✨【掌編小説】退職代行サービス
この春、奇跡的にアルバイトの応募が入った。
レジ打ち要員、時給1162円、週3回以上出勤可能な方。
土日含む。こんな条件で、よくぞ来てくれた。
まるで幻のポケモンでも捕まえたような感動があった。
面接にやってきたのは、大学2年生の田中くん。
入ってくるときの「失礼します。」
ぺこっとお辞儀をして座る。
こちらの目を見て「はい!」
口角は上。しかもレジ経験あり。
はい!採用!
「即戦力っぽいね」「素直そう」「制服のサイズもちょうどあって」
社員一同、数ヶ月ぶりの明るい話題に湧いた。
レジ研修を終えた田中くんは、翌週から売り場に立つようになった。
ややぎこちない動作ながら、声は出ているし、お年寄りのお客様にも笑顔で対応している。通りがかりに、つい店長である私は声をかけてしまう。
「ん! 田中くん、もう慣れてきた?」
「はい、大丈夫です。まだちょっと緊張してますけど」
素直で、真面目。こちらが質問したことは誠実にきちんと考えて話す。
色が白くどこか線は細いけれど、若さゆえのまぶしさがある。
だが、感動は2週間で終わった。
「あれ? 今日田中くん来てない?」
「はい、店長。連絡もないんです。」
レジ責任者の加藤さんが眉間のシワをさらに深くして答えた。
「履歴書あるから、連絡先は分かるよ。連絡入れてみて。
今日、人員大丈夫?」
連絡はつながらなかった。
最初の無断欠勤、ひとり暮らしだし体調不良かなと思った。
次の出勤日も無断欠勤。
「え?まさか、なんかあったの?」
売り場のレジ担当や責任者にクレームや、なにかトラブルがなかったか聞いてみても、特に何もなく、変わった様子もなかったと。
事故や病気いろいろな事態が頭によぎり、私は直接彼の携帯へ電話した。
出ない。
留守電に切り替わったので、落ち着いた声でメッセージを残す。
「田中くん、今日は出勤日です。体調崩した?何かあったら連絡くださいね」
その夜、ふと手が止まり、心の中にざわつきが走った。
(ひとり暮らしだしな。。緊急連絡先電話してみるか?)
確かお母さんだったかな。緊急連絡先は、よほどの場合でないと普段使用しない。
冷蔵庫の電気がついてないとか、部屋で倒れてるとか、勝手に妄想が膨らんでいく。心配だからといって、家に行くわけにもいかず、連絡手段は彼の携帯だけだ。
そんな気持ちで、もう一度だけ留守電を入れた。
でも、何の音沙汰もなかった。
そしてある日、事務所の電話が鳴った。
電話交換のパート丸山さんからだ。
真面目で几帳面、でも少し天然だ。
「店長、えっと、もうやーだーからお電話です。」
「・・へ?なんかあった? 丸山さん、何がいやなん?」
「違うんです。会社?の名前です。
退職代行サービス、もうやーだーって名乗ってました」
「ええ? サービス?会社名!?変なのは、つなげないでよ?」
「でも、人事担当者にとおっしゃるので・・・。」
動揺しつつ、受話器をとった。
「はい、店長の渡辺です。」
「お電話失礼いたします。私、退職代行サービス『もうやだー』のシノハラと申します」
耳を疑った。もう、やだー?
