶を両手で包み込む。

「もしかして、駅近ですか?」

男は缶をくるりと回しながら言った。

「え?あ、はい。いつもギリギリで、、、」

「わかります、僕もです。駅近あるあるです。」

目をつぶっているのか開けているのかわからないくらい男ははにかんで笑った。コンポタの熱でさらに濃くなった白い靄が、男の端正な顔を包む。

その靄に、ゆかりは足元がふんわり浮くような眩暈を覚えた。

仕事で毎日顔を合わす人間でも、ぎこちなく人見知りしてしまう自分でも、男の会話は心地よく、いやじゃなかった。

さっきまで二人きりだったが、ちらほら乗客がホームに立っているのに気づいたとき、駅のアナウンスが入る。

「あ、ありがとうございました。」

ゆかりは残りを口に入れると、男はゆかりの手から缶をふわりと受け取って

「じゃあ」

小走りでホーム端にあるごみ箱へと向かい、そのまま目の前の車両にすっと乗り込んだ。

ゆかりはしばらくぼうっとしていたが、
りりりりりりりり
いんですかーと言わんばかりの電車にあわてて飛び乗った。

手に残るコンポタの余韻をにぎりしめて。

「ひとめぼれだったんだよね。」

カップを両手で包みながら、ゆかりは懐かしそうに夫に語りかけた。夫はカップを回しながらにやにやしている。

「まあ、俺のほうがだいぶ先だけど。」夫がさらりと言う。

「だいぶ先?」

「うん。ずっと前から君を知ってた。君はよくコンポタの缶を持ってた。」

夫は照れ隠しのようにカップを口に運ぶ。ゆかりは思わず吹き出した。

「噓でしょ、ずるい。なんでいま言うの?先に言ってよ。」

「言ったら、なんか普通でしょ。」

湯気の向こうで、あの日と変わらないはにかんだ笑顔があった。

冬の朝の日差しがふんわり差し込んで、コンポタがきらきら光っていた。




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