ん?でも、退職代行・・・なんか、テレビで視たことがある。
「依頼者であるタナカ様が退職の意思を示されましたので、お伝え致します。御社には、本日付で退職手続きをお願いいたします。なお、ご本人、ご家族には一切連絡を取られませんようご注意願います。すべてこちらの代行サービスが手続きを行います。よろしくお願いいたします。」
ん?これ、AI? 吹き込み? 返す言葉が出てこない。
余地がないので、金魚みたいに口をパクパクさせて聞いていた。
落ち着いた声で機械のように感情のない、けれど丁寧なその口調は、音声ガイダンスとほとんど変わらなかった。
「えと、あの・・・契約書とか、制服とか鍵とか、貸与していたものもあるので返してもらわないと・・・退職届とか・・・今日と言われても。」
店長だが、新入社員のようにたどたどしくなった。
「退職には退職届が必要ということですね。では、ご本人へ必要書類を送付してください。但し、ご連絡はすべて当社を通じてお願いいたします。最短の手続きで何日が退職日になりますか?」
「・・最短・・と言われましても、最短なのは本人が提出するのが一番最短なんで。郵送といいますが、こちらの負担ですか?」
だんだん、自分を取り戻してきた。
相手と同じくたんたんとした口調になる。
「依頼者負担で結構です。最短で送付してください。」
段々、むかむかしてきた。
だめだ、感情を出してはダメだ。
AI,AI。。わたしは、AI。
「簡単に言いますが、郵便局に行って着払い手続きをしたり、こちらの業務負担が増えます。本来は存在しない業務ですし。最短というご希望にはあいにく添えません。退職日を記載せずに退職願に捺印して、貸与物をすべて返却するようお伝えください。店にそちらが届き次第、退職手続きをさせていただきます。」
AIっぽく言えた。
「ご本人が退職意思を伝えておりますので、法的に2週間で退職となります。最短で送付いただきますようご了承くださいませ。」
むかむか 何か言ってやろうと息を吸ったが
いかん、わたしは、AI。そう、こいつは、本人ではない。
田中くんではないのだ。仕事でやってるんだ。
シノハラは仕事中だ。わたしと、同じだ。
「では、今週中には送りますので、最短で貸与物を送付するようご本人にお伝えください。
・・・・・あと、辞めちゃう理由とか・・きいてますかね?」
私は電話を握りしめながら、だんだん、田中君の笑顔や真剣な表情を思い出していた。
「はい、退職理由は3点ございます。申し上げます。
まず1点目、タイムカードがむずかしかった。2点目、休みずらかった、3点目、お手洗いに行きずらかった。以上です。」
シノハラがなにかを読み上げるように答える。
一点一点、いやいやとつっこみたくなったが、それはこちら側のことで、きっと田中君にとってはとても大きなことだったのかな。
困っている田中君が頭に浮かぶ。
「・・・話ができるとよかったです。力になれなくてこちらも胸が痛いです。」
つい、AIを忘れた。頭で田中君が動き出す。
大学生で、親元を離れて、ひとりで暮らして、バイトをして、辛いのに相談できなくて、もうやだーに連絡する姿が。
急に胸の奥がずんと重くなった。
「・・・あともう一点、辞めると申し出たあとに、売り場の人とどう接していいかわからなかったとおっしゃってました。」
不思議とここだけは、シノハラの声として聞こえたような気がした。
電話を切ってわたしは売り場へ向かった。
レジを笑顔で打つ加藤さん。
もたつくお客さんに「ゆっくりでいいですよ」と声をかけている。
田中君が入る時も嬉しそうにロッカーを掃除してネームシールをつくっていたっけ。
声掛け、気づき、細かいフォロー。教育。
タイムカードの簡略化か・・・。トイレの声掛けも。
質問してこなくても、これがわからないかな、察してあげればよかった。これかもしれないな。
細かく、神経をとぎすませて、接していかないとな。
休みやすい環境もつくろう。うん、前もって言ってくれれば調整できるのに。
辞めたいって言える環境もつくろう。言った後のフォローも。。。
改善・・・するのにな。それとも良かれと思った接し方が問題なのか。
なにも、見えてこなかった。
本当のことは、なにもわからない。
本当なんて、わからなくていいのか。
辞めるが、本当なのだ。
売り場に、田中君の笑顔が浮かぶ。
そこでぶつっと突然終わったような気持ちだった。
画面に浮かぶ「退出しました」の文字のような
突然絶たれる、空虚な無力感がおしよせる。
「わたしも・・・・もうやだぁー-!!」

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